第60話 火災での見世物
火災地の中央。そこで鬼たちは集まって一人の吸血鬼と戦っていた。
「ふん!!」
吸血鬼が腕を振るう。
たったそれだけで力自慢の筈の鬼達が吹っ飛ばされた。
「クソ、こりゃ坊ちゃんを呼ぶしかねえぞ!」
「けどソレまで持つのかよ!?」
一体どういう事か。
確かに吸血鬼の怪力は脅威だか、ソレは朱天の鬼達も同様のはず。なのに何故こうも差が出ているのか。
その答えは件の吸血鬼の姿にあった。
鎧のように分厚い薄灰色の肌と、異様に発達した筋肉と、そして鼻先に生える角。
まるで犀を人型に押し込めかのような姿だった。
変身能力。
数ある吸血鬼の能力の一つであり、文字通り別の存在に変化する能力である
妖怪化のように元ある姿に戻るのではなく、望む何かに変じ、その特性を得る。
例えば蝙蝠なら飛行能力を、狼なら鋭敏な嗅覚と強靭な脚力を、そして犀なら剛力と頑強な肉体である。
吸血鬼本来の基礎能力と獣特性。
この二つを足す事で、更なる力を発揮する。
数倍もの体格差と怪力と犀の特性。客観的に見てどちらが優位かは一目瞭然である。
「!?」
突如、犀男の背後から、赤い影が飛び掛かる。
影は死角から音もなく接近し、首めがけて爪を振り下ろす……。
「ふん!」
爪が辿り着く前に、犀男が反応した。
咄嗟に振り向いて、頑強かつ分厚い肩の皮膚で爪を受け止める。
奇襲が失敗したと判断した赤い影―――百貴は振り下ろした手で犀男の身体を強く押し、その反動で即座に離れた。
スタリと、猫のように重力を感じさせない動作で着地。同時に彼は両手で構えた。
「ぼ…坊ちゃん!?」
「来てくれたのですね!?」
百貴の登場に鬼だけでなく、地元の妖怪たちも歓声をあげる。
ソレを背に受けながら、百貴は敵を見据えた。
「小さいな。日本の妖怪にはこんな神輿しかないのか?」
「………」
「ッチ。話すことすら出来ないのか」
挑発に乗ることなく無言を貫く百貴に退屈したのか、犀男は早速動き出した。
「ブるオオオオオオオオおおおおオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
犀男が吠える。
咆哮は空気を震わせ、百貴の肉体にもズンと響いた。
「(……やばい、やっぱ怖いわ)」
その迫力に、百貴は気圧された。
当然である、彼の前世は臆病な子供であり、今世でもまだ十年しか生きてない。若造どころかまだ子供なのだ。
そんな人生の未熟者中の未熟者が、こんな化物相手にビビらないわけがない。
だが、恐怖と戦う術を、彼は既に持っている。
ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。
恐怖を意志の力で支配下へと置き、相手に目を向ける。
恐怖は否定しない。しかし支配されてはならない。
恐れは判断を鈍らせ、怯えは体を冷気のように麻痺させる。
気力を絞って歩み活路を開く。そのために彼は師の元で修行したのだから。
ソレを今、ここで発揮する!
