第41話 お姉ちゃんが出来ました


 言われた通り、突き当りの部屋の前に立つ。

 流石に女性の部屋へ何の通知もなしにはいるのはまずいので、軽くノックした。


「どうぞ~」

「失礼します」


 返事が聞こえた同時に入る。

 金縁に彩られた観音開きの扉を開くと、そこはファンシーな部屋だった。

 天蓋付きキングサイズのベッドに豪華で大きな箪笥。そして大きなぬいぐるみ。

 絵本のお姫様の部屋に入った気分だ。


「(いや、実際にお姫様か)」


 朱天家は鬼の王家だ。

 領地があり、家来がいて、暴力を背景にした強権がある。

 国としても国家元首としても十分に成立する。

 まあ、俺には関係ない……とは言えないか。


「君が百貴!? 可愛いわね!」


 これまた豪華で可愛らしいカーペットの上にお姫様はいらっしゃった。

 桃色の髪と瞳の活発そうな美少女。

 年は大体12歳といったところか。

 将来は美人になることは十二分に推測出来る。


「俺は百貴。よろしく」

「うん! よろしく弟くん! 今日からここが君の家よ!」

「……ん?」


 今さっき変なこと言わなかった?


「家って? 俺、挨拶だけで帰る気なんだけど」

「え~! ダメダメ! 百貴くんには家の子になってもらうの!」

「いやいやダメだって! まだ修行残ってるのに!」


 焦りながらも事情を説明する。


 俺はまだ完全には力を克服出来てない。

 確かに師匠の元で修行することで妖力を制御し、暴走する力を抑える術を身に着けた。

 しかし俺の妖力の成長は早い。力を制御できるようになっても次の年には全然足りなくなるのだ。

 朱天の力を俺自身の物にするには、努力を続けなくてはいけないのだ。


「え?でも真流さんはもう卒業だって言ってるけど?」

「ヴェ!?」


 蛙が潰れたような、汚い声が俺の口から漏れた。


「なんかこれからは指定された妖怪を討伐するようにだって」

「……今日からか」

 

 討伐修行。

 文字通り実戦を積んで学び鍛える事。

 師匠の流派では最終試験として扱われるのだが……。


「いいの? 俺まだ完全に制御出来てないのに」

「いいんじゃない? 君の師匠がそう言ってるんなら」


 俺の一人ごとにこたえる我が姉。

 いや、別にいいんだけどね。


「じゃあ、ここしばらくお世話に……?」


 突然、猛スピードでこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 バンッと乱暴に開けられる扉。

 そこから現れたのは、俺と同じ年頃の男児だった。

 金髪金目の整った顔立ち。

 今は可愛らしいが、将来はイケメンになると推測出来る顔だ。


「スモモ! 今日は俺と一緒に遊んでくれるって言っとったやん!」


 関西弁!?

 いや、別に悪いとは言わないけどあの顔で言われると違和感がする。

 それよりも気になることが……。


「スモモ? 姉さんの名前は李姫りきじゃなかったっけ?」

「あ、私のあだ名なの。私本名あんま好きじゃなくて……。それに李ってスモモとも読めるでしょ? だからそう呼んでって言ってるの」


 彼女は説明しながら俺の後ろに隠れる。


「あ? なんやお前? 見たことないな。誰や?」

「俺? 俺は朱天百貴。この人の弟だ」

「百貴? あの雑魚半妖の?」


 名乗ると金髪ショタは俺を見下したような目を向けた。

 侮蔑の視線。しかもどこか奇妙だ

 半妖ということで本家からやってきた妖怪に見下されたことはある。

 しかしコイツの視線はどこか変だ。

 むしろ、知っている誰かを見下すような……。


「お前に用はない。どけ」

「どくのはお前だ。姉さんに乱暴するな」

「……あ?」


 乱雑に俺の肩を掴んでどかそうとする手を振りほどく。

 同時に振り上げられる拳。

 俺はソレが振り落とされる前に掴んで止めた。

 コイツ短気だな。


「離せ踏み台。お前みたいなキモデブが確定したキャラが触んなや」

「何わけわからねえこと言ってんだ。姉さんの部屋で乱暴するお前こそ失せろ」

「うっさいわ!」


 力ずく俺の腕を振りほどき、再び殴り掛かる。

 俺は相手の後ろに回りこむように移動しながら避ける。

 同時に相手の前の足を引っ掻けながら背中を押すことで転ばせた。


「へぶっ!」


 序でに背中に肘を乗せ、腕を捻って拘束。

 これでもう暴れられない。


「これ以上暴れるな。もし暴れるなら……!?」


 突如、掴んでいる手の平から熱を感じた。

 熱に関する妖術……いや、炎を出すつもりか!


 折角綺麗な部屋にボヤ騒ぎをされては不味い。

 俺もまた術を使って相手の妖術を封印した。


「な…なんでや!? なんで力が使えへんねん!?」

「妖力を封じた。これで下手な術は使えねえぞ?」

「な!? たかが踏み台が!? ……だったら力で!」


 相手が力を入れたので、こちらも力を入れる。

 もちろん手加減はする。俺の力は同年代どころか並の妖怪とじゃれ合うには強すぎる。


「な…なんでや!?なんで持ち上がらへんねん!?」

「鬼に力勝負で挑むか普通?」

「やかましい! 俺の力は鬼クラスはあるのに!」


 獲れたてのマグロのように藻掻く金髪ショタ。

 しかし俺は修行を積んだ朱天の鬼。

 パワーが全然違う。


「わ…分かった! 俺の負けや! 分かったから解放してくれ!」

「……いいよ。けど、暴れたら蹴り飛ばして止める」


 一瞬迷ったが解放することにする。

 これ以上やると絞める必要があるし、この程度の力量ならすぐに押さえられる。


「ああ、堪忍な。…と、見せかけ―――」


 妙な動きをしたので宣言通り蹴り飛ばした。

 狙いは顎。

 カクンと掠ることで脳が揺れ脳震盪を起こす。

 これで倒れない相手はなかなかいない。


 狙い通り倒れる金髪ショタ。

 ソレを見届けてから俺はその子の頭にクッションを敷いてやった。


「で、この子誰です?」

「あ、あはは……」


 何故か姉さんは引きつった笑みを浮かべた。

 いや説明してください。

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