第36話 幼い鬼の初陣

「俺は戦う。暴走や恐怖に任せるんじゃなく、俺自身の意思で! 結花さんも桔梗も守ってみせる!」


 宣誓し、まだ幼い朱天の鬼は構えた。


「ほ…ほざけぇ!!」


 リーダー格の男が言い放つと、周りの男達が紙のようなもの―――呪符を散蒔く。

 防御用の結界を創り出し、合間を縫う様に霊力を込められた矢が打ち込まれてきた。

 しかし問題はない。


「…は?」


 一瞬で百貴の姿が消えた。


 数重も張った結界をガラスのように突破された

 数十本も用意した矢を雑草のように突破された。

 数十人もいた部下の退魔師の一人がやられた!!


 一瞬。

 瞬きする間の出来事。

 そんな短い間に霊力の矢の攻撃を掻い潜られ、結界による防御を突破され、更に一人目をやられた。


「(な…なんだと!!?)」


 馬鹿な。ありえない。

 相手は様子からして今日初めて妖怪化した小鬼。なのに何故あんな小僧ごときに自分たちの攻撃と防御を同時に突破された!?

 ありえない。ありえていいはずがない!


「この……ガハッ!!」


 札から光の棘を無数に生やすことで百貴を貫こうとする。

 しかし針が百貴に傷を付けることはなかった。

 彼は防ぐ動作すら見せず、真っ向から術を受けながら反撃。

 針の弾幕を無傷で突破し、爪で一閃。

 それだけで敵を無力化した。


 それからも百貴の猛攻は続く。

 速く、鋭く、重い一撃

 子供程の体躯からは想像できない一撃。

 一発一発確実に、スピーディ且つパワフルな一撃を入れる!



 そう、これこそ鬼の……百貴の本当の力。

 彼自身の実力、彼の本気である!


 今まで彼は力を制御出来ず、無造作に力を振るっていた。

 しかし今は違う。

 今の彼は持て余していた力を支配下に置いている。


 未熟な妖怪化状態でも百貴は強かった。

 自身の何倍もの体躯を敵を力のみで潰し、霊力の銃弾の弾幕を無傷で突破し、目視出来ないスピードを発揮した。

 そして、その力を制御下に置いた今、それら全てを難なく十全に発揮することが可能になったのだ!

 少し霊力がある程度の並み対魔師など、敵ではない!


「(よし、パワーもスピードも奴を大きく上回っている! このまま押し切れば……!!?)」


 咄嗟に上へ跳んで緊急回避。

 空に身を置きながら自身の立っていた地点を見つめ状況を確認する。


「……ッチ、気づきやがったか」


 声のした方に目を向けると、一人の男がいた。

 百貴が気絶する前に戦っていた泥使いの異能者だ。

 姿が見えないと思ったら、どうやら隠れていたようだ。


「せこいヤツめ!」

「力を隠していたことはお互い様だろ!」


 言うと同時に泥の散弾を放つ。

 天気は雨。場所は土が豊富な境内。

 地の利は彼にある。


「俺の泥には霊力がたっぷり浸み込んでいる! いくらお前が頑丈でも、液状に浸透する霊力は防げまい!」

「……ッチ!」


 彼の言う通り、百貴は物理攻撃には強くても、属性系や特殊な攻撃への耐性はまだ付いてない。

 多少の量なら耐えられるが、防ぐ手段は存在せず、液状に散布されるので回避も難しい。

 ジリ貧だ。


「(何か…何かないのか!?)」




『闘技・水・三の技―――浪波紋ろうはもん



 百貴の脳裏に浮かぶのは、先日見た夢。

 燃え盛る都で赤い鬼が軍を薙ぎ払った技である。

 あの技を使えたら、あの泥も薙ぎ払えるんじゃ……。


「スゥゥゥゥゥゥ―――」


 呼吸によって妖気の流れを調整する。

 イメージするのは夢に出た最強の鬼。

 敵を羽虫のように蹴散らし、欲望のままに暴れる悪鬼の姿。

 あれと同じ力を行使する。


 熱が集まり、熱を発し、熱を生み出す臨界寸前の右腕。

 百貴はその熱に、熱の「求める何か」に身を委ねた。

 熱に、本能に従って動き出す。


「死ね」


 再び打ち出される泥の散弾。

 逃げ場なし。

 打撃ではどうしようもないこの泥を払うしか生き残る道はない……。




 瞬間、泥が爆せた。



 文字通りの意味だ。

 一瞬で蒸気になったかのように拡散し、辺りに飛び散る。

 その中を百貴が突破して現れる。


「振り払ってやったぜ」


 百貴の右手は変化していた。

 赤銅色の体毛に覆われ、指先は日本刀のように鋭い爪が、手首は炎のように赤い鬣のような毛が靡いている右手へと。

 これもまた酒呑童子がかつて振るっていた腕と酷似していた。

 そして、夢の鬼が使用した技を再現した手でもある。


「な……なんだと……!」


 眼前の出来事を受け入れられず、男は戦慄する。

 おそらく、彼にとって泥を拳で破られたというのは未知の体験であろう。

 当然である。拳で泥は破壊出来ない。こんなことは小学生でも知っている。

 だから、彼はこの先どうすればいいのか理解出来なかった。


「こ…このぉ!!」


 唯一百貴に通じる武器がなくなった今、男にはもう打つ手が無い。

 せいぜい泥を圧縮して壁を作る程度である。


 そして、百貴はそんな敵の懐に飛び込み、一撃を叩きこまんと接近する!


 ボッと、右手に炎が宿る。

 ジジジと、妖気の熱が拳に走る。


 百貴が振るう最後の一撃。

 踏み込み、地面を蹴り、腰を回し、最短距離で殴る。

 単純かつ基本的な、ストレートパンチの動作。

 そこに溜めこみ、圧縮した妖気を一気に放つ!


「闘技・花・一の技―――竹貫たけぬき!」


 拳は泥の壁を破壊し、込められた霊力を貫きながら、敵を殴り飛ばす。

 十数メートルは吹き飛んだ男は、リーダー格の男に衝突することで止まった。

 二人そろって仲良く倒れる。

 ソレを見届けた百貴は力なく笑った。


「お…終わった……ぜ」


 妖怪化を解除しながら、彼は気を失った。


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