「フゥン!!!」
早速犀男が突進攻撃を仕掛ける。
岩のような姿で突進する様は、視覚的にも大きな圧がある。
無論、威力も当然相応……いや、吸血鬼の怪力によってそれ以上のモノへと昇華させる。
左に転がって避ける百貴。
空気を切り裂きながら、彼の横を巨岩のような犀の肉体が通り抜け、その風圧が緋色の髪を靡かせる。
標的を失った犀男は背後の燃えている建物に激突。派手な衝突音を立てながら、数軒ほど破壊した。
その様はまるで交通事故。暴走しているダンプカーや重機が暴れているかのような破壊力であった。
瞬間、ブワッと、辺りに煙が拡がった。
先程の交通事故で、家々にあった燃えカスや灰が解放されたのだ。
煙は爆発するかのように巻き起こり、百貴の視界を埋め尽くす。
もう目は使い物にならない。頼りになるのは他の感覚である。
「フゥン!!!」
「!?」
煙幕の中、百貴に拳が振り下ろされた。
咄嗟に、異形化した右手でその拳を受け流す。
反応できない程の速さでもなく、武術のように効率的な殴り方をしている訳でもない。
だから簡単に受け流す事ができた。
だが、受けて分かるその拳の重さに思わず息を飲む。
当然である、その拳は、たった一度の突進だけで家々を砕いた化物のモノなのだから。
直に受けたらどうなるかなんて言うまでもない。
「このぉ!!」
犀男は流された力を利用して攻撃を続ける。
グルンと受け流された拳を無理やり戻し、ラリアットのように拳を振り回す。
対して、百貴は屈んで相手の拳を回避。
視界は悪いが、他の感覚が活きている。たとえ目が見えずとも、相手の攻撃はちゃんと“視”えている。
拳の勢いに振り回されて重心を崩してがら空きになった際男目掛け、爪の刺突を放つ……。
「―――!」
……のを中断し、咄嗟に横へ跳ぶ。
同時に通り過ぎる、犀男の丸太のような足と、地面に大きなヒビを作る蹄。
それはもし突きを続行すれば当たる可能性があるものであった。
先ほどの体勢が崩れたことによる隙。アレは演技(ブラフ)だ。
わざと隙を作ることで誘い出して仕留める。そのつもりだった。
しかし、ソレは潰えた。なら、やることは一つ……。
「ブモオオオおおおお!!」
速度と力任せのラッシュによる牽制である。
その勢いによって暴風が発生。辺りを隠していた灰色の煙幕が僅かな部分だけ晴れ、その姿の鱗片を表した。
しかし、すぐさま灰達は空いたスペースを埋める。晴れたのはほんの一瞬だけ。すぐさま視界は逆戻りした。
圧倒的な体格差と身長差、そして体重差のある相手。
そんな相手を、数センチ先すら見えない視界で戦う。
「(クソ、このガキ思った以上にやる! もしかしてこいつも“聞こえている”のか!?)」
灰の煙の中。
何故こんないも視界が悪い中、犀男は百貴の位置を正確に捉えているのだろうか。
その答えは音である。
犀は目が悪い動物で、目の前にあるものすら正確に目視出来ない。その反面、耳と鼻が発達している。
この姿では視界が悪いのは元から。だから今更見えにくくなってもきにしない。
むしろ、相手の視覚を奪うことで普段から盲目同然の自分のアドバンテージを作るつもりだったのだが……。
「(何でこのガキには俺の動きが分かるんだ!?)」
何故この小さな鬼にはソレが通じない!?
「じゃあ、今度はこっちからだ」
「ぐへえ!!?」
百貴が反撃に出る。
相手が殴った瞬間に合わせ、拳を相手の顎に拳をブチ当てた。
火事で脆くなった木造とはいえ、素手で破壊できる程の威力を孕んだ拳。
たとえ体格差があろうが、吸血鬼の頑丈さと生命力があろうが、犀の特性を持とうが。決して無視できないダメージを与える。
相手が怯んだ隙を突いて追撃をかける。
下腹部にワンツーの二発、サイドステップで回り込んで脇腹にアッパーと、右フックのキドニーブロー。
これら全てを、一秒半程で終わらせた。
流れるかのように次の攻撃へと移行し、鬼の怪力が込めた拳を、正確な位置から、正確な角度に当てる。
結果、大きな身長差と体格差のある相手に大きなダメージを与えた。
「こ…このガキィ!」
プライドか、それとも怒りからか、犀男は痛みを堪えて拳を振り落とす。
感情を籠めすぎた拳は体を緊張させて十分なパフォーマンスを発揮できない。
彼の拳はあっさりと流され、更に最悪の結果を迎える……。
ボキボキボキィ!
