第45話 三葉亭。

 アレンはリンベルクの街の通りを一人で歩いていた。


「さて、次は飯でも……確か、ゴードが言っていた食堂は……あった。あった。えっと、『三葉亭』」


 アレンが視線を上げた先には、三葉亭と書かれた看板を掲げた食堂があった。そして、躊躇なく食堂に入って行った。


 食堂内に入ると、三葉亭はもう昼過ぎだと言うのに、にぎわいを見せていた。


「……」


 アレンが少しキョロキョロしていると、給仕していた女性がアレンに気付いて声を掛ける。


「いらっしゃいませ」


「あ、はい」


 アレンに給仕していた女性が近づいてくる。そして、アレンの顔を見るなり、給仕していた女性は首を傾げた。


「ん? アレ? 君、どこかで……」


「? どうしたの?」


「ううん、なんでもないわ。ごめんなさい。それで……君は一人? お父さんとかお母さんは?」


「えっとね。おつかいで来ているんだけど……お腹すいちゃって……ここって食堂だよね?」


「そうなんだ。おつかい、偉いね。ふふ、お金が足りなくても私が出してあげるから、安心していっぱい食べなさい」


「ありがとう。お姉ちゃん」


 アレンはニコリと笑って答えながら、考える。


 給仕していた女性がゴードの話していたルシャナという食堂で働いている女性だろうか?


 確かに給仕していた女性は、綺麗や美しいという言葉がよく似合う品のある顔立ちである。


 そして、ショートカットにした濃い青色の髪がよく似合っていた。


 それにしても、俺の顔に見覚えがあったのだろうか?


 俺の顔に見覚えがあるってことは……サンチェスト王国出身の人だったりするのかな?


 いや、自意識過剰すぎるかな?


 まぁ……どちらにしても髪色を変えてるし、子供のフリもしている、よっぽど近しい奴じゃないと気付けないだろう。


 あと気になると言えば……あんな綺麗な顔をしている割にそれなりに強いってことか?


 身のこなしから察するに騎士とかになるための英才教育を受けた天才ってところか?


 それでも、俺の実力を測れないと言うことは……実戦経験は少ないのかな?


 力量を図る勘みたいなものは実戦経験の中で大きく培われていくものだしな。


「メニューはあそこに書かれているわ。シシカ牛のスープがおすすめ。席は空いているところに座ってね」


「ルシャナちゃん、注文いいかい?」


「はーい」


 給仕していた女性……ルシャナは他の客に呼ばれて行ってしまった。


 アレンはルシャナが言っていた空席のテーブルに座って、メニューに視線を向ける。


 おすすめされたシシカ牛のスープは美味しそうだから注文するとして……。


 野菜が食べたい。


 サラダは……あるな。


 森の中ではなかなか手に入らないから。


 正直、野菜も買って帰りたいところだよなぁ。


 ホランド達は野菜が嫌いみたいだが、バランスの良い食事が体を作ると言われているから食わせないとな。


 まぁ……今回は最初だから塩と小麦粉……あとはちょっとしたお土産を持ち帰るのが限界だろうな。


 子供があまり大荷物を持っているのは不自然過ぎるし。


 あ……そうだ、野菜の苗とかだったら持ち帰り可能か?


 今日のところは一旦帰って……明日また来るかな?


 いや、入街税があるのに子供が昨日の今日でまた街を訪れるのも不自然か?


 むむ……悩むところである。


 アレンが腕を組んで悩んでいると、ルシャナが近づいてきた。


「どうしたの? 料理決められない?」


「あ、お姉さん、えっと、シシカ牛のスープと……サラダ、パンが欲しい」


「うん、わかったわ。シシカ牛のスープにサラダ、パンね。すぐに持ってくるわ」


 ルシャナはアレンの注文を聞くと、一旦厨房に戻って行った。


 そして、十分もしない内にアレンが注文したシシカ牛のスープにサラダ、パンを持ってきた。


「はい。シシカ牛のスープよ」


「ありがとう」


 ルシャナはアレンの前のテーブルに白い湯が上がる暖かな茶色いスープの入った木皿を置いた。


 アレンがすーっと鼻から空気を吸うと、シシカ牛のスープからは複数のスパイスの香りがアレンの鼻孔が届く。


 嗅いだことのないスパイスの香りがいくつか……やはり国も違えば食文化も違うよな。


 あぁ、スパイスやハーブは高いだろうか買って帰りたいところなぁ。


「ふふ、どうしたの? 冷めちゃうわよ?」


 ルシャナは興味深げにスープを見ていたアレンが可笑しかったのか、小さく笑った。


 そして、サラダとパンの入った木皿をテーブルに置いていく。


「あ、あぁ、すごいいい香りで驚いちゃった」


「ふふ、そういっぱい食べてね」


 ルシャナはそう言って離れていった。


 彼女を見送ったアレンは木のスプーンを手に取って、シシカ牛のスープを掬って一口食べる。


 アレンの口の中にはスパイスの味わいと肉の旨みが広がっていた。それからスープを掻き込むように飲みながら、合わせてパンとサラダも食べて進めていった。


 それら十分もしない内に木皿に盛られていた食事は綺麗さっぱり無くなっていた。


「もう食べちゃったの?」


「うん、美味しかったよ」


「それは良かったわ」


「さてと、そろそろ行こうかな? お姉さん。いくら払えばいい?」


「シシカ牛のスープと……サラダ、パンだから三百五十エンスよ? 払える?」


「えっと、三百五十エンス……えっと、えっと銅板四枚で足りる?」


 アレンは懐に入っていた巾着袋から銅板四枚を取り出して、ルシャナへと渡した。


 すると、ルシャナはすぐにポケットから銅貨五枚取り出す。


「足りるわ。はい、お釣りの銅貨五枚よ」


「うんっと」


「それにしても、ちゃんと数字の計算ができるのね。えらいわ」


「へへ、すごいでしょう」


「あぁ、もう可愛い。私、こんな弟が欲しかった」


 ルシャナは顔をほころばせて笑うと、アレンの頭を軽く抱きしめた。


「……わ」


「うりうり……は、あ、あ、ごめんなさい。私としたことが……」


 我を取り戻したルシャナはすぐにアレンから離れて申し訳なさそう謝る。ただ、アレンは気にした風もなく首を横に振った。


「う、ううん、びっくりしたけど。大丈夫だよ」


「ごめんね。ありがとう」


「えっと、お姉さん。また食べにきてもいい?」


「もちろんよ。歓迎するわ」


「じゃ、またね」


 アレンは下していたリュックを背負いなおすと、食堂から出て行った。


 ちなみに、店の中ではこんな会話がひそひそとされていた。


「あのガキ……俺のルシャナちゃんとイチャイチャしやがって」


「さすがにあのガキとルシャナちゃんがどうにかなる訳じゃないだろ?」


「うぐ……そうだが」


「はぁーさっきのルシャナちゃんの笑顔可愛いかったなぁ」


「そう、それが俺は悔しいあんなガキに……その笑顔が向けられていたと思うと!」


「それは確かに」


「しかも、あの抱擁……許せん」


 アレンは自分のあずかり知らぬところで、複数の人間から恨みを買っていたのだった。


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