第43話 同年代との喧嘩開始
朱天本家の施設の一つ。
普段は兵士たちが使う運動場の一つを、俺たちは貸切ることにした。
「では条件を確かめる! 勝利条件は相手が降参或いは戦闘不能になった場合! また、戦闘不能の判断は審判である私が下す! これでよろしいですね!」
「ああ」
「ええで」
審判らしき鬼の確認に返事しながら周囲を眺める。
俺たちを囲む形でやじ馬が集まっており、その中に姉さんは心配そうな目を……いや、アレは楽しそうな目だな。
大半の視線が姉さん同様に好奇心によるものだ。
俺の力を知りたいという好奇の視線、西洋妖怪に負けるなよという圧力の視線、どうせ大したことないという見下した視線。
様々な感情の籠った視線が俺たちに集約されている。
「今更確認するけどええんか?」
「いいよ、それに今更逃げられないし」
「ハハッ! 違いないな」
本音を言うと、正直この力を試したかったのだ。
山に籠って修行して、弱めの敵を倒してコツコツ頑張ってきた。
だったら、どこまで強くなったのか試したいと思うのは当然の心理だと俺は思う。
そしてこの力を試すついでにあの吸血鬼と戦い、正確に実力を確かめる。相手がどれ程の物か知るには戦うのが一番と言うしな。
遂に…遂にこの力を使う事ができる…!
「ライト・ブ・レイド……。相手に不足ない!」
レイド家。
三つしか存在しない真祖の一族。
真祖である以上その力は絶大であり、中でも武力に関しては真祖の中でも一位とされている。
更にライト・ブ・レイド自身は異才と持て囃されるほどの実力を持つとされている。
血統に優れ、その中でも強く、その上で俺と同年代。
こんなに好条件の揃った相手はなかなかいない……!
「堪能させてもらうぞ、吸血鬼!」
「ぬかせや半妖が!」
俺が走り出すと同時、レイドは手の平から炎を出した。
子供一人を焼き殺すには過剰な程の火力と量。
十人は一瞬で包み込めるほどの炎が俺に牙を剥いた。
レイド家は業火の使い手と言われており、その威力は一夜で国を一つ滅ぼしたという伝承があると言われる。
無論、流石にこんな
「ハァ!」
妖力を込めた拳を振るって炎を消し飛ばす。
流石に全てを振り払えないが、自分のスペースぐらいは確保出来る。
そこから相手を探ろうとしたのだが、そこで俺は罠に掛かってしまったことに気づいた。
「(!? しまった、目を封じられた!?)」
視界は炎に遮られ、臭いは炎の独特の匂いで消されてしまった。
妖気を探知しようとするが、炎自体に妖気があるせいで術者の妖気が隠れてしまっている。
これではどこにいるのか分からない!
だが、すぐに好機が訪れた。
「!? そこか!」
空に一際強い妖気を探知。
俺は迷わず跳んで炎を突っ切って脱出。妖気の源へ飛び掛かった。
炎を抜けると奴は空にいた。
コウモリのような翼を広げて滞空している。
両手には火の玉のようなものがあり、そこから強い妖気を感じる。
どうやら妖気を圧縮して俺に放とうとしていたようだ。
「なっ!?」
レイドは飛び出した俺に驚きながらも、咄嗟に火の玉を俺に投げつける。
放たれた火弾を俺は腕で弾き飛ばすも、破裂して炎が拡がった。
しかしこれぐらいの炎なら大丈夫だ。せいぜい若干裾が焦げる程度で済む。
炎に耐えた俺を見て焦る表情を見せるが、咄嗟に腕を交差させて防御の構えを取る。
俺の攻撃を一旦耐え、離脱した後に体勢を立て直すつもりか。
なかなか早い判断だがまだ甘い。
手を伸ばして相手の腕を掴む。
俺は腕力だけで相手に巻き付き、首に腕を回した。
空中羽交い絞め。
さあ、ここからどうやって逃げる!?
「ぐ…うぅ!」
苦しみながらも高度を下げるレイド。
いや、これは地面に急降下している!
コイツ、地面に自分ごと俺を叩きつける気か!?
