第31話勇気のペンダント


 朱天家の屋敷の庭。

 暖かい日差しが指す中、俺は妖気のコントロールの練習をしていた。


「(……熱い)」


 段々と体が、もっと言えば血が熱くなってきた。

 全身を流れる血が熱を帯びているかのような熱さ。

 ちゃんと分かっている、これは俺の妖気が流れている感覚だ。


 妖気は常に垂れ流しというわけではない。

 使ってないスマホは画面を消すように、妖気も無駄な消耗を避けるため使ってない時は待機状態になる。

 まあ、スマホ同様に待機状態にしても多少妖気は漏れるが。


「ハァァァァァァァ…」


 体に流れる妖気を血に例え、呼吸に集中することで制御する。

 コレが案外難しい。妖気を起動させて放出するだけならテキトーにやっても出来るが、ちゃんと制御するとなると、感覚と頭を使う必要がある。もちろん集中力も大事だ。

 大事なのは積み重ねと反省。何故失敗しなのか、どう流せばうまくいくか、今後どうやればいいのかを考えてやる必要がある。

 いや、そんなのはどの分野でも一緒か。


「闘技・水・三の技―――浪波紋!」


 手に集中するが臨界点に達したと同時、俺は足元に浸かっている池目掛けて掌底を打ちこんだ。

 バシャァンと、重く鋭い物が水面を貫く音が響く。

 しかしそれだけ。すぐに水面は元に戻った。

 失敗だ、これは単なる妖気の身体強化だ。


「……うまくいかねえな」


 闘技・水・三の技―――浪波紋。

 攻撃対象を水にたとえ、妖気を打撃の衝撃に乗せて放つ掌底。

 打つと当時、衝撃が水紋のように拡がり、全体的にダメージを与える。

 また、この技は液体にも有効であり、水面に打ち出すと水全体が打ちあがる。

 竹雄さんが風呂場で桶の湯をほぼ半分くらい水蒸気に変えた技であり、夢の中のアイツが軍隊を吹っ飛ばした技だ。


 妖力による肉体強化は出来ている。

 コンクリの壁を破壊し、獣並みの速度で走り、鷹並みの視力を発揮する。

 もう身体能力に関して言えば十分だ。俺が欲しいのは妖術、もっといえば我が家に代々伝わる妖術、闘技だ。


 闘技。

 今から千年前、今のように妖術が多彩でなかった鬼たちが自分たちの妖気を武器にするために創った妖術。

 妖気或いはソレに類する力さえあれば程度の差はあれど誰でも使える妖術であり、妖気のコントロール制御法としてもすぐれている。

 技の種類はかなり多いらしいが、あまりにも古いためその大半は失伝されたらしい。

 今あるのは衝撃に妖気を乗せる事に重点を置いた『水』と打撃そのものに妖気を乗せる事に重点を置いた『花』らしい。

 一応本家には闘技が記された書があると聞くが、俺にソレを読む権利はない。

 まあ、ソレを読んだからといって出来る可能性は低いが。


「なんで失敗するんだ?」


 何故か上手くいかない。

 妖気の量は十分あるし制御も出来る。しかしその先は何度やっても上手くできないのだ。

 これじゃあ、いざという時に戦えない。タイムリミットは少しずつ近づいてきているのに……。


 この訓練には妖力の操作の為でもあるが、それ以上に俺自身の戦闘能力向上のためでもある。

 二度の実戦で俺は嫌という程知らされた。鬼の身体能力だけでは限界があると。

 この頑丈で強靭な肉体なら、退魔師共にも勝てると思っていた。桔梗を狙う敵を倒せると思っていた。けど、ソレは間違いだった。

 いくらこの肉体が優れていても、所詮この身は未だ子供。大人と戦うにはどうしてもリーチが足りない上に、何より経験があまりにも乏しい。

 これでは実戦で十全に機能しない。現に、俺は二度の実戦で両方とも予想外のアクシデントで負けた。


「……また、アレに頼るしかないか?」


 震える俺自身の手を眺める。

 妖術が使えない以上、頼れるのは妖怪化だ。

 妖力が格段に上がる代償に見境なく暴れる諸刃の剣。

 そんな危険なもので、本当にあの子を―――桔梗とその家族を守れるのか?


