第78話 また暴走したな

「百貴、お前は妖怪化に制限時間を設けろ」


 修行が終わって飯を食っていると、師匠がそんなことを言ってきた。


「戦闘中だろうが何だろうが、時間が来たら妖怪化を解け」

「え?何で…?モグモグ。別に……モグモグ。……妖力切れ…モグモグ。しないならいいんじゃないの?」


 飯を食いながら俺は聞く。


「妖力が切れないから問題なんだよ。お前の力はデカすぎる。今のお前がどれだけ暴れても消耗しないだけじゃなく、使い続けるとお前を飲み込もうとするんだ」

「つまり…モグモグ、ごくん。俺が…モグモグ。暴走…モグモグ、ごっくん。するってことだね」

「ああそうだ。けど食うか話すかどっちかにしろ。行儀が悪い」

「………」

「食うなっつってんだろ!どれだけ食い意地張ってるんだ!?」











「グルオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「!!?」


 百貴の雄たけびを挙げた途端、バットは硬直した。

 遅れて来る抗いがたい恐怖。

 全身の細胞が震えるかのようだ。

 しかし、おかげで気づけた……。


「貴様……妖力を暴走させて無理やり力を引き出したな!?」


 そう、コレが百貴の力が上がったカラクリである。

 百貴は本来設けられる制限を無視し、全力で力を引き出す事だけに集中した。

 結果、彼の妖力が暴走。抑えていたはずの力が漏れだし、自分がコントロール出来る以上の力を呼び覚ます事に成功した。

 こんな乱暴なやり方は他の妖怪には出来ない。この年でありながら膨大な妖力を持ち、コントロール出来ない百貴ならではのやり方である。


「ふ…ふざけやがって! ここ、んな……ガキの分際で……!」


 顔を引き攣らせながも、バットは笑い顔を作ろうと努める。


 まだ十代になって間もない子供。

 身長は一mを超えて少しといった小さな子。

 まるで女の子のように可愛らしい顔をしたガキ。

 しかし、纏う妖気と発する圧はバットから見てあまりにも大きかった。

 同年代から見ても小柄である百貴が巨人と見違う程に、ソレらは強く発せられた。



 百貴は上級妖怪。

 人間の血が半分流れているが、もう半分は由緒正しき鬼の血統。

 本来ならば、バットは彼に跪いて許しを乞う立場である。



 ソレがバットにとっては甚く気に入らなかった。



 偶然上級妖怪に生まれただけの子供に何故媚び諂わなくてはいけない。

 何の努力もせず、何の苦労もなく、何もせず親に与えられてきただけのガキ如きに。

 そんな理不尽などあっていいはずが無い。現実を知らず、親に甘えているだけのガキなんざ、軽く殺して見せて……。



「グルゥおおオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 その叫びを聞いた途端、バットの反骨心はあっさり折れた。


 吸血鬼として血に刻まれた記憶と本能。

 ドクドクと、痛い程に脈を打って知らせている。

 この御方は自分より上位。決して逆らうなと。


「な、ふ…ふざけるな!! お、俺がこんなガキに劣るわけ……!!?


 首を振って必死に否定する。

 嘘だ、こんなことがあるわけがない。

 俺がこんなガキに恐怖する等、絶対にない!


 頭では理解を拒絶しても体は知っている。

 上級妖怪との絶対的な差。

 生物としての身分“ヒエラルキー”。

 決して逆らえないものを。

 しかし、だからこそ受け入れがたい。


「こ、蝙蝠共! アイツを始末……は?」


 自身の配下に命令を下すが、蝙蝠達は動かない。

 既にこの場にいる蝙蝠全てが屍に戻っていた。

 まるで電池の切れたドローンのように、突然バタバタと墜落し、動かなくなる蝙蝠の屍。

 バットはソレをあっけらかんとした表情で眺める事しか出来なかった。

 しかし、ボーとしている暇は彼になどない……。


「な…何が起こって…へぶぅ!!?」


 上位者は待ってくれない。

 下々の事など気に掛けず、思うが儘に暴れる。これこそ上級妖怪の嗜みと言わんばかりに、バットの顔面を殴り飛ばした。


「な、舐めるな!!」


 顔面にヒビを入れられながらも、バットは抵抗する。

 超音波による攻撃。

 下級吸血鬼であるバットでは威力など高が知れているが、相手はまだ子供。これぐらいで充分……。


「アッハッハッハ!」

「~~~~~~~! このガキが!!」


 百貴は超音波など知らんとばかりに突っ込む。

 笑いながら平然と歩くその姿が、バットには自分を見下してきた吸血鬼たちと重なった。


「死ねッ!」


 足の爪を振り下ろす。

 全体重と飛行の威力を付けた一撃。ソレに加えて鋭い爪。コレで踏み潰し……。


「アァ?」


 百貴はソレをあっさりと止めた。

 何倍もの体格差がある子供が巨大なコウモリを受け止める。

 物理的法則を無視したかのようなその様は、まるで騙し絵のよう。

 だが、これが紛れもない現実である。


「~~~~!?」

 

 今度は百貴の番。

 掴んだ足を振り回し、壁に叩きつける。

 幼子が要らないオモチャを投げるかのような適当さ。

 だが、ソレが鬼の怪力を持つ子供がするなら、その行動は悲劇と化す。


「(な……なんだコレ? 俺は夢でも見ているのか?)」


 あまりの出来事に、遂に現実逃避に走るバット。

 しかし、すぐさま悪夢へと引きずり戻される事になる。


 ズプッ!


「!?ぎゃあああああああああああああああああああああ!!?」


 小さなお手々の掌底がバットの腹にぶち込まれた。

 幼子の柔らかい手に反した鬼の怪力。なまじ接点が小さいだけ威力が集中し、百貴の腕がバットの腹にズブッと貫通。

 その上、突っ込んだ腕で内臓を強引にかき乱し、更なる激痛をバットに与える。


「(ば……バカげている!? 勝てない!! こんな……こんな化物に!)」


 やっと、彼は理解した。

 自分が決して手を出してはいけない上位者にケンカを売ったということに。

 しかしもう後悔したって遅い。起こしてはいけないケダモノを起こしたその罪を、その体で償うことになる。


「あっはっはっはっはっは!!!」


 百貴は、生餌で遊ぶ猫のような残忍さを見せながら、可愛い顔を狂気に歪めた。

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