第46話 アレンの弱点。

 アレンはリンベルクの街の露店が並ぶ商業エリアを訪れていた。


「安いよ! 安いよ!」


「ちょっとお姉さん! 買って行かない?」


「あ、これ美味しそう」


「お姉さん? 五本買ってくれたら一本サービスするよ!」


「あら、いいわね?」


 多くの客がひしめき合い、その客達に露店の商人が活気を持って声を掛けていた。


「……うわ」


 アレンはげんなりとした様子で見ていた。


 すごい露店が並んでいる……。


 うわ……すごい人だな。


 うぷ、なんだか気持ち悪くなってきた。


 これが戦場なら問題ないのに……。


 市場の出入り口のあたりを少し歩いただけで、この調子じゃ。


 塩や小麦……買えるだろうか?


 野菜の苗やホランド達へのお土産なんかも考えていたが無理かも知れない。


 アレンは徐々に表情を悪くしながら、しばらく人ごみの中を歩いていた。


 ただ、アレンの足取りがフラフラとなって倒れるように建物の方へ。


 そして、建物の壁に手を付いて……そのまま壁にもたれて座り込んでしまった。


 座り込んでしまったアレンの近くで屋台を出していた商人の女性が戸惑いながらアレンへと声を掛けた。


「お? どうしたんだい?」


「あ、ごめん。邪魔したね。少し……休ませて欲しい」


「それは良いけど。大丈夫かい?」


「休めば……大丈夫」


「本当かい?」


「はぁはぁ、ちょっと人が多いところが苦手で……酔ったみたい」


「水飲むかい?」


「……ごめん、もらえるかな?」


「あいよ」


 商人の女性は木のコップに水を入れて、アレンへと手渡した。アレンはコップを手に取ると、喉を鳴らして勢いよく飲み始める。


「んん……ぷは。ありがとう、ちゃんとお金払うよ」


「いらないよ。子供に水を一杯上げたくらいで、金を貰うほどじゃないよ」


「……ありがとう」


「しかし、人に酔ったって……今日はそれほど人多くないけどね」


「五百人は居るのに……」


「そうさね。休暇日には千は軽く超えるよ」


「そうなんだ。俺は市場にはもう来れないかもなぁ」


「ふ、情けないこと言うんじゃないよ。男の子だろ?」


「本当に……こればかりは」


「そうなのかい? 人に酔うってことは、そうとうな田舎村から出てきたのかい?」


「……うん、今日は父さんのお遣いだったんだけど」


「何を買うんだい? 教えてやるよ」


「えっと、塩と小麦粉……野菜の苗とかが買いたいと思っていたんだけど」


「塩はこの通りを四軒先の右側に屋台を出しているグラン爺さんところで買える。小麦は六軒先の左側に屋台を出しているフィリップところで買える。それで、野菜の苗はウチでも買えるが何がいいんだい? 人参や玉ねぎ、ほうれん草なんかは用意できるよ?」


「……じゃ、人参とほうれん草をできるだけほしいんだけど、どのくらいある?」


「そうだね。人参とほうれん草は……二十株ずつならいいよ。私は本来野菜屋でね。苗の販売はしてないから少なくて悪いね。言っといてくれたらもっと用意できるんだけど」


「そうなんだ。二十株ずつくれる? いくらかな?」


「銅板二枚だが持ってるかい?」


「あるよ」


 アレンは懐から銅板を二枚取り出す。


 そして、商人の女性に銅板を手渡そうとした時、商人の女性の顔を見て誰かの面影を感じて、首を傾げる。


「ん?」


「なんだい? 私の顔を何かついているかい?」


「いや……あ……ルーシー?」


 茶色の髪にそばかす……どこかルーシーの顔立ちに似ていた。


 アレンが思い当った名前を口にすると、商人の女性は怪訝な表情でアレンを見た。


「あんた、ルーシーを知っているのかい?」


「あぁ、今日、森で狩りしていたら会ったんだよ」


「そうかい。ルーシーは私の子でね」


「あ……そういえば、お母さんが市場で野菜を売っているようなことを言っていたような? 偶然ってすごいね。えっと、銅板二枚……これでいいよね?」


「確かに。ルーシーの知り合いならキャベツも一玉も持っていきな。おまけしてあげる」


「ほんと? ありがとう」


「待っときな。今包んでやるから」


 ルーシーのお母さんは手早く、キャベツも一玉と人参とほうれん草の苗を麻袋に入れて、アレンに手渡した。


 それから、アレンは野菜の苗に加えて塩と小麦粉を購入すると、人ごみから逃げるように市場から離れて帰路に就くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る