第58話 村での救助活動


 村が喧騒で溢れかえっていた。

 朱天家の鬼と襲撃者。

 彼らは敵を屠らんと互いの武器をぶつけ合う。

 地元妖怪たちも何人か協力しており、戦況は鬼が圧倒的に優位だった。

 そんな中、場違いな者が一人……。



「あの建物に女子供が避難している!彼女たちを」

「「「へい!」」」


 鬼に指示を出しているのは小さな子供

 朱天百貴。

 身長140㎝、体格も一見すれば華奢な少年である。

 彼は炎にも外敵にも怯むことなく村の住民たちを守っていた。


「ギおおお…」


 不気味な声をあげながら、襲撃者―――屍食鬼(グール)が百貴に襲い掛かる。


 屍食鬼(グール)。

 吸血鬼たちにとって魔力の源である血を注がれ、ソレに耐えきれず意識のない怪物と化した動く死体。

 分類上では吸血鬼とされているが、怪力や不死性などの吸血鬼にとって基本的な能力すら持ってない。

 扱いとしては最下級。数だけは他の吸血鬼よりも用意できる雑魚キャラといった認識である。


 百貴はそのグールたちを次々と殴り飛ばす。

 大の大人程の身長はあるグールの集団。

 狙うは相手の下腹部。

 ソレらはまるで羽のように軽々と宙を舞って地面へと叩きつけられた



「(下手人の数は十人前後。数はそれなりだが、火と崩れた建物、何よりパニックになってる住民たちのせいで被害は芳しくない。戦況はこっちが優位なんだけど……)」


 妖力によって増幅させた五感と妖気探知で状況を確認する。


 戦況は百貴側が優位。

 衰退しても名家。百貴という次期当主になるかもしれない鬼を守る鬼が弱いはずが無い。

 無論百貴自身も強い。十歳でありながら力を抑えるために修行の毎日を過ごしていたのだ。

 並の一般妖怪に負ける程、彼は軟弱な修行はしてないない。


 敵の種族は吸血鬼と屍食鬼。グールの方は数が多いが、所詮は最下級。数だけの相手など脅威ではない。

 吸血鬼の方も数は十数体程であり、どれも下級クラス。最大でも中級程度である。

 だからこそ、このような大胆な破壊行動に出るのが不自然なのだが……。


「(戦闘は彼らに任せて俺は救助とかに回るか)]


 方針は決まった、後は行動するのみ。


「……妖力開放」


 炎が彼の身を包み込む。


 この炎は繭。

 百貴を戦うための姿へと変え、戦地に向かう合図。

 筋肉をより頑強かつ強靭に、骨格を頑丈且つ柔軟に、神経をより鋭敏に、皮膚をより堅牢に。


 ザァァァァン!


