第82話 お迎えです

 柔らかい。

 すべすべの手触りに少し暖かい感触。

 こんなに良い枕なんて俺持ってたかな?


「う、う~ん……」


 微睡みの中、俺は仰向けに寝がえりして薄目を開けて見上げる。

 あれ、なんか暗いぞ? 大きい二つの山みたいなのが影になって……。


「あら、もう目覚めましたか?」

「うおッ!」


 ボフンッ!


 びっくりした俺は腹筋のみで跳び上がる。

 途端に顔から感じる柔らかい極上の感触。

 柔らかくて、温かくて、本能からソレを求めているような……。


「(……!!? マズい!!)」


 ソレが何なのか分かった俺は呪縛を振り払って立ち上がった。

 そしてすぐさま振り返る……なんてことは今の精神状態では出来ず、恐る恐るといった感じで振り返った。

 そこには美女がいた。赤い髪に赤いスーツの女性。彼女は横座りしてキョトンとした顔で俺を見ている。

 成程、さっきまで俺の枕だったのはスカートをめくって露出しているあの白くで柔らかそうな太腿だったのか。


「(……え? 何その状況?)」


 訳が分からない。

 俺は今、命懸けでこの屋敷に乗り込み、派手に暴れた上、敵わなかった敵を倒す為にわざと暴走したんだぞ? そんな荒れた展開から、どうやったら美女に膝枕してもらえるなんて話になる?


「混乱しておられるようですね、百貴様。……こんな格好で失礼します。私はフレイシア・レイド。……ラーヴェイン・ブ・レイドの妻です。以後お見知りおきを」

「(サーヴェイン? 確か、レイの兄だったな。……え、じゃあ皇后!? 俺、他国のお后様に膝枕してもらった挙句、おっぱいに顔突っ込んじゃったの!?)」


 立ち上がりながらキリッと自己紹介するフレイシアさん。ソレとは対照的に、俺の頭の中はパニック状態だった。

 これは不味い。非常にまずい。ただでさえ今は相手が悪いとはいえ他所の陣営の貴族に館に殴り込みに入って荒らしまくっているのだ。これでお后様にわいせつ行為を働いたとなると……俺が火種になって戦争が起こっちゃう!


「さ、百貴様。お家に戻りましょう。皆さまは心配しておられです」


 にっこりと笑いながら手を伸ばす彼女。

 これはもしや……俺、子ども扱いされている? じゃあ、さっきも気絶した俺を膝枕してただけってことか?


「(……まあ、そりゃそっか。だって今の俺、本当にガキだもん)」


 ああ、そうだった。今まで鍛錬に鍛錬の生活だったり、同じ転生者のレイと遊んでいて忘れていた。俺の身体は十歳児なのだと。

 成程確かに。ソレならおっぱいに顔が偶然当たった程度じゃ怒らないな。だからといって悪用する気はないが。


「暴れてお疲れでしょう? 私が抱っこして差し上げます」

「………」


 これはこれでムカつくな。

 中身は一応成人してるんだ。いくら身体の年齢がガキとはいえ、頭もガキになっているとはいえ、やはり子ども扱いはイラっと来る。


「ふふッ。緊張してらっしゃるんですか?」

「………」


 まあ、抱っこで当たるお胸の感触は心地よいが。

 けどコレは俺が望んでるモンじゃないよ? 嫌がると吸血鬼との関係が悪くなるから仕方なしだよ? 決して子供であること悪用してるわけじゃないよ?


「それでは帰りましょう……あら?」


 窓を開けながら翼を広げる。

 ああ、そのために抱っこしたのね。納得。

 けど、相手もタダで俺たちを帰すつもりはないそうだ……。



「お前ら! あの女とガキをやれ! 報酬はなんでも出す!」


 窓の外には、大量の下級吸血鬼と屍食鬼がいた。

 おそらく、ここの主が最期の抵抗として用意したものだろう。


「(あ~あ、こんなバカなことして。ここまで来たら何しても無駄なのに)」


 王妃様であるフレイシアさんが俺を名指しで迎えに来たという事は、本国は既にこの事を知っているという事。よってここで俺たちを殺しても無駄。余計に積みを重ねるだけだ。

 最低限の財産持って逃げた方が余程建設的。貴族なら隠し財産の一つや二つぐらいあってもいいんだが……コイツは無さそうだな。

 そんな頭有るなら、最初からこんなバカげたことするわけがない。


「(しかしこの数、俺一人じゃ無理だな……)」


 コレがあの男の全力か……。やはり舐めすぎたな。

 この数、流石に俺一人じゃ無理だ。


 だけど、こっちには王妃様がいる。

 俺みたいに半端な上級妖怪ではなく、正真正銘の上級妖怪が。


「百貴様、少し目を瞑ってくださいませ。・・・すぐ片付けますので」



 途端、地獄が地上に湧き出て来た。

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