第29話 寧々との約束
「痛ぇ……」
俺は撃たれた箇所を押さえながら立ち上がった。
他の傷は大体治っている。
元から治りが早い体だなと思っていたが、あれほど痛めつけられたというのに、まさか一晩寝た程度でほぼ完治する程とは思わなかった。この弾痕以外は。
「(やっぱり妖怪化すれば、霊力が効いてしまうのか)」
この傷だけ治らない理由は分かっている。
妖怪にとって猛毒である霊力の残留が俺の再生を妨げているのだ。
けど、動く分には支障はない。少し痛むが十分我慢できる程度だ。
「うおッ」
戸を開けて廊下に出ると、俯いた様子の利根川がいた。
何やら暗い様子。どう声を掛けたらいいか……。
「……ごめん、百貴」
「ん?」
悩んでいるといきなり謝られた。
何でだ?
「あの時……アタシがいなかったら、百貴が勝ってた。なのに……なのにアタシ!」
「いや気にすることないって。第一、一番悪いのはお前たちを傷付けたあの退魔師共だろ? お前たちは悪くない」
「違う! だって……だって百貴!アタシを助けるため妖怪になってまで戦った!半妖なのに! アタシの為に! その傷だって、アタシのせいで……!」
手で顔を覆う利根川。
涙が指の間から溢れ、言っちゃ悪いが汚い泣き声を出す。
「(……ど、どういえばいいんだ!?)」
正直、俺としては今の方が困る。
俺はお前に傷ついてほしくないから妖怪化したのに、何で泣かれるんだよ!? どうすれば正解だったんだよ!?
何て言って泣き止んでもらおう?
前世では彼女どころか女友達すらいなかったせいで、どうすればいいか分からない。
あ~もう! 何で前世の僕はこういう勉強しなかったのかな!? 今世も友達すらいないけど!
俺がそんな風にアタフタと慌てていると、利根川が俯いていた顔を上げる。
「百貴……アタシ、強くなる!」
彼女は、涙で潤んでいる目をまっすぐ俺に向ける。
ひどい顔だ、幼いながらも整った顔が泣き疲れのせいがクシャクシャにされた折り紙みたいになっている。
けど、何故か俺はソレが汚いとは思えなかった。
「百貴みたいに強くなりたい! 誰かを守って、誰か助けられるような妖怪になりたい! もしそうなったら……アタシを百貴の家来にして」
「……?」
一瞬、俺は彼女が何を言ったのか分からなくなった。
家来になる? ……誰の?
大体十秒程だろうか。
やっと脳がフリーズから解放され、ようやくその意味を理解する。
「俺の……家来?」
「うん! だって朱天の鬼っていっぱい家来いるんでしょ? その中にアタシを入れてほしいの!」
「……」
家来……ね。
あいにく俺はそんなものを持つ気にはならないんだけどな。
「バカ、そういうのは俺が頭領候補になってから言うもんだぞ」
「大丈夫よ、だって百貴強いもん。鬼って強い妖怪が一番偉いんでしょ?」
「(……簡単に言ってくれるな)」
確かに鬼は実力社会だ。
一家の中で一番強い鬼が朱天家の当主となり習わし。
しかし朱天家も多くの妖怪が集まる組織である以上、派閥やしがらみ等に縛られる。
実力主義とはいっても、力のみで決まることはない。それは人間社会も同じだ。
まあ、俺自身は家を継ぐ気ないけど。
「じゃあコレ、その証」
「……なんだコレ?」
「見ての通り河童の皿よ。河童は大きくなると皿が歯みたいに抜け替わるの」
「いや、ソレは分かるんだけど……なんでそれ渡すの?」
それぐらいは分かる。俺が聞いているのは、何故俺にソレを渡すかだ。
命皿の誓い。
重大な約束を遂行する証として自身の生え変わった皿を相手に渡し、約束を果たすことで皿を返してもらう。
全ての河童がそうではないが、朱天家の傘下の河童にはこの変わった風習があることは前から知っていた。
何故そんな風習があるのか。ソレは、河童にとって皿がとても重要なものだからだ。
皿は河童にとって命のようなものであり、ソレは生え変わったものでも変わりない。
そんな皿を渡すということは、その者を信頼しているという証であり、命を賭けてでもやり遂げるという意思の明示なのだ。
つまり、彼女はそこまでして俺の家来になりという意思を示していることになるのだが……。
「(……いや、所詮は子供のお約束だ)」
俺は冷めた目で皿を眺め、ポケットの中に入れる。
利根川はまだ子供だ。だからこの儀式の重大さに気づいてないんだ。
どうせ後から親に言われて、返してもらうように言われる。
本気でそこまで俺を信じているわけじゃない……。
「じゃあ、お前が十年後も気が変わってなかったら考えてやる」
俺はテキトーに返し、踵を返してその場を去る。
約束よ~と、大声で叫ぶ利根川を背にして。
「(約束……ね)」
まだ分別の付かないと仕事の子供にとって、約束なんてものは軽い。
親や友達ととした約束なんて簡単に破る。
事実、前世の俺や周囲の子だってそうだったし、専門家もよく言っていた。
けど何故だろうか……。
ポケットの中に手を突っ込み、皿を取り出す。
不思議なものだ。これが河童の皿なのか。
陶器と生物の甲羅を足して割ったかのような、妙でありながら触り心地は良い。
色は陶磁器のような白で、重量は見た見た目通り。
「……重いな」
けど、俺には軽いはずの皿に、見えない重い何かが乗っているように感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます