第64話 合成鬼


 最も厄介な相手とは何だろうか。


 強い相手? 確かに厄介だ。

 暴力を背景にする朱天家にとって、力で勝る相手は正に天敵と言える。

 しかし最初から相手の方が強いと分かれば、よほどの理由がない限り敵対なんてしない。

 こちらも多少の不利なり泥なり被ろうが、何とかして交渉するだろう。


 賢い相手? ソレも厄介だ。

 策略で破れた歴史を持つ朱天家にとって、頭の回る相手も天敵と言える。

 しかし頭の良い相手はよほどタチの悪いヤツを除いて余計な被害は出そうとしない。

 こちらも多少の不利なり泥なり被ろうが、何とかして交渉するだろう。


 俺が思うに、一番相手にしたくないのは馬鹿な連中だ。

 力量差を理解出来ず、損得を理解出来ず、先の事が理解出来ない相手。

 こういう相手が一番怖い。


 無能な奴、頭の悪い奴、感情を制御出来ない奴。

 こういった手合いはどう行動するか分からない。

 感情任せに癇癪に暴れてしなくてもいい被害を出すこともあるし、浅知恵の小細工を弄して余分な損失を出す。

 これなら単純に強い相手や頭のいい奴の方が大分やりやすい。



「……バカな真似を!!」


 だから、こうやって暴走するような敵とは戦いたくない。

 俺は再び屍食鬼を使役し、それらを集めて融合するバカなはぐれに悪態をついた。


「おお、やっと追いついた……って、なんやアレ!?」

「構えろレイ……いや、雪那を守ってくれ!」

「え? 何が起きて……百貴くんどういうこと!?」

「なんやいきなり!? もっとわかりやすく言ってくれや!」

「見てわからねえのか! アイツ、融混(ゆいごん)使いやがった!」


 融混(ゆいごん)。

 肉体を溶かして他の妖怪と混じり合う禁法。

 互いの妖力と妖怪としての特性を足すことで、より強い妖怪へと変じる。

 手っ取り早く強く成れる方法だが、肉体を融解させて合体するのだ。大抵は失敗して共倒れか、自我のない化物になる。

 その高い失敗率から、遺言(ゆいごん)と揶揄されている。

 使う奴はまずいない……はずだった。


「クソが! 面倒事重ねやがって! 生かして捕らえて吐かそうと思ってたのに!」

「言うとる場合か!?来るで!!」


 話しているウチに黒い泥は屍食鬼を食らって倍々式に巨大化。

 気が付けば見上げる程の大きさにまで成長した。

 真っ黒なスライムみたいな化け物。

 ブヨブヨと脂肪の塊みたいに震え、何処か生理的な嫌悪感を催させる。


「……来るぞ」


 ブワッと、いきなりスライムが姿を変えた。

 様々な生物を掛け合わせたかのような、ケンタウロス型のキメラ。

 虎のような逞しい四肢に、背中からは烏のような翼が、首に当たる部分は痩せ細った猿の上半身に変化した。




「■■■■■■■■■■■■■!!!」


 化け物は大気を震わせる程の大音量で吠えた。


 その化け物は気色悪い姿をしていた。

 皮と骨しかない腕に、浮き出ているアバラ。頬も痩せこけて骸骨のよう。しかし熊のような四肢はガッチリとして逞しい。

 アンバランスで不気味な、屍食鬼と吸血鬼を混ぜた合成鬼。

 その異様さは見る者に生理的な嫌悪感を抱かせる。


「■■■■■……」


 唇のない口から、飛び出た様な歯茎から、ダラダラと涎が垂れ流れる。

 狙いは眼前の百貴……ではなく、その後ろの女妖怪。

 強そうで戦う気力のある男よりも、弱そうで美味そうな餌の方がいい。


 怪物は雪那にその長く細い手を伸ばし……。




「ッフ!!」


 百貴に手を蹴り飛ばされた。


 全体重と全筋力をフル動員させた空中回転蹴り。

 振り下ろされた両足の踵は、怪物の巨大な右手を粉砕しながら地面へと叩きつける。


「………」


 右手が折れて、骨が手の甲から飛び出る。皮膚を破って黒い血が噴き出る。

 しかし怪物にダメージを負った様子はない。

 痛みを感じてないのだ。


 所詮は妖力によって無理やり繋げられた肉体。