 炎を打ち払ってその姿を見せる。

 十歳ほどの可愛らしい子供は、一気に十五歳程の逞しい少年へと変貌した。

 燃えるような赤い髪に、透き通るように白い肌、そして天を貫く牡鹿の角、

 緋色の目は真っすぐ敵を見据えている。

 これが朱天百貴の鬼としての姿である。


「らあッ!」


 燃え盛る民家の戸を蹴破る。

 かなり大きい家だが、炎のせいで台無し。

 既に内部にまで火の手は達し、黒い煙が充満して視界は最悪。炎による熱も溜まっており、入るだけで汗が噴き出そうになる。


 炎を突っ切って、中にいる子供を探す。

 煙のせいで目も鼻も通常なら機能しないが、百貴なら問題ない。

 たとえ煙の中でも目を傷めることはなく、鼻もちゃんと匂いをかぎ分けられる。

 百貴は己の感覚をフル動員させて日の中にいる住民たちを探した。


「そこか!?」


 逃げそびれた住民を発見した。

 この家の三階。そこに住民たちは集中して隠れている。


 天井―――から、二階の床を突き抜けてショートカット。もう一度やって一気に接近した。

 もうそこまで火の手が伸びているのだ。階段を登る時間も惜しい。


「な…何!?」

「怖いよ~!」

「もう大丈夫だ、ここから降りるぞ!」


 逃げ遅れた子供とその母親らしき女性を抱え、一気に飛び降りる。

 普通なら体重で潰されるが、そこは鬼。まるで猫のように、重力がないかように着地。

 抱えた親子たちを燃える家の外へと無事避難させた。


「あの旅館が避難場所だ! 早く行くんだ!」

「あ、ありがとうございます!」

「ありがと~お兄ちゃん!」

「ありがと~!」


 逃がした子供たちを見送りながら、次の目標を探す。

 目指す先は燃え盛る家。ゴウゴウと燃えて周囲の建物をも燃やしている家に目を向ける。



 ここで話は変わるが、火消しの仕事をご存じだろうか。


 まだ消火器どころか放水用のホースもなかった江戸時代、当時の消防士である火消しはどうやって火を消していたのだろうか。

 答えはそもそも火を消さない。彼らの仕事は延焼を最小限に食い止めることであり、周辺の建物を片っ端からぶっ壊す事である。

 燃えている家屋は置いておいて、風下側の家屋を中心にとにかく猛スピードで周辺の家屋を破壊することで延焼を防いたらしい。



 今、この場には消防車も消火器もない。なら朱天の鬼達がやれる消火法決まっている……。




「オッラァ!!」


 家を破壊して炎がこれ以上拡がらないようにすることである。

 鉄筋と耐震性素材で出来た頑丈な家なら兎も角、紙と木で出来た家屋なら鬼の力で簡単に破壊できる。

 普段は特殊な術によって守られているのだが、その術も“この火災によって燃やされ”むき出しになっている。

 彼らの破壊活動の邪魔をするものはない。思う存分に力を振って破壊する。

 そして、百貴の場合はソレだけではない……。


「らぁ!!」


 更に、両手を変化させた。

 赤い体毛に覆われ、本来のサイズよりも一回り程大きくなった獣のような手。

 指先には刀のように鋭く硬い爪が光を反射し、手首は緋色の毛が鬣のように靡いている。

 百貴は獣鬼の手と化した己の手を振う。爪先から赤い妖力の斬撃波が繰り出され、燃えている家の柱を切った。


 破壊する物は燃えている家。

 出来るだけ細かく砕きながら、燃えている部分を切除。

 炎の中突っ込んでこれ以上燃え移らないように破壊消火を行った。


 通常なら炎に近づけないが、頑強な肉体と妖力から身を守る術を持つ百貴は別。

 彼は率先して火の中に飛び込み、逃げ遅れた者たちを救助し、そして直接燃えている家を破壊消火する。



 ベキベキと大黒柱を素手でへし折る。


 指先から斬撃波を放ち、炎ごと全て切り裂く。 


 腕から発生する風圧で、炎を扇ぎながら燃焼物を破壊する。



 まさしく怪力乱舞。

 鬼が暴れるとはこういう事。

 百貴は十歳でありながら、鬼というものを体現させてみせた。


 みるみる壊される家々。

 数分も経たずに家は解体され、燃える物が無くなった炎も勢いを弱くした。


『坊ちゃん、こっちの炎が強い!すぐ向かってくれ!』

「分かったすぐ行く」


 火の勢いが弱くなったとほぼ同時、百貴の持つインカム越しに配下報告する。

 救助活動に出る前に、百貴が渡したものである。


『ありがとうございまず! 流石に炎や熱に強い妖怪はこの場にいないんで!』


 破壊消火や救助活動は彼の護衛達や地元の妖怪たちも行っているが、直接炎の中に飛び込めるのは百貴だけである。


「……早く行くかないと!」


 こうして、百貴を中心に、救助と消火活動は進められていった。

 そして、ソレを邪魔する者もいる……。


「!!?」


 咄嗟に横へ跳ぶ百貴。

 彼がいた場所に、何かが投げつけられた。

 燃えている家屋だ。

 直接引っこ抜いて百貴に投げられたのだ。


「……何、消火活動に協力してくれるの?」


 百貴は家屋を投げられた方に目を向ける。

 そこには、この火災を発生させたと思われる吸血鬼がいた。


「ざけんなガキ!テメエはここでぶっ殺してやる!」

「あっそう」


 百貴は軽く構えながら、軽く返した。

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