第75話 バットという下級吸血鬼


「けっこう強かったな……いや、俺が弱いのか?」


 屋敷を探索しながら、ふと俺は呟いた。


 ラットとゴート、この二体はどうみても下級の吸血鬼。

 対する俺は子供とはいえ酒呑童子の血を引く上級妖怪

 なのに何故こんなに俺は苦戦している。


 奴らの実力は、妖怪の中じゃ高が知れている。

 本来、戦闘向きでない筈の変身能力と使役能力を使っている時点でソレは明白だ。

 変身能力は身を隠したり敵の目を欺くために使うのが、使役能力も探索や情報収集用に使う事が大半である。

 ソレに、吸血鬼の獣化は、完全に獣の力を再現できるわけではない。

 人体に近い肉体だというのに、変身能力で無理やり動物に近づけているのだ。当然無理が出る。

 能力を使いこなせてる上級の吸血鬼なら完全に再現できるかもしれないが、ソレならレイのよう魔法を使った方が効率的だ。

 つまり、どれも戦闘向けではないというのに、無理やり戦闘向けに使っているという事である。

 良く言えば弱者の知恵だが、逆を言えば工夫しなければいけない弱者ということになる。


 対する俺は上級。

 本来なら俺が刈り取る側であるというのに、あそこまで追いつめられたのだ。失態である。


「こりゃ鍛え直さなくちゃいけないな」


 そうと決まれば、さっさと帰ろうか。

 既に目的は達しているのだから長居の必要もない……。


「!?」


 嫌な予感がして咄嗟に後ろに下がる。

 途端、壁を破壊しながら黒い何かが俺のいた箇所目掛け、砲弾のように突っ込んで来た。

 遅れて聞こえる破壊音。巻き起こる土埃。

 こりゃ一歩遅かったらぺしゃんこだわ。


「ほう、避けましたか」


 土埃が晴れて凶手が姿を現す。

 その外見を一言で表すなら巨大蝙蝠。

 人間大のサイズの吸血コウモリがこちらを向いていた。


「私はバットと申します。あ、お見知りおきする必要はありません」

「そうか…よ!」


 俺は手を妖怪化させ、後ろから飛んできた蝙蝠の屍食鬼を切り裂く。

 本来、屍食鬼が戦闘用ではないとしても、こういった不意打ちには効果があるんだよな。


「ほう、良く気づきましたね。私の部下二人を倒した程はあります」

「そりゃどうも、アンタもけっこう上手く化けてるじゃん」

「ありがとうございます」


 お互いに軽く挨拶する。

 声こそ両方とも淡白な感じだが、俺の方は内心本気だった。


 相手の変身には歪さがない。


 完璧に変身できるということは、変身能力を完璧に使いこなせているという事であり、変身した動物の力を十全に発揮できるという事。

 無論、人間サイズに相応しい筋力と重量、そして吸血鬼の怪力を加算している。あと、蝙蝠の屍食鬼もセットだ。

 結論。こりゃかなり追い詰められるな。


「行け」


 バットの合図と同時、蝙蝠の群集が俺に飛び交う。

 眼前一杯に蝙蝠の群れが映る様は、まるでカーテンのよう。

 一匹一匹は最下級程度だが、こうも数を揃えられると、かなりの脅威になる。


「ッグ!」


 もう片手も妖怪化させ、両手でガードする。

 妖怪化による急成長は使わない。

 身体が小さい方が、守るべき面積が少なくて済む。

 けどかなり痛い!


 蝙蝠を屍食鬼化させたものとはいえ、妖怪に変わりはない。

 只の蝙蝠がぶつかった衝撃とは段違いだ。

 それが雨霰の如く降り注ぐのだから相応のダメージは覚悟しなくてはいけない。

 けど分かってても痛い!


「!?」


 蝙蝠の群集に紛れて、バット本人が突っ込んで来た。

 反射的に避けようとするが、蝙蝠共が邪魔で上手く動けず、回避行動がとれない。

 だったら迎撃しかないな!


「!?」

「(よし、いいのが入った!)」


 相手も反撃されると予想してなかったのか、思った以上にいい感じに拳が入った。

 カウンター気味に突き出した拳は、奴の顔面を捉えた。

 突進の威力も相まって、バットを壁へと叩きつけた。

 よし、今のうちに逃げよう!


「な、待て!」


 俺は窓を割って屋敷の外に飛び出した。

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