 いくら傷つけても妖力さえ残っていればすぐに再生する。

 実際、百貴から受けた重傷ともいえる骨折は瞬時に治ってしまった。

 ベキベキと嫌な音を立てながら元の位置に戻る骨。ミチミチと音を立てて伸びる皮。


「■■■■■……」


 数秒も経たずに怪物の受けたダメージはなかったことになってしまった。


「(……面倒なことになったな)」


 百貴の額に一筋の冷や汗が滴った。



 ―――怖い。


 身長差、約五倍以上。

 獲物としか見てないような、虫のように無機質な目。

 人間としての感情の名残か、顔の筋肉が笑うかのようにヒクヒク痙攣している。


 百貴の前世は、臆病な性格だった。

 鬼に生まれ変わってからは自信と勇気を持つようになったが、そう簡単に魂に刻まれた性格は変わらない。

 いくら鍛えようが、悪鬼の血が流れようが、怖いものは怖いのだ。

 彼の中にある野生的な本能が、凄まじい勢いで警鐘を鳴らす。

 アレと戦うというなら命を賭けることになると。

 しかし百貴に逃げるという選択肢は存在しない。



 百貴の後ろにはレイと気絶している雪那。

 レイは震えて戦える状態ではなく、意識のない二人は論外。

 戦えるのは百貴のみである。


 逃げ道はない。

 彼に与えられた選択肢は、戦う一択である。




「ふぅ~………」


 息を整え、気を制御する。

 身体は熱く、頭はクールに。

 コンディションはバッチリだ。


「ッシュ!!」


 息を吐くと同時に跳ぶ。

 空中で回転して威力を付け、敵の巨大な腕目掛けて鉄のように硬い踵を振り落とす。

 体重、勢い、そして鬼の力。

 全てを乗せた一撃は合成鬼の腕の骨を粉砕した。

 続けて攻撃をしようと、蹴りの反動で跳ぶが……。


「ッグ!?」


 反対の手で掴まれた。

 先程の反動のせいで、隙が出てしまった。

 いつもならあの一撃で相手を倒す、或いは怯むのであまり問題にならなかったが、今回は相手が悪かった。


 痛みを感じないものは怯まない。

 どれだけダメージを受けても、生命が停止するまで戦う。

 そういった特性は、戦闘においてかなりのアドバンテージとなる。


「こ、このぉ!!」


 自身を拘束する指に噛みついて肉を引き千切るも、合成鬼は百貴を離さない。

 嚙むと同時に封魔鬼術を使うも、更に妖気を流して無理やり封印の枷を破る。

 痛みも疲労も感じず、自我もない化物にそんな生温い攻撃は通じない。

 やるなら“壊すつもりで殺らなければ”意味はない。


「■■■■■……!!」

「ッグ!?」


 掴んだ百貴を地面に叩きつけ、間髪入れずに踏みつける。

 何度も何度も四肢を叩きつけ、百貴を潰さんとする。

 地面を揺らして、土埃が舞って合成鬼の巨体を隠す。

 ここまで執拗に追撃を掛けられたら、いくら頑強な鬼とてタダでは済まされない。

 そのことを危惧してレイは助けに向かおうとするのだが……。


「(か、身体が動かへん……!)」


 肉体は正直だ。

 助けようと思っても、身体は逃げる方に向いている。

 無理もない、いくら転生者でも彼は十代前半の子供。

 身長差が五倍以上はある不気味な化物相手にビビらないわけがない。


「何でや…なんで……!?」


 震える体を押さえるレイ。

 どれだけ強く腕を抱えても、止まる気配は一向に見みせない。

 彼は百貴と違って、恐怖を抑える術どころか戦うためにの心構えすらない。

 むしろソレが普通。百貴のように子供でありながらあれだけ戦える百貴が特殊なのだ。

 よってレイが気にすることなんてないのだが……。


「百貴くん!? ど、どうしよう!? 百貴くんがこのままじゃ死んじゃう!」

「あ、あぁ……」


 パニックになりながら、雪那は震えるレイに詰め寄る。

 別に、彼女はレイを責めるつもりはない。

 自分の力ではどうしようもないと、レイの方が強いと分かっているから頼っているだけである。

 だが それをレイ自身分かっているから逆に彼を苦しめた。

 

