第73話 鼠の次は山羊か


「ああクソ。獲物を狩った直後の獣だったらら油断するだろ普通」

「生憎こういった状況には慣れてるんだよ。あと誰が獣だ」


 百貴は獣鬼化させた手を戻しながら構える。

 最初から百貴は気付いていたのだ。他の敵が彼を狙っているという事に。

 鍛錬と実戦によって磨かれたセンスで部屋の外の妖気を感知し、鋭い感覚を持つ角で敵の位置を察知。そのおかげで奇襲にもすぐ対応出来たのだ。 


「それで、あんた誰?」

「ああ? ゴートだけど? てか、今から死ぬのに名前なんているか?」

「そう、質問もう一つ。お前最初から見てたな? だったら何故手を貸さなかった?」

「ああ? お前バカか? ソイツがやられなくちゃ手柄が減るだろうが。それにお前も弱ってるだろ?」

「……そういうことね」


 百貴はため息をついた。

 分け前を渋って仲間を見捨て、確実性を不意にする。

 カシラがクズで無能なら配下も同様という事なんだろう。

 まあ、漁夫の利を狙ったというのは賢いといえなくもないか。


「それじゃあ、こっちからいくぜ!」


 カンと、蹄を鳴らす。

 瞬間、数体の屍食鬼が百貴目掛けて襲い掛かった。


 山羊。

 ノロマそうで大したことない動物だと思われがちだが、とんでもない。

 他の野生生物同様に強靭な生物である。


 皆さんは山羊の動画をご覧になったことがあるであろうか。

 断崖絶壁をまるで階段のように登り、何十mもある高さから三角跳びで飛び降りるあの力強い姿を。

 その力強い生命力を戦闘力に変換したのがこの屍食鬼たちである。

 そして、彼ら彼女らの恐るべき点はそこだけではない……。


「(ッチ、なかなかいい感じに俺の“動き”を潰してくるじゃねえか!)」


 コンビネーション。

 屍食鬼は吸血鬼によって操られている。

 例えるなら親機と子機。

 生みの親である吸血鬼が妖力波によってコントロールしているといったところか。

 全ての吸血鬼が完全に屍食鬼を操れるわけでもないし、全ての屍食鬼が吸血鬼にコントロール出来るわけではない。

 だが、訓練次第では、まるでゲームのキャラクターやラジコンを操作するかのように操ることも可能である。


「ッシュ!」


 一体目の屍食鬼をカウンターで殴り飛ばす。

 相手の突進の威力と、百貴の拳の威力が乗った一撃。

 その威力に一体目は吹っ飛ぶものの、百貴は次の動作に入る前に二体目が突っ込んで来た。


「はあ!」


 二体目。

 裏拳で殴り飛ばす。

 一体目を殴り、伸びきった腕でそのまま殴り飛ばした。


 三体目。

 右回し蹴りで対処。

 裏拳の回転の威力を殺さず、そのまま乗せて蹴り飛ばした。


 四体目五体目。

 それぞれ左右に跳んで避ける。

 蹴りが止まった瞬間を狙われたせいで、攻撃が遅れた。故に回避に専念した。


 六体目。

 跳んで避ける。

 突っ込んで来た屍食鬼の頭を踏み、足場にして跳躍。

 異形の山羊が通り過ぎたと同時、スタッと軽い音を立てて着地した。

 

 七体目。

 横に転がって避ける。

 着地の勢いを利用することで無理な体勢でありながら移動に成功した。


 八体目から十体目。

 遂に回避出来ずに吹っ飛ばされた。

 転がっているところを蹴り飛ばされ、もう一体が待ち伏せしていたかのように頭突きを食らわせ、吹っ飛んだ先にまた別の個体が角でかっ飛ばした。


「がああああ!!」


 壁に叩きつけられる百貴。

 彼の身体は壁を突破してその向こうへと転がっていた。

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