第32話桔梗を守れ

「やっぱりダメか」


 妖気の制御トレーニングを始めてから三時間、あれからちっともうまくいってない。


 その場でゴロンと横になる。

 一体何がダメだなんだ。これだけ練習しているんい、なんで成功しないんだ?

 妖力は十分あるし、コントロールもある程度出来ている、なのに何故?


「(もしかして―――)」




 ビリリリリリリリリリリッ!


 何かが思いつこうとした瞬間、パリンと懐のガラス玉―――桔梗のお守りと繋がっているガラス玉が割れた。


 同時にけたたましく鳴る。

 これはサイレン。

 桔梗に危険が訪れたという警告だ。


「(……よりによって今かよ!?)」


 あまりに急なことに一瞬頭がフリーズするも、なんとかすぐに再起動する。

 ボーとしている暇はない。早く助けにいかないと!


「クソ…予想はしていたが最悪の展開だ!!」


 正確な時期は分からない。桔梗が十歳になる前という情報しかなかったことから、今日の可能性も十分にあった。

 けど、まさか当たるなんて思ってもなかった。……いや思いたくなかった。

 それで目を背けた結果がコレだ! 自分で情けなくなる!!


「(いや、今はそんなことを考えてる余裕なんてない!)」


 その場を走って結界の脆い場所に向かう。

 結界の脆い点は粗方修復されているが、中にはまだ手付かずのもある。

 そこから抜け出す!


「坊ちゃま!」

「るせぇ!」


 邪魔な見張りを飛び越えて結界の脆い点に向かう。


 妖気を解放する。

 小鹿のような角が生えると同時、俺の右人差し指の爪もまた変化した。

 鋭く長い獣の爪。

 俺が妖怪化したものと同じものだ。

 指先程度なら意識を保ったまま変化出来る。

 そして、こいつで結界を切る!


「はぁ!」


 一閃。

 結界の脆い部分を引っ掻いて切れ目を付け、無理やり広げる。

 子供一人分通れる程度の穴。

 七歳児の俺には十分すぎる。


「お待ちください坊ちゃま!」

「そうです、外は危険だとアレほど申したはずです!」


 うるさい、黙ってろ。

 心配してくれるのはうれしいけど、今はそれどころじゃないんだ!


「少し行ってくる」


 俺は結界から抜け出した。












 抜けた先は、いつもの光景だった。


 俺と桔梗の遊び場の神社。

 特に変わったところのない境内。

 気味が悪い程に日常的なものであった。


 ただ一つ、神社が結界に覆われているという点を除いて。


 この結界はおそらく人払いだろう。

 神社内に無関係な人間が入らないように、神社の外へターゲット―――桔梗と結花さんを逃がさないようにするため。

 そしてちらほらと感じる霊力と人間の気配。

 間違いない、退魔師共がここにいる。


 今日が襲撃の日だったのか。


 数は15人。隊を二つに分け、第一部隊目が5人、第二部隊が10人だ。

 第一部隊は既に戦闘を開始している様子。おそらく相手は結花さんだろう。

 あの人は引退しているが、霊力自体は衰えてない。真正面からやり合って負けることはないはずだ。

 というか、あの人が負けるなら俺では到底勝てない。

 問題は第二部隊だ。


 状況から見るに、おそらく第一部隊は囮。第二部隊が後ろから襲撃するといった流れだろう。

 ここから十分第二部隊の様子が見える。何やら大掛かりな装備を持っている点から見て何か特殊な手段を講じているのは確かだ。

 なら、まず最初に狙うべきは厄介そうな第二部隊。

 数は多いが外見も霊力も前回戦った退魔師とほぼ同じ。ならいけるはずだ、


「……」


 気配を消して茂みに身を隠し、ゆっくりと接近。

 敵に気づかれないよう、息を殺して近づいた。


 前回、俺は数で圧倒的に劣っているにも関わず、真正面から向かった。

 結果、最初は身体能力で上回る俺が優位だったものの、背後から撃たれてアドバンテージを失い、暴走する羽目になった。

 もうあんな失敗を繰り返すつもりはない。

 今回は俺自身の優位性を覆されることなく、完全に利用してみせる!


 最初に狙うべきは最後列の敵。

 背後から強襲して、気づかれずに仕留める!


「ふあ~……」


 目標(ターゲット)は呑気にあくびしている。

 隙だらけの今がチャンスだ!