「■■?」


 突如、合成鬼の動きが止まった。

 同時にベキッと音が響き、合成鬼が数歩程後退。

 土埃を切り裂き、中から赤い影が跳び上がった。


「グルゥ嗚呼アアアア!!」


 赤い影―――百貴は獣のような雄たけびを上げながら合成鬼に殴りかかる。

 妖気の火が百貴の手に宿り、両手が変化。

 赤い体毛に覆われた獣鬼の拳を、両方共合成鬼の猿みたいな顔面に叩きつける。


 ボコン!

 派手な音を立てて陥没する猿のような顔面。

 しかしそれでも相手は怯まない。

 百貴目掛けて手を伸ばす……。


「うらぁ!!」


 今度はその腕を全て蹴り飛ばした。

 足の爪で猿のような手を切り裂き、蹴った反動で胸へと飛び掛かる。

 そして、その勢いを利用して合成鬼の胸を爪で切り裂いた。

 落下しながら縦に傷を付け、黒い血が噴き出る。

 百貴はソレを浴びながら、次の攻撃に移行した。


「オラオラオラオラぁ!!」


 熊のような四肢の間に潜り込み、渾身の力を込めて腹を殴った。

 一発一発がコンクリートを容易く破壊する破壊力。

 並の人間なら一発でもひき肉になる強烈な殴打が、連続で放たれている。


「■■■■? ■…■■■■……」


 合成鬼の口から洩れる、金属音と獣みたいな声の混じったような、不快な悲鳴。

 コレは決して痛みから来るものではない。


 合成鬼が反撃しない理由。

 攻撃しずらい位置とはいえ、何処に外敵がいるのか分かっても反撃しない訳。

 ソレは、合成鬼の肉体の至るとこに浮かぶ紋章によるものである。


 封魔鬼術。

 百貴がダメージを与えると共に刻み込んだ力が全身に流れ、自由な可動を禁止した。

 流し込まれたエネルギーは植物が根を伸ばすかのように広がり、全身の動きを阻害する。

 反撃できない位置に潜り込まれた合成鬼にとって、移動するために必要な身体の自由を奪われたのは致命的。

 そして、これはただ相手を痺れさせるものではない。

 妖怪を封印し、殺すもの。


 自身の力を相手に刻み付け、支配するものである。


「オラァ!!」


 最後の一撃でキメラの巨体が一瞬だけ浮く。

 その刹那を逃さず、すぐさま駆け出して脱出。一旦手足の獣鬼熊を解いた。


「ふぅ~~~…………」


 右腕を大きく引き、力を溜める。

 妖力が腕に集中して熱が発生。

 赤い炎のように少年の腕を包み込み、形を変える。


 炎が晴れたと同時、獣鬼の腕が姿を現した。

 赤銅色の体毛に覆われた右前腕。手首と肘からは、燃え盛るように赤い毛が鬣となって靡いている。


「ッフ!」


 駆ける。

 疾走の勢いを付けて跳び、合成鬼の胸部目掛けて真っすぐ突き出す。


 ボッと、妖気が更に腕へ収束され、炎のような妖気が纏われる。

 これぞ、百貴が立ち上がったあの日から愛用する必殺技。

 文字通りコレで必ず決める最強の一発!


「おりゃああああああああああああああああああ!!!!!」


 百貴が振るう最後の一撃。

 渾身の力を込めたソレは、合成鬼の巨体を少し浮かせながら、封印の紋章を刻み込む。


「■■…■■■■、■■■■■■■■」


 紋章が赤く輝き、熱を帯びる。

 血管のような赤いヒビを入れ、紋章同士が結びつき、更に強い光を発する。

 ソレが限界点に達すると同時……。


「……今度こそ、安らかに」


 爆散。

 弾けるような爆音の中で、スタッと着地しながら百貴は呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る