第74話 ゴートの失態
一本道が続く広い廊下。
そこに百貴は転がっていた。
「ククク…。追い詰めたぜぇ……」
コツ、ヒタ、コツ、ヒタ…。
ニヤニヤと嗤いながら、ゴートは歪な蹄を鳴らす。
裸足で歩くような音が混じったような、歪な足音が妙な不快感を醸し出していた。
ゴートは上級妖怪、特にその子供を嫌悪していた。
上級妖怪は最初から強い妖力を持ち、ただ成長するだけで力を手に入れる。
ソレがたまらなく不快だった。
生まれた時から全て決まっている。
上級妖怪は最初から力も地位もあるのに対し、下級の妖怪は最初から何もない。
バカげている。
何故努力も何もしないのに、何故上級妖怪というだけで全てを持つことを許される? 何故下級妖怪の生まれというだけで搾取される事が決まっている。
ふざけるな。親の生まれがいいだけのクソガキ共なんかに奪われてたまるか。
奪うのは俺の方だ。格下と勘違いしているガキ共から俺のモンを取り立ててやる。
「どんな気分だぁ?見下してる下級吸血鬼にやられる気分はぁ?」
「………」
百貴は何も言わない。
表情を一つ変えず、毅然とした目線をゴートに向ける
勿論ゴートは面白くない。つまらなさそうに顔を顰めて舌打ちをした。
「クソが、この状況でも悔しがることすら出来ねえのか」
「ん?なんで悔しがる必要があるの?」
百貴は余裕を崩さない。
この状況でありながら、さも自分が優位に立っているかのように。
「ッチ。テメエ、ちゃんと悔しがることすら出来ねえのか?ったく、これだから上級妖怪のガキはよぉ。……それともぉ」
ゴートは百貴に指を向け……。
「まさかおめぇ、上級妖怪のこのてめぇが殺されるわけねえとか考えてるんじゃねえだろうぁ!?」
山羊たちを一斉に仕向けた。
集団で一気に迫り来る山羊の屍食鬼たち。
全員が血走った眼を超えて血涙を流しており、喉を破いて出すような鳴き声を上げる。
自身よりも数倍はある体格の大型動物が、何十匹も密集して向かってくるその様は、まさしく死の行進。
同年代程の子供は勿論、大の大人でも腰を抜かすような光景だというのに、百貴はソレらを見ても尚余裕を崩さない。
むしろその逆。
待ってましたと言わんばかりに笑っていた。
「フゥ~……」
息を整えながら足を変形させる。
ボクシングの構えとクラウチングスタートの構えが混ざったような、今にも駆け出す構え。
グググと力を溜めて、爆発させるその時を待つ。
「クソが、マトモに怖がることすら出来ねえのか!?」
苛立ったゴートは叫ぶ。
対する百貴は不敵な笑みを浮かべ、更に敵を引き付ける。
タイミングを見計らい、その時が来るまで。
「行け山羊共! あのガキを踏み潰せ!」
ゴートの指示通り、百貴目掛けて最初の一匹が飛び掛かる。
そのまま百貴に蹄を振り下ろそうとした瞬間……。
「ラァ!!」
山羊の屍食鬼がぶつかる直前に、床を蹴って天井へと跳躍した。
そう、ソコこそ彼が見出した突破経路。
逃げ場のない長細いこの廊下で唯一の安全地帯である。
そのまま天井に張り付き、凄まじい速度で駆け抜ける。
普通ならありえない三次元的な動作。
重量を無視したような動作ではあるが、鬼の筋力である百貴なら可能。
天井を走る百貴の頭の下を、無数の屍食鬼が通り過ぎていった。
「な…なんだと!? クソ、山羊共! ジャンプしてそのガキを叩き落せ!」
ゴートは屍食鬼達に天井へ跳ぶよう指示したが、そのタイミングも読まれていた。
天井を蹴って床に着地、限界まで体を低くして走り、山羊の屍食鬼の股をすり抜ける。
その時間差僅か1コンマ。鬼としての身体能力を持ち、幼児である百貴ならではの回避方法である。
「追い詰めたと油断したな」
ゴートの眼前まで接近した百貴は、してやったりとでも言いたげな笑みを向けた。
そう、百貴は最初からコレを狙っていたのだ。
追い詰めたとゴートに思わせることで、屍食鬼の一斉攻撃を誘い込み、盲点である天井を一気に通り抜ける。
全て百貴の目論見通りに行ったのだ。
「こ、このガキィ!」
ゴートはその歪な角を百貴に振り降ろす。
ヤケクソな行動。
怒りに任せた浅慮な判断。
大きさこそゴートが上だが、怪力を持つ百貴に通じないことなんて、彼自身気づいている筈である。
「らあ!!」
「―――!?」
百貴の回し蹴りが頸椎にぶち当たり、振り下ろしの威力と蹴りの威力が首に集中。
一瞬で意識を刈り取り、ゴートの巨体は糸が切れた人形のように倒れた。
同時に浮かび上がる封魔鬼術の紋章。
気絶しているゴートはソレに抗えず、瞬く間に妖気を暴走させられた。
「―――――――――!?」
爆裂四散。
弾ける間際に目を覚ましたがもう遅い。
悲鳴を上げる事もなく灰へと変わった。
「ぐ…うう……」
ドサドサと屍食鬼たちが倒れる。
主であるゴートがいなくなった以上、彼らはただの屍に戻るしかない。
ソレを悲しげな眼で見ながら百貴は歩を進めた。
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