第33話安易な力のツケ


「……」


 その場に落ちていた銃を拾い、気絶している退魔師に付きつける。


 今はただ気絶させただけ。

 いつかは回復して再び敵になるのは目に見えている。だからここは始末した方が正解の筈だ。

 そのはずなんだが……。


「……なんで震えるんだよ」


 引き金に掛けている指が、銃を持つ腕が震えて仕方がない。

 相手は動いてない。この距離なら射撃が初体験の俺でも外すことはない。後は撃つだけ。

 そのはずなのに、なぜかその一歩が踏み出せない。


「……やっぱ、あの状態にならねえと無理か」


 予想通りの結果だった。

 血を求めているのは俺に流れいる朱天の血であって、俺本人ではない。つまり妖怪化した状態でないとあの興奮は味わえないということだ。


「……」


 雨が降る。

 突然の土砂りの雨。

 土と草の濡れる心地よい香りと、服や髪が濡れる不快な感触。



 俺は妖気を解放する。

 無意識とはいえ、もう何人も人殺したんだ。今更それが増えたところで問題はない。

 それに相手は敵、しかも俺や大事なものを殺そうとしている悪人共だ。殺して何故心を痛める?

 けど、それでも……。


 文字通りの『鬼』になってしまえば……!




「!!?」


 突如、飛んできた何かを跳んで避ける。

 バシャンとバケツ数個分の水を一気に叩きつけたような衝突音と、飛び散る大量の水滴。


「(いや、これは……泥?)」


 ソレは水ではなく泥だった。

 ただの泥ではなく、霊力の籠もった泥。

 これを喰らったら物理的にも霊力的にもダメージを受けていた。


 後ろを振り返って水をぶつけた敵を見据える。

 そこには一人の男がいた。


「ほう…あの汚れた子供に小鬼の友がいたとはな。穢れた者同士お似合いよ」

「……なんだお前」


 正面を向いて構える。

 わざわざ質問するまでもない、この状況で退魔師がいる答えなど一つしかないのだかた。

 この質問は時間稼ぎ。敵を観察してどう戦うか考えるためのものだ。


 二十代後半程の、他の退魔師と比べて若干上質そうな恰好をした男。

 角から感じ取れる相手の霊力は、先ほどの敵とは桁が違う。

 そこから導き出される答えは一つ。


「どうやらお前はただの退魔師じゃないようだな」

「ええ、なにせ私はそこに転がっているクズとは違ってちゃんと『異能』を引き継いだ正真正銘の霊力者ですからね」

「……異能持ちかよ」


 異能。

 霊力を使って発動させる能力の総称。

 使い方次第で格上の呪霊に勝つことも可能であり、俺たち妖怪が恐れる人間の武器でもある。

 もちろん、異能による攻撃は霊力によるものなので、霊力のダメージも追加で喰らう。

 幸い、異能は生得的なもので、限られた人物で一人一つしか使えないという制限があるが。


「では我が玄武家の異能を喰らうがいい!」


 同時、男は泥の塊を俺目掛けて放つ

 速い、まるで砲弾だ。

 けど、俺のスピードならいける!





「!!?」


 走り出した途端、俺の足を何かが掴んだ。


 正体はすぐにわかった。

 雨によって泥濘(ぬかるんだ泥をあの男が操作して俺の足を取ったのだ。

 しかしそれにしても、こんな器用な真似まで出来るんだな、異能者って。


「……グッ!」


 ぶつけられる泥の塊。

 コンクリートの塊をぶつけられたかのような衝撃。

 肉体的なダメージこそ鬼の肉体で何とかなるものの、泥を操るために込められた霊力が俺の肉体を蝕む。

 けど今は耐えるとき。それより早くこの泥から抜け出さなくては。


「ぬ……抜けねえ!」


 力ずくで泥の拘束から抜けようとするも破れない。

 どういうことだ? 俺の力なら、鬼の力なら抜け出せるはずなのに!


「ふむ、流石は鬼。この程度では倒れないのでしたら……本気を出しますか」


 同時、男の霊力がけた違いに上がった。


 角で相手の力がなまじ理解出来るせいで、すぐに気づいてしまう。この男は俺よりも強いと。

 さっきまでのやり取りはタダの遊び。俺を倒した後を考えて力を残していた。

 けど、それはもう終わり。

 次、本気の攻撃が来る!


「(……もう、使うしかねえ!)」


 俺は迷わず妖怪化を使った、

 というか、迷っている余裕なんて欠片もない!


