第51話 温泉に行きましょう


「というわけでやってきました! 白鷺温泉!」

「イェ~イ温泉だ~!」


 送迎用の馬車から降りたと同時、レイとスモモ姉さんはテンションMAX状態で騒いでいた。

 完全に修学旅行のノリ。学生時代は学校行事が苦手だった僕には付いていけない。


「……いいところだな」


 はしゃぐ二人を傍目に俺は周囲を見渡す。

 辺り一面が白に染まった大自然。

 冷たくも済んだ空気を思いっきり吸い込むと、体の中から浄化されるようだ。

 雪の匂いを意識したことはないが、こんなにもいい匂いだったのか。


「おいおいモモ! テンション低いな~。もっと上げていこうや!」

「絡むな酔っ払い。そんな元気がるならコレを運べ」


 肩を組もうとする吸血鬼“レイ”を払い退け、後ろにある大量の荷物を指さした。


「……これホンマに全部運ばなあかんの?」

「当たり前だ。お前の婚約者の荷物が大半だぞ。フィアンセのお前がやるべきだ」


 指さした大量の荷物。その所有者は我が姉であるこの少年の婚約者、朱天李姫だ。

 着替えや歯ブラシなどの日用品は勿論、お気に入りの枕や障子などの訳分らんものまで入っている。

 そして、その大半は大方使われないであろう。


「……なあ、どうしても運ばなあかん?」

「当たり前だ」

「俺こんな子供やで?あんな大量の荷物運べるわけないやん。というか、俺の身長よりも多いやん!」

「お前の能力の一つに怪力あるだろ。ソレでなんとかしろ」


 妖力がものをいう妖怪の世界において、体格なんてさほど重要ではない。

 俺だって身の丈以上の岩やら鉄塊やらを投げ飛せるのだから、怪力の能力を持つ吸血鬼が出来ないわけがない。


「それじゃあ行くぞい」

「……」


 レイは無言で逃げ出した。


「あ、テメエこら待て!」










 レイを捕まえてある程度運ばせた後、俺たちは予約した部屋で休憩することにした。

 用意された部屋は二十畳程の広い和室だった。

 家具や内装は質素だが、窓から見る光景は格別な一室だ。 


「ふ~、やっと終わったで」

「おい何一仕事やったみたいな空気を出してるんだ。運んだの大半は俺だぞ」


 俺は荷解きをしながら文句を言う。

 そう、このボケ吸血鬼が運んだものは小物ばかり。

 布団やら家具屋らは全部俺が運んできたのだ。


「いや、普通はやる気なくすやろ。何で二泊三日の旅行で家具も持ち出さなあかんねん。引っ越し業者か俺らは」

「そう言うな。いつもはお抱えの使用人がやるとこを、俺たちが無理言って必要最低限の数にしてしまったんだから」

「そもそも旅行で家具を持っていくこと自体間違いやろ! 何? スモモって使用人にこんな無茶を普段からさせとん!?」

「さあ? 俺は来たばかりだから知らないけど」


 ここ数日しか見てないけど、確かにスモモ姉さんはかなり傍若無人だ。

 気まぐれで自分の意見をコロコロ変えるし、この間なんて夕餉に嫌いな食材の入った料理が一つあっただけで膳をひっくり返しやがった。

 アレには俺も言葉を失った。

 義姉の暴挙によるものではなく、周囲の反応によって。

 あのようなことをしても誰も怒らない、俺以外に誰も彼女を注意しようとはしない屋敷の妖怪たちに。

 普通、将来的には一族の長になる子があんな真似をすれば烈火のごとく叱る筈だが、誰一人そうしない。

 立場の低い使用人はともかく、教育係や母親までもだ。むしろ我が義母は娘の気に入らない食事を出した料理人に文句を言いやがった。

 前世を知っている俺からすれば信じられない光景だ。

 王貴族や名家出身の子は礼儀作法などを厳しく教育されると思ったのだが、この世界では違うらしい。


「そんなもんやろ。俺のとこも似たような感じやったで」

「え?そうなの?」

「うちの家族がそうや。姉貴は癇癪を起こして無理にでも思い通りにしようとするし、親父は道理を捻じ曲げても姉貴の言うことを聞こうとするし、お袋も陰で漁りしとる」

「……大変だね」

「どっこも同じやで? 貴族ってマナーとか礼儀とかに厳しいってイメージあるやろ? けどこの世界……妖怪の世界は違う。人間のルールとは違うんや」


 その通りだ。

 屋敷の妖怪たちの大半は人間と大差ない見た目のせいで忘れがちだが、俺たちは人間とは別の生物だ。

 種族が違えば生態も考えも違う。同じ人間同士でさえ文化も価値観も違うのだ。当たり前の話である。


「俺らの世界じゃ強いモンが正しい。だから力さえあれば多少の横暴は効く。政治だのなんだのは人間の真似事や」

「……確かにね」

「やろ? あともうひとつ付け加えるなら……」

 



「所詮はラノベが原作なんやで? そんなに世界観やら下地やらしっかりしとるわけないやん」



「……ソレを言われたら終わりだね」

「こんなもんやで。ラノベの世界観にアレコレ言うても仕方ない、だって所詮は軽い《ラノベ》やもん。」


 軽いと言うのは言い当て妙だ。

 確かに今思えば、アニメでもかなり矛盾点が目立っていた。

 設定上では頭のいいキャラがそんなに頭が良いという印象はなかったし、設定では貴族として立派とか言われていたキャラがそんなに立派ではなかった。


「せやからその辺は深く考えへん方がええで。気に入らんかったらルールに則って力ずくで排除する。ソレでええやろ」

「い、いいのかな……?」

「ええんや。ソレがここのルールや。気に入らん奴はぶっ飛ばす。以上!ソレよりも温泉行こうぜ温泉!」

「ちょ…待ってよ! 引っ張るなよ!」


 レイはパンッと手を叩いて無理やり話を中断させ、俺を温泉に連行した。

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