俺はレイドを投げて拘束を解除する。
地面に激突するも俺は受け身をとってある程度衝撃を逃がしたら汚れた程度で済んだ。
対するレイドはゴロゴロ転がり、数十メート先で息を整えながら立ち上がる。
「ゲホッゲホっ……カハッ!」
「苦しそうんだ。……おい審判」
俺は相手から視線を外して審判に目を向ける。
「は…はい!」
「さっきの羽交い絞め見たでしょ? アレ、ルール的に見たら俺の勝ちじゃない?」
「い…いえ! まだレイド様は落ちておりません!」
「普通の試合ならね。けど、空中で気を失ったら普通大けがするよ? 第一、絞めた時点で俺が部分的に妖怪化してトドメ刺してもいいし」
まごつく審判に対して反論すると、やじ馬からガヤが聞こえだした。
「確かにあんなの防ぎようないよな。空中で首絞められたんだぞ?」
「けど落ちてないなら無効じゃないか? 妖怪化どうこうも結果論だろ?」
「でもこれは模擬試合だぜ? だったら残身でよくないか?」
「そうだぜ。鬼の力なら首をへし折れる。なら百貴様の勝ちだろ」
「いや、吸血鬼の怪力も侮れないぜ。ある程度なら耐えられるんじゃないか?」
「そもそも百貴様がライト様の怪力を上回れるのか?」
あれじゃないこれじゃないと議論するやじ馬たち。
まずいな、このまま続けるとこの子に怪我を負わせてしまう。
もっと穏便に済むと思ったんだんだけど、流石に舐めすぎたか……。
「うっせえ黙っとれ!」
その叫び声に、やじ馬は黙った。
「まだや! 俺はまだ負けてない! こんな中途半端な結果で納得できるか!」
「こんな大勢の前で恥かかされたんや! 最後まで付き合ってもらうで朱天百貴!!」
拳を構えながら怒鳴るレイド。
目線が真っすぐ俺を射抜いている。
まだ負けてない、俺は戦える、続けろ。
彼の瞳はそう語っていた。
ああ、やめてくれよ。そんな目を向けられたら……。
「……応えたくなるじゃないか」
小声を漏らしながら俺は妖力を解放した。
前髪の一部が赤く染まり、右手に妖力が収束されて形を変える。
これが人間状態での全力。今からコイツを叩き潰す!
「……いいよ。なら、次は俺も全力で相手する」
「……ほざいたな!」
相手も妖怪の力を解放する。
山羊のような角が生え、炎を左手に纏う。
炎の質が変わった。
さっきのと比べて圧縮量が違う。
「くらえ!!」
炎の弾丸が射出される。
熱量、火力、サイズ、共に桁違い。
文字通りの全力だろう。
だが、俺の敵じゃない。
妖力を爪に纏い、籠めることで俺は妖術を発動させた。
「はあッ!」
俺は火弾に接近して右手の爪を振り上げる。
引き裂かれる炎の砲弾。
今度は炎が拡がることなく、まるで水を掛けられたかのように鎮火して消える。
「な…なんやて……!?」
反動によるものか、それとも驚愕によるものか。
相手は炎を放った構えのまま動かない。
今がチャンスだ。
一跳びで接近しながら手を翻して手刀の構えを取る。
狙いは鎖骨部分。
鬼の手のまま、俺は手刀を振り下ろした。
硬いものを割った感覚が手に伝わる。
鎖骨を折った感触だ。
「……あがっ!」
折れた鎖骨部分を押さえて倒れるレイド。
一見すれば骨折による痛みで蹲っているように見えるが実はソレだけではない。
レイドの指の間から見える紋章。
鬼の古代文字が組み合わさって形成された封印を表す印。
これこそ俺が使える数少ない妖術の一つ、封魔鬼術である。
師匠は俺が自分で妖力を抑えコントロールするために授けてくれたが、本来の用途は文字通り魔を封じること。
通常は御札や武器などに術を込めて叩き込むのだが、俺の場合は直接流し込んだ方が効率よく術を叩き込める。
「ぐ……ぁあ!」
胸を押さえて倒れ、動かなくなるレイド。
妖術を封印した証拠だ。
これで完全に戦闘不能。
俺の勝ちだ。
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