第24話 結界の先には


 結界から抜けた先は廃墟だった。

 俺が吸血鬼と出会ったあの廃墟。

 間違いない。俺が暴れ、アイツらが暴れた場だ。


「で、なんでまたここに?」


 疑問に思いながらも角で河童独特の妖気を探知することで川吉を探す。

 河童の妖気はもう覚えた。すぐに見つかるだろう……。


「……なんだ、これは? 別の気配」


 河童の妖気はすぐに見つかった。

 今いる部屋を廊下に出て少し歩いた先だ。

 しかし他にも気配がある。

 人間の気配、しかも普通ではない。

 何処か嫌な、生理的に嫌な悪寒。

 霊力の気配だ。


 霊力。

 一部の人間が持つ特殊な力。

 常人では見えないものを見る、念動力、瞬間移動など種類は多岐に渡り、その一つに妖怪を浄化するというものがある。

 そういった力は何処の組織に所属するかで法力や浄力などの呼び名に分けられるが、俺たち妖怪にとってはどれも同じだ。

 俺たち妖怪にとって毒であるということ。

 そして、この力を持つ者の大半は妖怪を狩る存在、退魔師の可能性が高い。


 退魔師。

 霊力や特殊な道具を用いて妖怪を狩る人間の総称。

 どの組織に所属するかで妖怪への対処は異なるが、大本の思想は同じだ。

 妖怪という悪を討つことで危険分子を祓うこと。

 組織によっては害を為さない妖怪と手を組んだり、見逃してくれたりするが、中には妖怪は全て殺すという過激派もいる。


「(……まずいな。これはかなりヤバい状況だ)」


 退魔師らしき気配が妖怪を囲っている。

 どう見ても川吉は捕らえられていると考えていい状況だ。

 では、俺はどうするべきか、答えは既に出ている。


「(……一旦戻って助けを呼ぼう)」


 さっさと結界内に帰って事情を報告することだ。

 ただ結界の穴に落ちだだけなら俺だけで事足りるが、退魔師が仕組んだ可能性があるなら話は別だ。俺が捕まって状況が悪化する前に、早く戻るべきだ。

前回とは違って今は助けを呼べる。なら俺が首を突っ込むよりそうした方が大分マシ。

 よって戻ろうとした瞬間……


「助けてぇぇぇぇぇ!」

「!!?」


 その声が聞こえた瞬間、俺は動き出した。


 体が勝手に動き出す。

 足が勝手に走り出す。

 頭が勝手に考え出す。


「(ああ、何やってんだ俺は)」


 バカだ。

 さっきまで逃げるのが得策と考えていながら、なんで走るんだ。

 けど、もう止まりそうにない。

 ここまで来たらもう引き下がれない。最後まで行くしかない。


「(相手の戦力が分からない以上、突っ込むのは得策じゃない。もし俺の方が強くても人質にされる可能性がある。……よし、こうしよう)」


 俺は考えた作戦を即座に実行した。


 戸を蹴って部屋の中に入ると同時に、周囲をざっと見渡す。

 気配を感じた通り、そこには三人の退魔師がいた。


「(……すごい格好だな。まるで時代劇だ)」


 俺は男の恰好を見て少し驚いた。

 真っ黒な羽織に、その下には胴当てみたいな鎧。履物は草鞋の上に足袋だ。

 如何にも時代遅れな恰好。しかしソレを纏う男たちはチャラい雰囲気のせいか、正直コスプレにしか見えない。


「なんでこんなとこに退魔師がいんだ?」


 俺は己を鼓舞するように、強めに発言する。

 小さな河童を捕まえている下衆野郎共に。


「コッチのセリフだガキが。なんで鬼のガキが河童の住処にいたんだよ」

「そりゃあ、あそこも俺たち朱天家の領地内だからな。というかこの街もそうだ」


 俺は退魔師共を睨みつける。

 川吉の腕には呪符みたいなのが巻かれている。

 おそらくアレで妖力を封じられ、本来の力が出せないのだろう。

 呪符によっては命の危険にかかわるかもしれない。早く助けないと。

 