「~~~~!!?」
百貴は犀男の腕を捩じ切って関節を砕いた。
肩と肘の関節をたったこのひと手間のみで。
強靭な筋肉と頑強な骨格を持つはずの吸血鬼が、更に犀の特性を上乗せした肉体の関節を。
百貴というまだ若い鬼は、腕を捻るだけでやってみせたのだ。
痛みのあまり腕を抑えて下がる犀鬼。
なんだこれは。一体どうなっている?
こんなものは悪い夢だ。そうだ、夢に決まっている。
それ以外にありえない。だって、こんな……こんな……!!
「なんで……なんで再生しねえんだよぉ~~~~~~~~~!!?」
何故すぐに自分の腕は再生しないのだ!?
犀男は、腕を折られたから焦っているのではない。
折られたはずの腕が、全く治る予兆を見せないことに焦燥感を抱いているのだ。
いくら吸血鬼が高い再生力を持っていても関節のような複雑な部位を一瞬で治すほどの修復力はない。
だが、それにしても。たとえそこまでの治癒力はなくとも、少しぐらいは痛みが和らいでもおかしくない筈。
だというのに一体なぜ!?
「こ…このガキィ!」
百貴目掛けて突進。
鼻先の角を向け、体重と全身のパワーをぶつける。
強力な一撃なのだが、感情任せのヤケクソ攻撃。技術もクソもない分かりやすい動作。百貴相手に当たるはずが無いのだが……。
「………ッグ!」
幸運なことに、そんな攻撃が百貴に当たった。
上方へと吹っ飛ばされ、ぐるぐると縦回転する百貴の身体。
その隙に犀男は落ちる場所を予測して角を構え、百貴を串刺しにしようと動いた。
「(勝った!)」
犀男は己の勝利を確信した。
飛行能力のない鬼なら、空中で回避行動は出来ない。
落下位置を予測して立っていれば自然と角に刺さる。
後は刺さるタイミングで角を突き上げれ十分である。
「ハァ!!」
犀男のタイミングに合わせ、百貴は拳を振るい落した。
しなやかな筋肉を駆使して無理矢理方向転換。
犀男の角をギリギリ避けながら、眉間に拳を突き出す。
カウンター。
自身の力と百貴の怪力が集中し、犀男に大きなダメージを与えた。
「グオォォォォ!!?」
眉間を抑えながら下がる犀男。
口と鼻から血がダラダラと垂れ、手で覆っても隙間から溢れ出る。
「う、おぉ……」
眩暈がする。
打撃による衝撃は杭のように打ち付けられ、眉間に集中している神経に甚大なダメージを与えた。
こうなってしまえば、立つどころか意識を持つことすらままならない。
「な……なんで……!?」
受けたのは肉体的なダメージだけではない。
反撃される可能性なんて欠片も予測していなかった犀男に大きな動揺を与え、更に混乱を与えた。
肉体的にも精神的にもこの男は負けた。
なら行きつく先は決まっている。
敗北である。
「フゥ~………」
犀男が混乱している隙に百貴は構えを取り、力を集中させる。
赤い炎のようなオーラが拳に集中。
ある程度まで集まったところで、百貴は犀男にソレを突き刺した。
「おりゃあああああああああああ!!」
獅子の鬣のように手首から伸びる毛を靡かせながら、犀男の腹部へと拳は減り込む。
直撃した拳は犀男の腹に、古代文字のような紋章を刻み付けた。
紋章は楔のように犀男の肉体に打ち込まれ、妖力の流れを抑制。
流れをどんどん不活性化させて吸血鬼の力を封印していく。
封魔鬼術。
百貴は己の妖力を抑えるために習得しているが、本来の使い方はコレである。
封印の紋章を刻んだ対象の妖力を封印、或いはコントロールする。
太古、とある鬼が開発し、人間が使うようになった術式である。
「う、あぁ……」
封印成功。
同時に沸き起こる歓声。
百貴はソレに応えることなく、倒れる元犀男を一瞥しながら、妖怪化を解いた。
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