第63話 鹿の屍食鬼


 咄嗟に妖怪化して外に出る。


 はぐれらしき男が、雪那を攫っていた。

 縄のようなもので縛り、米俵のように担いで逃げている。

 咄嗟に走って向かうが距離が遠い上に、向こうは動物に乗っている。


 使役能力。

 吸血鬼の基本能力の一つ。

 文字通り他者を使役する能力であり、上の階級になればなる程により強い生物を、より多くの生物を操れるようになる。

 今追っている吸血鬼は妖気からして下級程度。おそらく屍食鬼などの自我がない生物程度だろう。


「(クソッ! アイツらバカか!? こんな状況でやるか普通!?)」


 俺は焦る頭を落ち着かせながら走る。

 戦況はどう見ても俺たちの勝利。これ以上いる意味はない。さっさと撤退するのは鉄板だ。だというのに何でまだいるんだよ!?

 というか、何で村長の娘があんな簡単に攫われてるんだ!? もっと警備しっかりしとけよ!!

 いや、そんなことを考えている暇はないか。


「ちょ、何急に走り出すんや百貴!? なんでそんなに急いどるねん!?」

「柊が攫われた! 手を貸してくれ!」

「なんやて!? 分かったわ、俺も手伝うわ!」


 蝙蝠みたいな翼を背から生やして、俺の後ろを飛ぶレイ。

 けっこうとばしているのについていけるあたり、こいつもかなり速いな。時速50㎞はあるぞ。

 まあいい、こいつは実力も人間性も信用出来る。付いてきて損はない。


「……妖怪変異」


 妖力をもう一段階解放させる。

 足に力が集まり、紅く染まった。

 集まった力は足を造り変えようと、細胞を書き換え、内部から弾けるように姿を顕した。

 元より一回り程大きくなった両足。

 赤い体毛に黒い爪、手首は鬣のように緋色の毛が靡いている。


「ッフ!」


 妖怪化させた足で駆け抜ける。

 指先の爪をスパイクのように使って踏みしめ、踵にある蹄で地面を思いっきり蹴る。

 筋力や妖力を強化するだけでなく、走ることに特化した獣鬼の足。

 格段に速くなった足で木々の間を走り抜け、一気に接近した。


「なに!?もう来たのか!?」


 俺の接近に気づいたはぐれが、周囲を走る動物たちを俺にけしかける。

 屍食鬼に変異させた鹿だ。

 従来の鹿のソレより一回り程大きく、先端が尖った角。

 目を血走らせ、口から涎を垂らしながら、巨大な角を向けて俺に突進してくる。


「(……これだけの数をよくもまあ揃えたな!?)」


 ギシリと、無意識に歯軋りしてしまった。


 屍食鬼とは吸血鬼になり損ねた生物、つまり生きる屍だ。

 彼らは命を奪られた挙句に、生物としても尊厳も辱められている。

 本当に反吐が出る……! 


