第64話 ベアトリス。

「【ブリューゲルの閃光】……!」


 目にも留まらぬ凄まじい連続の突きで、黒熊の胸の辺りを突き通してみせた。


 ぐぎゃおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 心臓の辺りがぽっかり空いた黒熊は、バタンと地響きを立てて倒れる。そして、のたうつような動作をした後に完全に動きを止めたのだった。


 黒熊にとどめを刺した人影……長い金髪の女性は長剣をヒュンと音を鳴らし振るって、剣先に付いた黒熊の血液を飛ばした。


 その長い金髪の女性は切れ長の目にクールな印象を受けた。


 細身の体つきながらしっかり鍛えられていて、胸のところに花の装飾がある青色の鎧を身に纏っていた。


「……んんっ」


 丁度、気を失っていたリナリーが目を覚まして、視線を長い金髪の女性へと視線を向けた。対してリナリーに視線を向けられた長い金髪の女性はしまったという表情を浮かべた。


「……」


「あ……アレ? 黒熊……! ベアトリス? なんで、こんなところに?」


「さんぽです」


 長い金髪の女性……ベアトリスは表情を曇らせて苦しい言い訳を口にする。


「……」


「……」


「……ねぇ、どういうこと?」


「言えません」


「ベアトリスが言えないと言うことは……?」


「言えません」


「どうなの」


「……」


 リナリーはベアトリスに視線を向ける。対して、ベアトリスは視線を伏せて沈黙していた。


 そんなやり取りを黙って聞いていたアレンが口を開く。


「えっと、二人は知り合いなの?」


「「……」」


 アレンの問いかけに、リナリーとベアトリスは黙る。そして、一瞬リナリーとベアトリスは互いに見つめ合いアイコンタクトした。


「そ、そうなのよ。……親戚のお姉ちゃんで……ね?」


「はい。たまたま森の中をさんぽしていたんですよ」


 リナリーとベアトリスはしどろもどろになりながらも答える。


 二人の様子から、何かあるのは明白だった。


 アレンは一瞬黙って考えを巡らせた。



 アレンは詮索することはなく、ベアトリスへと視線を向けた。


「……へえ、そうなの? リナリーの知り合いにはすごい人が多いんだね」


「そ、そうね。ベアトリスの剣はすごいの」


「さっきの黒熊を仕留めたのすごかった」


「いえ、そんなことは……」


 アレンとリナリーに褒められると、ベアトリスはクールな印象のある彼女だったが照れたような表情を見せる。


「それで、この黒熊はどうする?」


「どうするって?」


「いや、この黒熊の討伐クエストは俺達で受けたけど……俺とリナリーでは仕留められなかったし。お姉さんが入って来なかったら俺もリナリーも死んでいた。だから、この黒熊の討伐報告はお姉さんに行ってもらうのがいいと思うけど、どうかな?」


「……それはそうね。今回のクエストを私達が達成したとするのは駄目ね。悔しいけど、死んでいた……」


「うん、死んでた」


「アレン、ごめんなさい。私が間違っていたわ……本来はリーダーとして状況を冷静に判断しないといけなかった」


 アレンの問いかけに、リナリーは倒れて動かなくなった黒熊に視線を向けた。そして、しょんぼりと肩を落としてアレンにぺこりと頭を下げた。


「お……っぐう」


 リナリーが頭を下げたのを見て、ベアトリスは驚き何か口をしようとして口元を押えた。


「そうだな。次からは気を付けてくれ。リーダー」


 アレンは目を細めて、頭を下げたリナリーを見る。そして、頭の上に手をポンと一回乗せた。


 この時、下を向いていて分かりにくいが、リナリーの顔は真っ赤になっていた。


「……うん」


「じゃ、街に戻ろうか?」


 それから、リナリー、アレン、ベアトリスは黒熊の討伐部位を確保すると、冒険者ギルドへと報告しに戻るのだった。


 ただ、その報告を冒険者ギルドへ持ち込むと、ギルドではちょっとした騒ぎになった。


 今回、アレン達を襲った黒熊は黒熊内でも一番の巨体で凶暴なブレインの森の主『人食い熊グラーブル』と言われていた。


 人食い熊グラーブルはアレン達と出会ったブレインの森南側の街近くのエリアに縄張りはなく、本来もっと奥に……街から徒歩で二日ほど掛かるエリアに縄張りがあったのだ。


 それはギルド内のクエストを割り振る際に……問題となる。


 もしかしたら、ブレインの森南側の生態系に変化があったのではと、数日後冒険者で構成された調査隊がブレインの森の中へと調べに入ることになった。

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