「……変身!」


 力を解放したと同時、俺の意識は炎のような熱に飲まれた。














「グルゥゥゥア!!」


 叫び出すと同時、百貴に変化が生じた。

 身体を包むかのように一瞬だけ発生した炎のような妖力場と、醜く歪む肉体。

 朱天の血が百貴に呼応し、彼の肉体を妖怪のソレへと変貌を遂げる。

 妖力の炎を振り払い、醜い小鬼はその姿を顕した。



 しかしこれは、本来の妖怪化ではない。


 爆発した感情に妖力が呼応し、鬼の血に飲まれた暴走状態。

 肉体は変わっていても、中身は何一つして変わっていない。

 そんな無様で中途半端な妖怪化。


 その行動は勇気に程遠い。

 恐怖に駆られて暴走した愚者の行為。

 それは、二度の実戦から百貴が全く変わってないことを意味していた。


「アァァァァァァ!!」


 力ずくで泥の拘束から抜け出す。

 更に爪を立てて敵に飛び掛かるが……。


「こんなのはどうだ!?」

「グゥ!?」


 眼前に現れた泥の壁によって阻まれた。

 それもまた腕力で突破するも、今度は放たれた泥の塊によって吹っ飛ばされた。


「グギャァァァァァ!!」


 泥に込められた霊力が小鬼を蝕み、激痛を与える。

 その痛みに耐えきれず、小鬼は身悶えた。


 実を言えば、今まで百貴は霊力によるダメージを大して受けてなかった。

 半妖であるためそのダメージも半減。

 いや、百貴は人間としての側面が強い分、より妖怪の面の影響を今まで受けなかった。



 半妖が妖怪より劣っているとは限らない。


 確かに血が薄まっている以上、妖力が弱まったり、妖力を使うのに時間制限があったりと、何かしらの制約を受けることがある。

 しかしその分メリットも享受されることが多々あるのだ。

 例えば、妖怪の中には家主に招かれない場合は家に入れないという縛りを受けている妖怪がいるとする。

 その妖怪の血が流れていても、半妖ならば『僕チン半妖なのでそのルール受け付けましぇ~ん』なんてことが出来るのだ。

 このように、妖怪としての能力の制限を受ける代わりに、妖怪だから受ける制約から解放されることがある。


 強さに妖怪も半妖も関係ない。

 大事なのは己の特性を理解し、どう活かすかだ。

 そして、百貴は妖怪化することで半妖の特性を放棄してしまった。


 安易な選択は己の首を絞めることになる。

 たとえそれが一見魅力的なものでも、長期的に見ればそうでもないことがあるから。

 それを百貴は理解していなかった。


「グルゥゥ……ウガァァァァ!」


 痛みを無視して再び襲い掛かる。

 無論、これも勇気なんて崇高なものではない。

 やられたからやり返している。ただそれだけ。

 単なる防衛反応。攻撃されたから反射的に反撃しているだけだ。


「……鬱陶しい」

「ぐぎゃあああああああああ!!?」


 だが、理性を放棄して暴れるような雑魚妖怪に勝利など有り得ない。

 泥によって手足を縛られ、更に泥の砲弾をぶつけられた。



 暴走して勝てるなんて、フィクションの中だけである。


 そもそも暴走とは制御出来ない状態を意味する。

 そんな力を滅茶苦茶に振るうような間抜けが本当に強いと言えるだろうか。

 応えは否。ちゃんとコントロール出来ている者の方が立派である。


 百貴が暴走しても勝てたのは、身体が戦い方を覚えていたから。

 吸血鬼は竹雄との格闘訓練、退魔師の銃撃は岩避けの訓練を思い出すことで勝てた。

 例え暴走していても、百貴の身体がちゃんと覚えている。故に理性も知能もない状態でも戦えたのだ。

 だが、百貴は異能を使う敵を想定しての訓練を受けてない。

 彼は今までの勝利が自身の訓練によるものだと自覚していなかった。

 そうとは知らず、暴走のおかげだと勘違いしていたのだ。

 故に、こうして今回も暴走なんてものに頼った。


 今ここで、安易な力を求めたツケを支払う時が来た。


「ふん、所詮は小鬼か」

「ぐがああああああああああ!!!?」


 手足を押さえられた状態で弾丸を喰らわせれる。

 今度は銃による射撃。

 拘束されて抵抗出来ない状態の百貴に、容赦なく銃撃を行う。


「ぐ、うう……」

「これでトドメだ」


 懐から取り出した筒を一振りして刀身を出す。

 そのまま動けなくなった百貴目掛け刃を振り下ろそうとした途端……。




「危ない百貴くん!」

「ぎゃあああああああああああああ!!?」


 突如飛んできた火の弾丸が男を焼いた。


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