第40話 本家へ行こう


「……あっという間だな」


 修行の一環として妖力を制限した状態で山から降りる。

 外見はただの腕輪や足輪だが、付ける事で妖力を制限したり、制御を妨害する効果がある。

 要するに高性能ギプスだ。

 師匠から教わった術を行使することで妖力をコントロール。

 こうして俺は修行を兼ねて下山したのだが……。


「こっから先は送っていく」

「ソレ、ここまま降りた意味あります?」


 山を降り切ると、師匠が本家に繋がる魔法陣を用意して待機していた。

 空間転移術。

 別の空間から別の空間へと繋いで瞬間移動する術だ。

 かなり便利な術に見えるが、結構制限があるので一概にも言えない。


「お前、本家は京都だぞ。いくらお前の足が速くても無理があるだろ」

「足を変化させたら行けますよ?」

「……そうだったな」


 俺は自動車並みの速度で走れるんだ。

 修行序でにコレ付けて走るのもいいかもな。

 まあ、この様子だと却下されることは目に見えているけど。


「兎に角行くぞ」

「はい」


 転移の魔法陣に乗って転移を開始する。

 結界を抜ける時と同じ感覚。

 景色がぼやけ、揺ら揺らと波に揺らされながら水底へ潜っていくかのような感覚に陥る。

 ソレが次第に弱まると、全く別の景色に変わっていた。


「相変わらず転移の感覚に慣れないな」

「そんなもんだ。中には転移酔いする奴もいるからな」


 言いながら真っすぐ先を目指す師匠。

 転移先は本家の前。

 巨大な館のまえには一般の家屋程の大さの扉。

 いや、ここまで来たら城門といったほうがいいだろうか。


 ユックリと開く城門。俺たちはその中へ入っていった。

 門の中へ一歩踏み出す。

 途端に襲い掛かる転移の感覚。

 気づけば俺は無駄に広い庭にいた。

 隣にいたはずの師匠がいない。

 おそらく先程の転移は俺のみを対象にしたようだ。……いや、術の感覚からして俺しか出来なかったのかな?


「(だが、迂闊にもあっさり転移されたことに変わりない。修行が足りないな)」


 反省しながら周囲を見渡す。

 眼前にはこの屋敷の主らしき女。

 五段あるきざはしの向こう側。

 簀子で隔たれた先からシルエットが見える。


「よう来たのぉ」


 簀子がゆっくりと引き上げられる。

 そこから現れたのはビックリするほど美人な鬼女だった。

 反射するほどの黒い髪。白粉しらこに麻呂眉、目の周囲を紫のアイシャドウみたいなものをしている。


「お初にお目にかかります、舞姫様」


 姿を見たと同時、俺はすぐさま膝を付く。


 一瞬見れば十分だ。

 彼女の妖力だけで誰がすぐに理解出来る……。


「そのような他人行儀はよせ。なにせわっちとそちは“親子”なのじゃからな」


 朱天舞姫。

 俺の義母にあたる鬼だ。














 朱天舞姫まいき

 茨城家の生まれの鬼であり、まだ見ぬ我が父の正妻。

 父が行方不明の現在、頭領代理として家を動かしている女傑だ。


「もっとちこう寄れ。それと、わっちのことは母上と呼ぶように」

「……はい、母上」


 近づいて我が義母を観察する。

 眼前から感じる炎のような妖力。

 俺のが抑えの利かない業火だとすれば、目の前の妖力は不気味な鬼火。

 しかし何処か華やかさを感じさせるような美しい炎だ。

 どちらも炎という点は同じである。

 まあ、だからって話だけど。


「ああ、本当に似ておる。幼かったあの方とそっくりじゃ」


 一定の距離まで近づくと、いきなりガバっと抱き寄せられた。

 暖かい。

 彼女の腕の中は、暖炉のように暖かくて心地よい。

 誰かに抱き寄せられるなんて何年ぶりだろうか。


「そんなに俺と父上は似ていますか?」

「うむ。そちの方が優しそうで可愛らしい顔をしとるがな。あの方はいっつもしかめっ面じゃ」


 俺の頬を撫でながら俺を観察する。

 うっとりと俺を通して父の面影を見る彼女の有り様は、どこか寂しく見えた。


「すまんのぉ今まで放っておいて。しかしお前さんは扱いに困るんじゃ。……お前自身は何も悪くないのに」

「いえ、別に気にしておりませんので」


 生まれてから俺は本家に行ったことがない。

 半妖であり母親が誰だか分からない俺は厄介ごとの種。

 本家の京都から離れた関東にある別荘に隔離されることになった。

 いや、隔離は流石に言い過ぎたか。


 一見不幸な生い立ちに見えるが、俺はそう感じない。

 何不自由なく暮らせるし、外出もお目付け役付きだが出来る。

 屋敷の皆も良くしてくれた。皆優しいし、今でも俺を慕って帰りを待ってくれている。

 俺は、ちっとも不幸じゃない。


「百貴、今日はわっちの娘と会ってくれんか」

「娘? というと俺の義姉ということですか?」

「そうじゃな、以前から会いたがっていたんじゃ」


 俺を解放して優しそうに微笑む義母。彼女は扇子で扉を指す。


「その戸を抜けて突き当りに娘の部屋がある。会ってやってくれ」

「はい」


 俺は返事だけして部屋を出た。

 というか我が母、付いてきてくれんじゃないのかよ。

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