「も…百貴くん……」

「あ~、君が川吉だな? 皆が心配してる。帰るよ」


 俺は出来るだけ柔らかそうな笑みを浮かべ、吸血鬼の腕につかまっているかわうそを安心させる。

 小さい妖怪だ。あんな弱そうな奴相手でも、少し力を入れたら首の骨を折られそうだ。

 それを本人も分かっているのか、涙を流してガタガタ震えている。早く助けてやらないと。


「テメエ何俺らを無視してんだ。さっさと質問に答えろ!」

「そんなことより早くソイツを解放して逃げたらどうだ? さもないと援軍がお前らを潰しに来るぞ」

「……は?」


 ヤンキーがドスを効かせたような、下品な顔でこちらを見る退魔師共。

 俺は一瞬下がるも、すぐに強気の姿勢を取り戻した。

 ビビるな、あんなのよりも俺が強い。それよりも川吉を早く取り戻さないと。


「俺はここに来る前、仲間に結界の穴の場所を教えた。もし俺が帰らなかったらどうなるか。……言わなくても分かるよな?」

「……テメエ、ガキの癖に俺らを脅してんのか?」

「とんでもない。俺はただ事実を言ってるだけだ」


 出来るだけ強い自分を演じながら続ける。


「このまま何事もなく済ますか、藪蛇突いて痛い目見るか。好きな方を選べ」


 出来るだけ偉そうに、主導権は自分にあるかのように言う。


 状況は俺が不利だ。

 確かに援軍が来てくれるのは確実だが、だからといってこいつ等が俺たちを見逃してくれるとは限らない。

 状況を分からないバカなら無視して攻撃してくるだろうし、もしかしたら援軍への対処法を向こうが持っているかもしれない。

 向こう側の目的も戦力も不明。見た感じ俺よりも弱そうなんだが、退魔師の情報がないから断定も出来ない。

 クソ、分からないことだらけで頭がこんがらがってしまう。誰か俺に最善策を教えてくれ。


「は? テメエみてえな小鬼のほざくことなんざ…へぶッ!?」


 ハイ、交渉決裂。

 何か言う前に退魔師をぶん殴った。

 その場を全力で跳び、筋力と妖力で拳を突き出す。

 川吉に被害が及ばないように気を付けながら。


『ぶは…!?』

「うわぁぁぁぁ!」


 吹っ飛ぶチャラい退魔師と、その影響で投げ飛ばされる川吉。

 流石にこの体勢じゃ受け止められないし、速さを優先したのせいか十分なダメージを与えきれてない。

 すまないが自分でなんとかしてくれ。すぐに帰すから。


「はあッ!!」


 身体をねじって蹴りを放つ。

 通常なら体重の乗ってない蹴りなんてカス以下だが、ここはファンタジー。

 さっきの拳以上のパワーとスピードを叩きつけて吹っ飛ばした。

 壁に叩きつけられ、廃材が退魔師に落ちて生き埋めにする。

 さて、これで邪魔ものは消えた。さあ帰ろう。


「いくぞ!」

「待ちやがれクソガキが!」


 声を無視して川吉君を背負い、走る体勢に入る。

 戦う必要なんてない。結界の中に逃げたら俺たちの勝ちだ。後はどうとでもなる!


「しっかり捕まってろ!」

「う…うん!」

「待てっつってんだろ!」

「!?」


 コイツいきなり撃ってきやがた!


 咄嗟に横へ跳んで避ける。

 通り過ぎる弾丸。

 あと少し遅かったら俺はコイツに貫かれていた。


「簡単にゃ逃がしゃしねえよ、ガキが!」


 戸が開かれ数十人程の退魔師が入ってくる。

 まずいな、完全に逃げ道を封じられた。


「……結局はこうなるのか」


 俺は川吉を降ろし、拳を構えた。

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