「―――ッ!?」


 茂みから飛び出し、頸椎目掛けて蹴りを食らわせる。

 スコンといい感じに入った蹴りは、標的の意識を一瞬で刈り取る。

 足の感じからして折ったつもりはない。折ってしまった時は……まあ、その時はその時だ。


「ん?なんだ? ……なんだこのガキ!?」

「なんだお前!? ガキなんでこんなとこにいやがる!?」

「(やべッ!)」


 茂みに潜って隠れようとする前に、他の退魔師達に気づかれてしまった。

 やはりプロみたいにうまくいかないか。

 けど問題はない。敵が混乱から立ち直ってない今なら!


 俺はその場を跳んで次の標的に蹴りを入れた。

 標的は一番近く、尚且つ隙だらけの退魔師。

 殺気同様に飛び交い、顎に蹴りを入れた。

 しかし一撃で気絶させるには至らない。


「寝てろ!」

「へぶっ!」


 追撃の空中後ろ回し蹴り。

 腹筋を無理やり使って突き出された蹴りは標的を木に叩きつけ、やっと気絶させられた。

 蹴りの反動を使って後ろに跳び、着地と同時に茂みへと逃げる。

 これで二人目。あと八人。


「ま、待てガキ! ここまでしてタダで…へぶし!」


 逃げたと見せかけて飛び出し、鳩尾に拳を入れる。

 腹を押さえて蹲り、晒された頸椎に踵落としを繰り出して気絶させた。

 これで三人目。あと七人。


「(……そろそろ力を使うか)」


 鬼の力を解放する。

 頭から小鹿のような角が生え、妖力が肉体に流れて格段に強化する。

 よし、これでやれる!


「よ…妖気!? このガキ鬼だったのか!?」

「な、なんで妖気を感じなかったんだ!?」

「どうでもいい!鬼なら遠慮なくぶっ殺す!」


 敵がごちゃごちゃ言ってる間に俺は動き出す。

 一番近い相手の腹目掛けて飛び交い、拳を突き出した。

 ロケットのように飛び出し、ミサイルのようにぶち当たる俺の拳。

 子供特有の小さな手にも関わらず、俺の拳は敵をぶっ飛ばし、近くの木に叩きつけた。

 派手な音を立ててると同時に気絶する退魔師D。これであと6人目だ。


「こ…このガキじっとしてろ!」

「クソ! ちょこまた動くんじゃねえ!」


 敵がブチ気を取りだと同時、俺はその場を無茶苦茶に走り回って場を攪乱させる。

 ただでさえ遮蔽物の多い場の上に、的は小さい子供の体。

 当てるのはすごく難しいだろ?


「はあっ!」

「ぐわ……べッ!?」


 退魔師Eの背後に回り込み、足を引っ掻けて転ばす。

 地面に体が付く前に飛んで頭に踵を落とし、地面に叩きつけた。

 バキンと顎の骨を折る音と同時に気絶する退魔師E。これで後五人。


「しね…ぐぺッ!」


 斬りかかろうと背後から刀を振りかざす退魔師F。

 俺はソレが振り下ろされる前に翻ってがら空きの腹部を殴り、近くの木まで吹っ飛ばした。

 退魔師Dと同じ末路を辿るF。これであと4人。


「こ…コイツガキの癖に強いぞ!」

「仕方ねえ、ここは応援を呼ぶしかねえ!」

「け、けどもう四人だぜ? 応援なんて間に合う……ぐぺッ!」


 俺の事なんて忘れてるかのように、呑気に話し合ってる退魔師共。

 その間に俺は相手の死角に移動し、そこからロケットダッシュならぬロケットジャンプで退魔師共Gを殴り飛ばして気絶させた。

 せめて敵を見ながらしろよ。だからこうやってぶっ飛ばされるんだ。


「こ…このガキ!」

「コッチ来んじゃねえ!」


 俺目掛けて発砲する退魔師共。

 俺は近くに転がっている退魔師Hを楯にして銃撃を防ぎ、懐から銃を拝借。

 楯を力で無理矢理持ちながら接近しつつ、俺も拳銃で応戦した。

 もちろん当たるはずがない。だって視界も楯で覆っているんだから。

 けど問題はない。


 ある程度接近すると同時、俺は楯を退魔師共目掛けて投げる。

 射線を防がれ、仲間を投げられて動揺する退魔師共。

 その隙に俺は退魔師共に回りこむ。


「な…テメエいつの間に!?」

「この……!」

「遅い!」


 敵が動き出す前に俺は行動に移す。

 鬼の力で一気に加速して敵の懐へ飛び込む。

 小回りの利く子供の小さな体と、成人男性の大きな体。

 この状況でどちらが有利なのかは一目瞭然だ。

 俺は三人まとめてぶっ飛ばした。

 よし、これで全部だ。


「……片付いたな」


 俺はため息を付いて妖力を押さえる。

 角がなくなり人間状態に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る