 原作では、彼女の家族が襲撃される時期は明記されてない。話の流れからして小学低学年頃といったところ。というか、原作自体かなりガバガバだ。

 そして、その曖昧さが余計に焦らせる。


「(……いつ、俺は桔梗を守らなければいけないんだ?)」


 ガラス玉はまだ割れてない。まだ桔梗は無事だ。

 けどソレも時間の問題。近いうちに彼女に悲劇が襲い掛かる。

 その時、俺はあいつをちゃんと守れるのか?


「……震えるなよ、俺」


 小さな体を抱えて、無理やり震えを止める。

 そうだ、こんなところでブルっている暇はない。

 早く何とか解決策見つけないとアイツが……桔梗が……。


「あ、あれ……?」


 震えが止まらない。

 こうしていればいつも止まるはずなのに、何で今回は止まらないんだ。


 転生してから不安だからけだった。

 鬼になったこと、ラノベの悪役に転生したこと、不安だらけだった。

 けど、ソレは時間が解決してくれた。

 鬼になっても人食いになることはなかったし、悪役に生まれたとしても普通にしていれば問題はなかった。

 今回も同じように何もしなければ……。


「ダメだ!」


 自分に言い聞かせるかのように叫ぶ。

 その選択肢だけは選ぶわけにはいかない。数ある中でも、ソレだけは許されない。

 けど、俺に……僕に出来るのか?


 手を眺める。

 小さくて頼りない手。

 誰かを助けられるような崇高で強い手には到底見えない。

 こんな俺が、本当に桔梗を助けられるのか?


「……ん?」


 そんなことを考えていると、いきなり首に何かを掛けられた。

 誰だこんなことをするのは? というか何を掛けたんだ?


「こんな時間から特訓とは精が出るね坊ちゃん」


 後ろを振り返ると、そこには竹雄さんがいた。

 

「……竹雄さん、何ですこれ?」

「見ての通りネックレスだよ」

「いや、そうじゃなくて……」


 掛けられたネックレスを触る。

 刀をモチーフにした装飾。

 一体、なんっでコレを俺にくれたんだ?


「これは勇気の剣をモチーフにしたモンだ。坊ちゃんにピッタリだろ?」

「……勇気?」


 怪訝な表情でペンダントを眺める。

 何言ってるんだこの人は。勇気なんて言葉、俺から最も遠い言葉じゃないか。なのになんでこんなものを……。


「坊ちゃん、あんたは二度も命張って女の子を助けんだんだ。誰かの戦うなんて普通は出来ない。俺はそんな坊ちゃんを尊敬する。……きっと助けられた子も感謝してると思うぜ」

「……」


 俯きながらペンダントを眺める。


 勇気? 尊敬? 感謝?……バカ言うな。

 どれもこれも俺に相応しくない。


 俺は決して誰かを助けるために向かったわけじゃない。

 一度目は自分の力を慢心して、二度目は勢いで暴走した。

 過信していた力が通じなければ不完全な妖怪化して暴れて、自分も力も制御出来ず、殺戮と力に酔った卑しい小鬼。

 ソレが俺だ。


 情けない。

 自分でも嫌になるほどに、自己嫌悪に陥る。

 少し生まれが特殊なだけで、少し力が強いだけで調子に乗ってこのザマ。



 そして今、俺は殺しの味を知って、ソレを求めている。




「坊ちゃんは強くなる。これから大きくなって、妖力も高くなって、そのうち頭領になると俺は予想している」

「……滅多なことを言うもんじゃありませんよ? 後継ぎは半妖の俺じゃなくまだ見ない姉さんだと決まってるはずです」

「い~や! そんなことはない。これはもう予言だ。坊ちゃんは大物になる! 賭けてもいい!」

「……」


 まったく、この人はそうやって俺をやる気にさせる。

 けど、今はそれが心強い。


「じゃあ、俺は少しでも期待にこたえられるように頑張るよ」


 おかげで少し、自信を取り戻せた気がする……。

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