第38話 桔梗とこれから
真流さんからこれからの打ち合わせを数分ほどした後、俺は待合室へと向かった。
「モモ!」
待合室に入ったとほぼ同時、桔梗が駆け寄ってきた。
俺を見つけて一瞬笑顔になるも、すぐに憂鬱な表情に変わる。
ひどい顔だ。
目尻には隈が出来ており、思い悩んでいる様で顔も何処か固い。
「……家の人達が襲ってきたのって、私が妖怪の血を引いているからだよね?」
俺は桔梗を安心させるため、駆け寄った彼女を抱きしめた。
いつもなら恥ずかしくてできないが、今はそんなこと言ってられない。頑張って耐える。
「だろうね。緋鳴鳥家の人達からしたら、結花さんは妖怪に与した裏切り者だ。そして桔梗はその証の忌み子とか思ってるだろうね」
「……私って生まれてきちゃ駄目っだったのかな?」
桔梗は涙を流しながら、呟くように訊ねてきた。
「そんな事はないよ。生まれていいかどうかなんて決める権利は誰もない。向こうのルールに従う必要はない。第一、桔梗のお母さんはちゃんと桔梗を愛してるじゃないか」
「そうだよね……お母さんは愛してくれているんだよね。でも、私が妖怪の血を引いているからお母さんは……」
「それだと俺もそうなるよ。だって酒呑童子の子孫の血を引いてるんだから」
「……けど……けど!」
俺は桔梗を抱きしめて無理やり中断させる。
今の桔梗はどんどん不安になって悪い方向へと精神が陥っている。
なんとかこの連鎖を止めなくてはいけない。
「桔梗は俺の事嫌い? 半妖の俺が、狂暴で残虐な鬼の血を引いている俺が嫌い」
「ううん! モモのことは大切で大好きだよ!! モモが酒呑童子だとかそんなのどうでもいい!」
桔梗は涙を流しながらもしっかりと俺の眼を見つめて力強く言った。
「うん、俺も同じだ。桔梗が天狗でも人間でも大好きだよ」
俺は精一杯の笑みを浮かべて桔梗の眼を見つめ返す。
その甲斐あってか、桔梗はぎこちないながらも微笑み返してくれた。
「……で、どうするつもりですか?」
また別の部屋。
診察室の隣にある応接室で俺は桔梗の父親、天狗の幹部である高尾さんと今後について話し合っていた。
「やはり桔梗は……私を……」
「はい、嫌ってるでしょうね」
「グフッ!?」
おい、何ダメージ受けてるんだ。
これからハッキリするべきことを簡潔に言葉にしただけじゃないか。
「大体、なんで桔梗と結花さんに護衛なり防犯用のまじないを用意しなかったんですか。貴方なら出来た筈です」
「そ、それは……結花が、嫌がったんだ……。桔梗には、普通の生活をさせたいから……」
「それで貴方はOKしたんですか? 狙われやすいと分かっていながら」
俺がズイッと近づくと、高尾さんは少しバツが悪そうに顔を逸らす。
「まさか、こんなことになるなて予想してなかったとか言うんじゃないんでしょうね?」
「………………ああ」
呆れた。
こんな誰にでも分かるようなトラブル、なんで対策しようと思わないのか。
対魔師と人外のハーフが生まれた前例は幾つかあり、その結末の大半は悲劇だ。
半妖の子は妖怪の世界でも対魔師の世界でもありふれているが、過去に対魔師と戦争をしていたような妖怪との子だけは認められない。
鬼、天狗、妖狐。大体この三つは強大な力と性質上何かしら対魔師と因縁があり、中には良好に接触しただけで裏切り者扱いさることもある。
一見理不尽にも見られるが、互いに恨み殺し合いの関係なのだ。味方の陣営の者が怨敵と親しい関係、しかも夫婦になって子を作ったとなれば何かしら思うのは当然かもしれない。
もっとも、ソレを受け入れるつもりは毛頭ないけど。
「……とりあえず、貴方は裏からサポートしてやってください。俺からも何とか言ってやりますから」
「ほ、本当かい百貴くん!?」
俺の言葉に身を乗り出す高尾さん。
「あまり期待しないでくださいよ。桔梗は思い込みが強い癖に頑固だ。しかも人の話をあまり聞かない。だからかなり苦労するでしょうね」
「う、うぅ……」
「その上俺はしばらく修行で籠ることになるから手紙や電話でのやり取り、しかも月に数回しか取れない。正直かなりきついです」
「……」
「だから貴方はちゃんと自分の頭でどうすか考え、自分の力でやるべきです。もちろん押し付けや無理やりはダメですよ、ちゃんと」
「そ、そうは言っても……」
「何言ってるんですか。今まで放置してきた貴方自身の問題です。ちゃんと向き合ってください」
筋骨隆々の成人男性が小さな男児に叱られる光景。
なんていうか同じ男として情けなく感じるが、これも桔梗のためだ。容赦しない。
「今の桔梗は不安定な状態です。まだ俺が修行に籠るのに時間もありますから、それまでは俺が見ますのでちゃんと考えてくださいよ」
「う…うむ……」
……本当に大丈夫なのかこの人。
豪華に彩られた寝殿造(しんでんづくりの邸宅に一人の女がいた。
姿は簀子(すのこ)で阻まれてるせいで見えないが、シルエットから辛うじて十二単じゅうにひとえのようなものを身に纏っているのが分かる。
その女がぼそりと呟く。
「なかなかいい子ではないか。今代は豊作だ」
彼女の言葉を聞き逃さぬよう耳を傾けている従者が五人。
彼らは階きざはしから少し離れた場所に隊列のように並んで傾聴している。
その中の一人……赤鬼が応える。
「下っ端の吸血鬼と退魔師を突いて正解だった。おかげで面白いものが見れたわ」
「ハッ。しかし私は朱天家の威力調査の記憶しておりましたが……」
「そうだったわ。私としては下っ端達の質を知りたかったんだけど。まあ、予定通りに全て行くことなんてなかなかないし」
「ハッ。しかし朱天家の次期当主の力量を測れたのは大きな収穫かと」
「まあ、それもそうね」
彼らの目的をもっと詳しく言うと、縄張りを守る下っ端のレベルを測ることである。
結界外の町なら、町に配属された妖怪のレベルを、結界内なら僻地を守る妖怪のレベルを。
しかし、測れたのは朱天百貴の戦闘レベル。
これはこれで大きな収穫である。
「それで、朱天百貴はどう?」
「鬼才の一言です」
ハッキリと男は言う。
「十に満たない子供の段階で並みの退魔師では相手にならず、不完全とはいえ半妖でありながら妖怪化、闘技に至っては上級妖怪の通常攻撃にも匹敵します。
無論、鬼としての基本能力は並みの鬼とは比べ物になりません。能力だけならまさしく酒呑童子の再来かと」
「うん、本当にすごいね彼」
「すごいなんてものではありません。成人すれば確実に我らだけでなく全ての陣営の脅威となります。早い段階で始末するべきかと」
「本当にそうかしら」
「……と、いいますと?」
「だってあの子、利用できそうじゃない」
クスクスと、女は笑いながら続ける。
「中途半端に強いだけなら殺しちゃおうと思ったけど、あれだけ将来有望ならもう少しチャンスを与えてやればいいじゃない」
「確かにあの子供の力が手に入ればかなり利用価値はあると思いますが……危険ではないですか?」
「あら?、その心配はないわ」
「だって、あの子は視方を変えたら私の子ですもの」
クスクスと、女は笑いながら言った。
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