第35話 幼い朱天の鬼


 雨が降りしきる黄昏時。

 規則正しいながらも激しい雨。

 俺はぬかるむ地面を踏みしめ、濡れた草木の匂いを感じながら、桔梗の自宅へと駆ける。


 家の側まで付くと同時、違和感を覚える。

 敷地の中から複数人の気配。殺気や怒気まで感じられる。

 どうやら本番のようだ。


「穢れた異形の血を産み落とした一族の恥よ! 今ここで疾く果てよ!!」

「待て」


 リーダー格の男が合図を出す前に、俺は乱入して止める。

 本来なら不意打ちして仕留めたかったが、それでは攻撃を止めることは出来ない。だからこうして堂々と姿を現すことにした。


「なんだお前は? 何故ここに子供がいる? 結界はどうした?」

「お前鈍いな。俺は半分鬼だ。だから人避けの結界は効かないんだよ」


 答えながら周囲の状況を確認する。

 数は5人。結花さんを囲むかのように位置しており、八人程戦闘不能の状態で転がっている。……ん? どうやらあの泥使いはいないようだな。

 てっきり五人だけならなんとかなると思っていたようだが、援軍は他にもいたようだ。

 まあ、問題はないけど。


「百貴くん逃げて! あいつらは君が勝てる相手じゃない!」

「大丈夫だよ結花さん……すぐに俺が解決するから」


 今度はに目を向ける。

 ボロボロの巫女装束。

 目立った外傷はないが疲弊しているようだ。

 どうやらあの八人をやって力尽きたといったところか。

 よかった、大事なる前に間に合って。


「ふん、たかが小鬼風情が偉そうに。我らが異能者だと気づいてないのか?」

「だから何?」

「強がるのはよせ。お前視てえな小鬼が」


 見下した、バカにするような嘲笑を浮かべる。

 ああ、そうだ。確かに俺ではお前たちに勝てないかもしれなかった。

 けど、今は違う。


「タダの小鬼か、試してみろ」


 目を閉じ集中して、妖気を引き出す。

 やり方は既にこの肉体に刻まれている。

 後は俺の意識次第だ。


「……ッグ!」


 俺の目論見通り妖気が全身を駆け抜ける。

 熱い。

 前回前々回同様に、熱く激しい妖気。

 全身と体内を同時に炎で焼かれているかのようだ。


「スゥゥゥゥゥゥ―――」


 妖気の流れを意識し、呼吸で流れを調整。

 しかし全然収まってくれない。

 荒れ狂う妖気は、俺の意識を焼き払おうと激しさを増す。


「ぐ、ううぅ……!」


 歯を食いしばって、妖気を抑え込もうとする。


 頼む、俺に力を貸してくれ。

 この子を守りたい。

 俺を信じてくれたこの子を裏切りたくないんだ。


 オマエ(俺)なら出来るんだろ?

 あれだけ鍛えて、あれだけ才能があるんだ。

 出来る、出来る筈だ! 俺なら出来る!!

 俺はこの子を守りたいんだ!!




「今こそ力を貸せ、酒呑童子!」



 叫ぶと同時、俺の肉体全体を、特に右手に炎が集まる。


 これは合図。

 今なら分かる、この高揚感はただ暴虐に溺れるためのものではない。

 俺が戦いに相応しい肉体と精神に変わるためのスイッチだ。


 暴力に溺れていたのは、俺に覚悟がなかったから。

 恐怖と向き合って戦おうとする責任を取らなかったからだ。

 そんな無責任な奴にこの力が主だと認めてくれるはずがない。


 けど今は違う。

 もう、覚悟は出来ている……。


 俺は今から、自分の意志で戦う!












「な…なんだこの妖気は!? コイツ、ただの小鬼じゃなかったのか!?」


 百貴が炎に包まれた途端、退魔師は大いに焦った。

 上級妖怪に匹敵するほどの妖気。

 不味い、小鬼だと思って油断した。

 この鬼は強い。妖怪化される前に早く始末しなければ!


「させるか!」


 退魔師の一人が妖怪化させまいと、刀を掲げて突っ込む。

 人間どころか、獣ですら不可能な急加速。

 それもそのはず、彼の異能は速度の向上なのだから。

 ありふれてはいるもの、それなりに強力な手札である。


 だが、もう遅い。

 妖気の炎の中、百貴は既に迫る敵に対してカウンターをぶち込む姿勢に入っている。


 構える際は人間状態、拳を振りかぶったと同時に小鬼(ゴブリン)の姿、そして……


 拳に込めるは、炎のような妖気。

 腹の底から沸いた熱が血の巡りに乗って全身に流れ込み、醜い姿を本来の姿へと変えていく。


 熱い。

 炎の勢いは加速度的に増していく。

 燃え盛る烈火が、頭部の角を、全身の筋肉や骨格を戦うための姿へと変えていく。


 炎の繭を破り、拳を放つ。

 その時には、百貴の姿は人間でも醜いゴブリンのような姿でもなかった……。


 陶磁器のような白い肌、炎のように靡く赤い髪、そして炎を宿したかのように光る緋色の眼(まなこ)。

 頭部からは天を突き刺すかの如く生える牡鹿の角。

 十三程に成長した精鍛な少年の姿。


「ゲガッ!?」


 顔面に予想外の拳を叩きつけられ、後方数メートへと吹っ飛ばされた。


 今ここに、再び朱天の鬼が還ってきた。

 赤い髪と緋色の目。

 それは、かつで都を荒らした酒呑童子と同じ色である。


「俺は戦う。暴走や恐怖に任せるんじゃなく、俺自身の意思で! 結花さんも桔梗も守ってみせる!」


 まだ幼い朱天の鬼は、己の闘志を示した。

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