第65話 何も出来へんかった


「……今度こそ大丈夫だよね?」


 眠っている雪那を抱えながら、ポツリと零す百貴。


 終わった。

 もう終わったのだ。

 雪那を狙う輩は倒し、無事救出した。

 もうこれ以上敵はいない筈。彼が力を振う理由はもうないのだ。


「百貴くん!」

「ああ、雪那か。……怪我、なかった?」


 妖怪化を解いてその場で横になろうとすると、雪那が俺を抱き留め、ゆっくりと降ろす。


 柔らかい。

 いい匂いだ。

 まだ子供でも、ちゃんと雪那が女の子なんだって分かる。

 こんな状況だけど、やっぱり女の子に抱きしめられるとうれしいものだ。


「ありがとう……本当にありがとう! 私のためにこんな、こんなにボロボロになってまで……!」

「大丈夫。疲れただけで大したダメージはないから」


 嘘だ。

 実はけっこう体中が痛い。

 頑強な肉体を持つ鬼の中でも特に強い酒呑童子の子孫でも、俺はまだまだ弱い。 


「ソレに、雪那を助けるためならこの程度安いモンだよ。むしろ、雪那が攫われずに済んだことを喜びたい」

「………!!? ~~~~う、うん!」


 お、一瞬驚いた顔をしたと思ったら笑ってくれた。

 やっぱり俺は心配された顔で迎えられるより、こうして笑顔で迎えてくれる方がいい。


「……も、モモ。その……ごめん」

「何が?」


 今度はレイが恐る恐ると言った様子で近づいてきた。

 言い淀むレイに対して俺は出来るだけ優しい声で応える。


「俺……その、何も出来へんかった……」

「何のこと?」

「俺……俺が、言い出しっぺやのに……。俺がやるんが筋やのに……お前に、押し付けたようになって……俺、情けないわ」

「何言ってるんだよ。お前はちゃんと俺を助けてくれたよ。だって、俺が飛び出した時お前も付いてきてくれたじゃいか。俺をあお屍食鬼から守ってくれたじゃないか。お前は情けなく何てないよ」

「……モモ」


 レイは顔をあげて目線を合わせる。

 目に涙が溜まっている。

 俺も経験したことだけど、やっぱり転生した以上は身体に引っ張られるんだな……。


「俺はただ俺のやりたい事をやったんだ。お前が気にすることじゃない」

「ちゃう……ちゃうんや百貴! 俺はッ……!」

「……早く帰ろう。みんなが心配してるよ」


 立ち上がると森の向こう側から明かりが見えた。

 どうやら飛び出した百貴とレイを探して家や村の妖怪たちがここまで来てくれたらしい。

 おtrたちは揃って安堵の息を付いた。


 目視できる距離までいるなら、迎えが着たも同然だ。

 妖怪なら夜の森の悪路など大した障害ではない。すぐに駆け付けて宿泊宿まで送ってくれる……。


「……今日は、疲れたな」


 疲れた。

 本当に疲れた。

 今晩はずっと戦いっぱなしだ。

 屍食鬼に、犀に変身する吸血鬼に、鹿の屍食鬼達を操る吸血鬼に、最後は合成鬼。

 四連戦は鬼の俺でもキツイ。体力に自信はあるけど、ここまで来たら疲れる。めっちゃ疲れる。


「悪い、俺もう寝る」


 瞼を閉じる。

 一気に睡魔が襲い、俺はすぐに眠った。
















「……寝ちゃったね、百貴くん」

「ああ」


 モモが寝た後、俺たちは初めて会話をした。

 そういえば、俺が言い出しっぺやのに、雪那ちゃんとは話してへんかったな……。


「強かったね、モモくん」

「ああ」

「……私たち、何も出来なかったね」

「………ああ」

「「………」」


 気まずい空気が流れる。

 ああ、本当に空気が重い。潰れそうや。


「ねえ、君ってモモくんの友達?」

「せや。……一応、な」

「なによそのはっきりしない答え」

「……俺、何も出来へんかった。」

「……ソレを言ったら私も同じよ。私が狙われてたのに、モモくんがこんなに傷ついて……」

「「…………」」


 俺らは何も言えなくなった。


 正直、モモが強いことは最初から分かっとった。

 最初にやった模擬戦から、俺はモモに一本取ったことがない。

 俺の炎を切り裂いて、時には避けて、受け流して、反撃して。

 なんちゅうか、戦いの経験が違うって感じがしたわ。

 俺と同じ年やのに、俺と同じ転生者やのに、次元が違うようやと。


 せやから俺は、こいつが使えると思ってしもた。


 モモは強くて良い奴やけどハーレムにも原作にも興味がない。なら、原作ヒロインを助けようと言ったら協力してくれる。そんで俺がヒロインを口説く。そうすれば俺がハーレム作れるって。

 モモには勝てへんけど俺も同年代にしたらけっこう強い。ならいい格好してヒロイン口説けると思ってた。

 モモよりも積極的に原作に関わろうとする俺の方がオリ主に相応しいと思ってた。

 けど、現実は違う。


 雪那も氷華もモモの方に行ってしもたし、一番活躍したのもモモ。

 対して俺はヒロイン一人も口説けへんし、何よりも……ビビっとった。


 あんな化け物相手にもモモは怯まへんかった。

 あんなに痛めつけられても諦めへんかった。

 最後には勝ってヒロインを助けてしもた。


「(………俺、ホンマださいわ)」


 情けない。

 自分が本当に情けない。

 言い出しっぺは自分やのに、利用する気でやったのに。

 自分は何も出来ず、モモに押し付けて、手柄もモモの物になってしもた。

 これじゃあ、何で来たから分からへんやん……。


「……原作に手ェ出すの、やめよっかな?」


 正直、舐めてた。


 俺は自分が特別やと思ってた。

 転生したら真祖の子供。

 血統よし、顔もよし、才能もマシマシ。

 前世の俺と比べたら、眩い位に将来が輝いてた。

 そして、この世界が自分の知ってるラノベの世界やと思ったら、余計に思ってしまった。

 俺は特別な存在だと、俺こそがこの世界の主人公やと。


 それから俺は鍛えた。

 吸血鬼の基礎能力を高めて、魔法を習い、真祖の能力も使えるようになった。

 色々とやってきたら、同年代だけじゃなくて年上の吸血鬼も倒せるようになって、レイド家最高の天才とも言われた。

 だから調子こいとったんやな……。



 そんで今日、本当の特別を見た。



 俺には勇気がない。

 自分より弱いモン倒して悦に浸っただけで、本当に強い相手やったり、危なくなるとあのザマやと思い知らされた。

 俺は、主人公の器やない………。


「………行こか」

「……うん」


 これ以上特別な存在を汚い地面に寝かせる事なんて出来へん。

 俺は、モモを背負って宿に戻っていった。

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