第57話 村が燃えている


 村が炎に包まれた。


 つい一時間ほど前までは平穏だった白鷺村。

 あるものは店仕舞いを、またある者は出店で楽しく飲み、またある者は自宅に帰って明日に備えていた。

 そんないつもの夜は、突然終わりを告げた。


「火だ! 火を消せ!」


 辺りで消火活動をする者たちが現れるが、一向に消えない。

 彼ら彼女らは雪女或いは氷や雪系統の妖。故に消化など造作もないはず。

 だというのに火は消えてくれない。


「く…クソ! こっちに」


 集落の一部の建物から火か燃え移り、炎はどんどん勢いを増す。

 あちこちから発生する黒い煙によって、建物の外でも視界は遮られる。

 様々なものが焼ける匂いのせいで嗅覚機能しない。

 そこら中から聞こえる悲鳴や怒号は様々な音を紛れさせる。

 簡潔に言えばパニック状態。村全てが混乱していた。


「……まさかこうなるなんてな」


 そんな中、一人の幼子だけは冷静に状況を把握していた。













 おはようございます、朱天百貴です。



 深夜、目が覚めると、村が燃えていました。

 いや~、びっくりしましたよ。なんか騒いでるな~と思って窓を開けたら、そこら中が燃え盛ってるんだから。

 しかも、煙のせいでよく見えず、変な臭いもする。アレはただ物が燃やされているだけじゃないね。

 村の妖怪たちが火を消そうとするけど、一向に消えないあたり、ただの火じゃないのは確か。

 一か所ではなく所々、しかも発生しているどの場所も火が燃え移りやすいポイントだ。

 ああもう、長々と面倒なことを考えるの嫌だから結論を早く出すわ。



 この事件、絶対計画的な放火だろ。


 燃やす場所を計算しているあたり、この村の立地に明るいプロの犯行だ。

 コレがあのアホの言っていた原作の悲劇ってことか……。


 いや、そんなことは今はどうでもいい。まずは状況確認だ。


「……妖力解放」


 普段は封印している妖力を解放させ、感覚を上げた。

 髪が赤く染まり、頭からは鹿のような角が、指先と口元からは鋭い牙と爪が生え並ぶ。


 俺は朱天家の中でも特に原始的な鬼の特性があるらしく、身体能力や五感が優れている。

 たとえ悲鳴やら色んな臭いに紛れても、正確に嗅ぎ分け聞き分けが可能。

 そして、俺の角には妖気や霊気などを感知する機能があり、修行で精度を高めている。

 様々な妖怪たちが妖力を使っているこの状況でも、十分感じ分け出来る……。

 




『オメエらには用ねえんんだよ雑魚共が!』

『きゃああああああああああ! な、なにすのよ!?』




「ッチ、やはりそういうことか!」


 感覚に回している妖気を筋力に回す。

 五感の強化は維持するにはかなり集中力がいる上、以外と妖力も食う。これからすることにそのリソースを割くわけにはいかない。

 窓から飛び降りて現場に向かおうとした瞬間……。


「いけません、坊ちゃん」


 突如、天井から黒い影が降って、音もなく着地した。

 俺の護衛達だ。

 俺は屋敷から抜け出した前科があるせいで、実家にいる間は常にこうして見張られている。

 最初は鬱陶しく思ったが、目に触れないよう隠れる等の配慮をしてくれている以上、文句は言えない。

 ソレに、こういう時には役立つからな。こういった人手のいる緊急事態には。


「百貴様、火の手がこちらにも降りかかっております。急いで避難しましょう」

「いや、まずは住民の避難だ。俺は彼らを助けに向かう」


 先程確認したが、この宿の周囲に不審な影はない。

 連中の目的は俺たちではなく、この村ということ。しかも俺たちは手を出さない前提で進めている。眼中にないご様子だ。

 だったら罠の可能性も低い。なら、いきおいにまかせて助けに向かっても問題はない筈だ。


「百貴様、お早めに出るべきです」

「………」


 ぺチンと、俺は護衛の伸ばした手を払いのけた。


「お前たち、朱天家の看板に泥を塗る気?」

「な、なにを仰っているのです?早くこの場から脱出せねば!」

「もしここで何もせずに逃げたら、俺たち朱天の鬼は敵前逃亡して、雪の一族の民を見捨てた腰抜けだと言われる。それで朱天の一族を名乗れる?」

「し、しかし!」

「大丈夫、こんな時のために日中準備をしていた」

「ま、まことですが百貴様!?」

「ああ、ソレに、今俺たちが奴らを撃退すると、朱天家の名誉が“かつての頃”に一歩近づくと思わないかい?」

「「………」」


 俺の発言に護衛達は息をのんだ。


 朱天家は没落の兆しを見せている。

 全盛期だった平安の頃、酒呑童子が討たれることで徐々に弱まっていった。

 今まではその場しのぎでなんとかいったが、そろそろガタが来ている。

 そこを俺は突いた。


「(しっかし、我ながら思ってもないことがよくもこんなに口にできるな)」


 正直、俺は朱天家の栄光とか発展に興味はない。

 ぶっちゃけ、本家からお呼びがかかるまでは継承権がないと思い込み、この力を制御することばかりを考えていた。

 力はあるが半妖の俺に配下の妖怪たちも付いてくれるとは思えない。

 下々はともかく、血統主義のある幹部たちは納得しないだろう。

 だから俺は今まで家のことなんてあまり考えてなかった。


 けど、利用できるというのなら話は別だ。


 今は人手がいる。

 炎を消し、住民を避難させ、複数いる敵を足止めするための人材が必要だ。


 俺は最初から自力のみで原作を変えるつもりはない。

 当然だ別に物語の主人公になるつもりはないからな。

 レイに誘われたから付き合っているだけで、アイツのようにハーレムだの活躍だのを期待しているわけではない。

 だから、解決の手段に拘りがない。使える物は全て使うつもりだ。朱天の御曹司という立場と、家の莫大な財産と人材を。


「臆病者と言われるか、勇敢な鬼の一族と言われるか。どっちがいい」


 返事はないが、態度が言っている。断然後者であると。

 なら問題はない。さっさとやるか。


「指示は俺が出す。お前たちは俺についてこい。……大丈夫だ。俺は力の制御の一環として、様々なことを学んだ。その一つに兵法を学んだ」


 嘘だ。

 兵法を学んだのは、集団で追い詰めるタイプの妖怪と戦った経験があったからだ。

 そういった相手と対峙した際、今度は優位に立つために兵法を学んでいる。決して修行のためではない。

 まあ、そんなことは今はどうでもいいが。大事なのは、ソレがこうして役に立っていることだからな。


「そして武力もバッチリだ。俺はやれるぞ、藤河さん、沢白さん?」


 名前を憶えてくれたせいか、少しうれしそうな給仕の一人。

 そんな彼らに背中を向け、俺は窓を飛び降りた。





「それじゃあ、暴れるか……!」


 ―――暴れたがる力を抑えながら


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