第27話 再びの妖怪化
「がるるるぅ!!」
百貴―――百貴だった小鬼は敵に向かって威嚇する。
前回同様の、異形の姿。
絵物語で出てくる雑魚キャラの典型、ゴブリンによく似ていながら、妖力は決して雑魚の範疇に収まらない。
強いて変わったところといえば、若干妖力が上がったことと、一瞬で変化出来たといったところか。
「は、ハハハ…! ついに本性を顕したか鬼め!」
小型化したマスケット銃―――退魔用小銃を羽織から取り出し発砲する。
照準など合わせない銃撃。
適当に放たれた弾丸は、無意識に命中しやすい的に、胴体部分に向けて放たれる。
この弾丸は妖怪にとって脅威的なものであり、急所を狙う必要すら無く、身体の何処かに当てさえすれば殺せる。
なにせこの銃には、妖怪にとって命の源である妖力を削る退魔の力が込められているのだから。
一発でも掠れば、どんなに屈強な妖怪でも耐えられない激痛が襲う。
痛みに悶えている間にもう二三発当てれば十分殺せる。
こんな小さな鬼なら猶更だ。
現に、この銃は鬼を討伐した実績がある。
見たところ、この鬼の妖怪化は不完全。
未熟な妖怪化は知能を極端に下げ、マトモな思考力を奪う。
今なら当てられるはずだ。そう彼は考えた。
「グルル…」
弾丸が命中するも、鬼は止まることなかった。
かすり傷一つら付いてない鬼の肌。
鬼は鬱陶しそうに当たった箇所を払いながら歩を進めた。
「こ…この鬼が!」
二発三発四発と、銃弾を放つ。
彼だけではない。生き残った退魔師たちも小鬼に銃弾を放つ。
しかし鬼は歩を止めない。
ゆっくりと退魔師へ近づいてきた。
「この…ふざけやがって!」
今度はさっきの銃に比べて銃口が大きめの銃を出す。
この銃こそ百貴を後ろから撃った銃である。
先程使っていた銃よりも、威力も速度も高い。
これならコイツを……!
「……は?」
次の瞬間、退魔師の片腕はなくなった。
何処だ?
此処にあった筈の、俺の腕は何処に?
何で、いきなり、なくなってるんだ?
「う、うわあああああああああああああああああああああああ!!!」
「きゃあッ!?」
現実を理解した瞬間、やっと彼は痛みに気づいた。
噴水のように噴き出す血飛沫。
人質の存在など忘れ、彼は溢れる血をせき止めようと腕を反対の腕で押さえつける。、
「ギャヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
ソレを満足そうに眺める一匹の鬼。
百貴だった小鬼は楽しそうに手を叩きながら、痛みに悶える退魔師を眺めていた。
「この鬼、調子に…へぶっ!?」
撃とうと構える間に退魔師Aはぶん殴られた。
Aには一切見えなかった。
気が付けば眼前に接近。
助走をつけたジャブ気味のストレートを顔面目掛けて叩きこんだ。
二発目は爪を立てた貫き手。
鬼の爪による刺突はAの眉間を貫き、『中身』を確かに潰した。
「この…調子に、乗るな!!」
退魔師Bが刀を小鬼目掛けて振り下ろす。
銃では同士討ちになるとやっと気づいたからだ。
他の退魔師達も刀を振り回して小鬼を捕まえようとする。
しかし小鬼は猿のように跳ぶことで回避、それどころか振り下ろされた刀を足場にして跳び、Bの顔面に蹴りを入れた。
打ち出されたかのように加速の乗った蹴りは、Bの首をサッカーボールのように蹴飛ばした。
ブチャッと、何かが引き千切れた音が響く。
避けるだけでなく、跳ね回りながら爪と拳を入れていった。
爪を振るう度に柔らかいものを切る音が、拳と蹴りを振るう度に硬いものを砕く音が漏れ、赤い血が噴き出る。
速い。
鼠のようにすばしっこく、猫のように柔軟。
図体のデカい癖に鈍い人間の大人では到底捕まえられない。
もうここまでくれば戦闘とは呼べない。ただの作業である。
「このガキ、俺の腕―――ッ!!」
やっと腕を引き千切られた退魔師が立ち上がった。
腕のあった箇所には札のような布が巻かれて止血されている。
通常ならまだ立つことすら出来ないのだが、何か特殊な術か道具があるのだろう。
少なくとも、これで戦える状態になった。
ただ、少し遅かった。
「―――カハッ!」
ゴブリンの爪が、退魔師の腹部を容赦なくぶち抜いた。
文字通りの意味である。
貫通した手から、ボトリと『柔らかい何か』が落ちる。
プシャーと、腕と胴体の『隙間』から血が噴き出す。
「か―――は―――!?」
突っ込まれた腕が『内部』をグチャグチャにかき混ぜる。
少し腕を動かしただけ。
たったそれだけで激痛が退魔師を蝕んだ。
「グルゥゥア!」
胴体を貫いた右腕を横に振る。
ブチブチブチィ。
退魔師の腹の右半分が取れた。
胴体の『中身』が限界まで空気を入れて破裂した袋のように飛び散る。
「ガアアッ!」
飛び散った中から『長細いもの』を掴み、ロープのように振り回して地面に叩きつける。
ブチャアン。
水風船を叩きつけたかのような音。
ブチャアン。
もう一度叩きつける。
先程と同じような、汚い水風船の音。
ブチャアン。
また叩きつける。
今度は少しノイズの混じった音。
「ギャヒ…ギャヒヒヒヒヒ!」
長いものを振り回しながら小鬼は嗤った。
使い捨ての玩具で遊ぶかのように、小鬼は長いものを振り回す。
もうソレはもはや戦いとはいえない。ただのお遊びである。
再び叩きつけようと長いものを振った突端……。
「もうやめて!」
寧々が小鬼に抱き着いて止めた。
「百貴やめて! こんなの百貴じゃないよ! 」
「ぎ…ギギ!」
ウザそうに顔を歪める小鬼。
なんだこの小さな河童は。鬱陶しいな。このまま潰してやろうか。
腕を上げて爪を振り下ろそうとした途端……。
「う…ガガ!?」
突如、小鬼に頭痛が襲う。
百貴が感じたような熱とは対照的な、涼しい冷気のような感覚。
小鬼にとっては忌々しく、忌避すべきもの。
ソレは小鬼にとって大事な何かを引きずり込もうと手を伸ばす。
「ぐ…ぐぐ……!」
「きゃッ!?」
寧々を突き飛ばし、頭を抱えながら下がる小鬼。
「イィィィ! ギィィィィいい!」
彼はその場で身悶え、這い出た何かを振り払おうとする。
頭を地面にぶつけ、壁にぶつけ、直接拳で殴る。
何度も何度も。邪魔な枷を振り張らすために。
―――お前は引っ込んでろ。やっと俺は出れたんだ。もっと暴れさせろ。
―――お前が引っ込んでろ。もう目的は達成したんだ。大人しく寝てろ。
ぶつかり合う荒れ狂うような熱気と、落ち着いた冷気。
それらは混じり合い、お互いを抱えて沈んでいく。
「ぎ…ギギ……」
小鬼は頭を押さえながら倒れ、百貴と入れ替わった。
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