第37話 お師匠に会いました

「う…うん……」


 目が覚めると、俺はベッドの上で寝かされていた。

 俺の部屋でも桔梗の部屋でもない。

 マジでここ何処だ?


「……ん?なんだこれ?」


 起き上がると違和感に気づいた。

 右の中指に何か付けられている。

 鬼の意匠が施された指輪。

 なんでこんなものが?


「お、やっと起きたか」

「……なにアンタ?」


 ベッドから降りて声のした方に目を向ける。

 そこには一人の女性がいた。


 黒く長い髪を白い布で括ったポニーテール。

 和風美人だが活発そうな顔つき。

 服装は神主のようだが、露出が多くなうよう改造されていてコスプレ臭がする。

 うん、見たことないな。


「……もう一度聞く。あんた誰? ここ何処?」

「お、自己紹介がまだだったな。私は真流天牙まりゅうてんが。あんたの治療と封印を担当した医者。そんでここは私の診療」

「……」


 とりあえず情報を整理しよう。

 目が覚めたら俺はこの女性の所有する診療所で目が覚めた。

 つまり俺はあの後無事に保護され、ここで治療を施されたということか。

 なら次の問題だ。


「とりあえずあの天狗の娘は無事だ。お前が気絶したとほぼ同じ時間帯に、娘の父親が部下を連れて現場にすっ飛んで来たらしい。それでお前ごとこ診療所に運んできた」

「じゃあ桔梗と結花さんは何処にいる?」

「隣の待合室だ。母親の方は傷だらけだったけど命に別状はないわ。女の子の方は無傷。お前が最後まで守ったのよ」


 彼女の説明を聞いて俺は安堵の息を付いた。

 よかった、最優先の目標―――桔梗と結花さんを助けることは成功したようだ。

 そう思っていたのだが……。


「後であの子に会ってやれ。これから会える機会もなくなるからな」

「……ソレはどういう意味ですか?」


 桔梗が無事だと分かって余裕を取り戻した俺は、一応敬語で聞く。


「言葉通りだ。あの子は今回のことで引っ越すらしい。というか、天狗会の幹部の親族があんな無防備なトコに住んでるのがおかしいんだ。それに対魔師と妖怪の半妖なんて

 無用な恨みを買われやすいのに、なんであの鷲野郎はそんなことも考えなかったのか」


 仰る通りです。

 俺の場合は結界と護衛付きの防犯対策バッチリな家に住んでるのに、なんで桔梗はほぼ同じ立場なのにそういった家に住んでないんだ?

 しかし桔梗の父親が間抜けとはいえ、天狗という鬼に匹敵する妖怪の幹部に対して鷲野郎とは。

 一体この女性は何者だ?


「ここからが本題だ。……お前、酒呑童子の力を持て余してるな?」


 女性―――真流さんは険しい表情で言った。

 口調こそ疑問形だが、何処か確信めいた様子だ。


「確かにこの力には悩まされていたけど、今は完全に力を制御出来ている」

「制御? 片手だけ鬼の力を使う程度で?」

「?」


 真流さんの言いたい事が分からず、俺は首をかしげる。


「お前が使ってるのはまだ1割もない。確かにお前は妖気をコントロールしていたが、全ての妖気を制御できるわけじゃない。お前は制御できる量だけ抽出していたんだ」

「1割? 何を根拠に? その数字は何処から出てきたの?」

「じゃあ今から試してやる。目を瞑れ。妖気の流れの補助をしてやる」


 戸惑いながら目を瞑る。

 真流さんは俺の肩に手を置いて妖力をを流し始めた。


 不思議な感覚だ。

 他人に妖力を流された経験がないせいか新鮮に感じる。

 悪い感じはしない。

 むしろ、何か暖かいものに包まれているかのような安心感がある。


「それじゃあ次は妖力を使ってみな」

「はい」


 言われた通り妖力を流す。

 イメージは炎。

 燃え盛る炎の中から力を抽出する……。



 突然、炎の中から火柱が立った。




「ッ! ハァ……!」


 妖力操作を打ち切って息を整える。

 何だったんださっきのは……?


「びっくりしたろ? アレがお前の妖力の源だ」

「俺の……妖力?」

「そうだ、あの河みたいな量がお前の本当の妖力だ。お前が使ったのは桶一杯分に過ぎない」

「……」


 流石に妖気の量を河と桶で例えるのは大げさすぎるが、確かに制御可能な妖気の量とそうでない量の差は大きい。

 そして、このままではいけないことも理解した。


「その指輪は妖力をせき止める弁みたいなものだ。だが、壊れるのも時間の問題だな」

「これはあなたが?」

「ああ、悪いが寝ている間に封印の処置をした。というかそのために私が竹蔵のジジイに呼ばれたんだ」

「竹蔵さんが?」

「坊ちゃんの妖気が急激に強くなったから安定するまで封印してくれて依頼されたんだ。けど依頼は達成できそうにないな」



「普通なら成長することで身体も出来上がって、自然と妖力に慣れてコントロール出来るようになる。けどお前は力が大きすぎるし今も急激に成長中だ。時間だけでは解決しない」


 俺は何も言わずに俯いた。

 やっとこの人の言いたいことが理解出来た。

 真流さんは、俺にこの力を完全に制御するための術を教えに来たんだ。


 もし仮に封印の術がないのなら、せいぜい謝罪するぐらいしか来ない。なのにわざわざこうして長ったるい前振りをしたということは、何かやらせたい事があるということ。

 そしてやらせたいことなんて一つしかない。


「私のとこに来い。そこで力の使い方と封印のやり方をみっちり叩き込んでやる」

「分かった」

「そうかい。じゃあ仕方ない……って、ええ!!?」


 今度はすっ飛ぶほど仰天した。

 忙しい人だな。見てる分には面白いけど。


「い、いいのかい!? 私が言うのもなんだが、かなり怪しいんだけど!?」

「このままじゃいけないのはもう分かっている。力をちゃんとコントロール出来ないと自分も周りにも被害が出そうなのも」

「そ、そうかい……。まだ小さいのに覚悟決まってるわね」




「言っとくけど私の修行は厳しいよ。泣き喚いても許さないからね!」

「つい最近、銃で体中穴だらけにされたんだ。簡単に泣き言なんて言わないよ」


 こうして、俺の修行生活は始まった。

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