「ッシ!!」


 向かってきた鹿の屍食鬼を蹴り飛ばす。

 加速の勢いを足に乗せて、前蹴りとして叩きつける、

 角と角の間をすり抜け、鹿の眉間に蹴りが命中。

 脆くなった頭蓋を粉砕して中身をブチ撒いた。

 これでもうこの子があんな奴のいう事を聞かずに済む……。


「ラァ!!」 


 足を一度空振りさせ、付いているモノを振り払う。

 回転の遠心力を利用し、今度は右前から襲ってくる鹿の屍食鬼を蹴る。

 反対の脚による回し蹴り。

 顔に叩き込むと同時、何かを粉砕する感触が足に伝わる。

 遅れて首が可動範囲を超えてベキッと折れた。

 同時に、封魔鬼術の紋章を刻み付ける。


「テヤァ!!」


 次の鹿目に掛けて跳び蹴りを頭にぶちかます。

 先程の前蹴りと同じく、頭を粉砕してシカを眠らせた。

 同時に、封魔鬼術の紋章を刻み付ける。


「ッフ!!」


 跳び蹴りの反動を利用して空中を翻る。

 宙で膝を抱えて一回転。勢いを付けて後ろの鹿に踵落としを繰り出した。

 妖怪化した俺の踵は蹄のような状態になっている。

 勢いを付けた状態なら、動物の骨を粉砕するなんて容易い。

 同時に、封魔鬼術の紋章を刻み付ける。



「ッハ!」


 着地したと同時、後ろ蹴りをかます。

 落下の反動を利用した蹴りは、鹿の脇腹に減り込み、足の爪が心臓を貫いた。

 引き抜いて後ろに回転し、その勢いを乗せて後ろ回し蹴りを顔面に叩きつけた。

 先程の回し蹴りと恩軸、相手の首の骨を折って敵を撃墜する。

 同時に、封魔鬼術の紋章を刻み付ける。


「セイ!!」


 今度は跳んで鹿の背目がけて蹴りをぶちかます。

 背骨を粉砕しながら、その反動を利用して次の屍食鬼の背を蹴り折る。そしてまたその反動で跳び、次の屍食鬼を蹴る。その繰り返しだ。

 跳ねる度に、足跡のように封魔鬼術の紋章を刻み付けた。

 そうやって数を減らしていっているのだが……。


「クソ、数が多い!」


 思った以上に相手の数が多い。

 一匹一匹は大したことないが、こうも多勢で来られると対処に時間を喰ってしまう。

 こうしている間にも二人が……。


「ここは俺に任せとけ!」


 レイは叫びながら手を掲げ、掌に炎を圧縮させて更に大きな弾丸を形成。

 ソレが発射される前に、後ろから熱源を感知した俺は上へと跳んだ。

 木から木へと飛び移って走り、出来るだけ奴の射程に入らないようにしながら疾走する。


 火炎弾が真っ直ぐ撃ち出され、黒い液体から姿を形成しようとしていた鹿の屍食鬼に突き刺さる。着弾と同時に、火炎が爆ぜた。

 火の勢い自体はその周囲の屍食鬼たちを焼くには足りないが、爆風は吹き飛ばすに十分。

 邪魔になっていた屍食鬼はそれだけで消え、隠れていたはぐれの姿を露わにする。


 威力は見た目ほどではなく、封魔鬼術を使える俺なら余裕をもって防げてしまう。

 対戦だと微妙な効果だが、今の状況ではこの上ない力を発揮する。

 つまり、アイツが滅茶苦茶に撃っても俺なら何の問題もない。

 流れ弾も俺がいる限り雪那に当たることもない。


「ナイスアシストだレイ!」


 レイの援護射撃を背にしながら、俺は更に加速。

 空いた肉壁の穴を通り抜け、一気に接近した。 


「おのええぇぇぇ! この東洋の田舎妖怪がああぁぁぁぁ!」


 腹の底から絞り出したような声が聞こえる。

 今度は烏の屍食鬼を呼び出す。

 烏共は鈍い黒に光る爪や嘴を俺に向け、複数で絶え間なく襲い掛かる。




「……ありがたい。そっちから階段を用意してくれるとは!」


 俺は走る勢いを利用して高く跳び上がり、烏共の背中を階段にして接近した。

 無論、封魔鬼術を使って足場にした烏たちの妖力を封印しながら。



「う、嘘だろ……」


 その言葉を吐いたのは誰だろうか。

 そんなことはどうでもいい。

 この状況に変わりはないのだから。


 烏の背から烏の背へと飛び移って距離を縮める。

 大体三羽程度足場にして、はぐれの眼前まで接近。

 そこから一気に跳んで、はぐれの顎に蹴りを入れた。


「へぶしッ!?」


 一応手加減ならぬ足加減はしてある。

 本気で蹴り上げたら顎どころか頭骸をカチ割ってしまうからね。

 勿論、封魔鬼術で妖力も封印しておいた。これで余計な抵抗は出来ない筈だ。


「……か」


 気絶するはぐれ。

 屍食鬼たちも操者の意識が消えたせいか、バタバタと倒れてただの屍へと戻った。


「よっと」


 俺は気絶している雪那を抱え、力ずくで着地した。

 ビル七階程の高さから飛び降りても大丈夫。ズシンと衝撃が来るも、鬼の頑丈な筋肉と骨格はビクともしない。


「ん、うぅん……あ、あれ百貴くん? ここ、何処……?」

「あ、目が覚めた? けどもうちょっと待って……!!?」


 咄嗟に後ろへ跳んで回避する。

 俺のいた場が、突如爆発。その余波によって飛んできた石礫から、腕の中にいる雪那を庇う。

 たかが石くらいじゃ、鬼の肉体はどうってことはない。

 ソレよりも、一体何が……。


「何!? 一体何なの!?」

「大丈夫!俺が付いている!」


 雪那を落ち着かせる為、強く抱き寄せて無理やり宥める。

 かける声も出来るだけ冷静に、毅然とした態度で。

 安心させるやり方は実戦で何度もしてきた。今更失敗なんてしない。

 けど、流石にこの状況では冷静さを保ってられないな。


 俺の目線の先。そこには……。


「………嘘だろ?」



 そこには、黒い泥みたいなものに包み込まれたはぐれがいた。

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