第21話 寧々との相撲


 気に入らない。


 それが利根川寧々の百貴に対する感想だった。

 本家の鬼か何か知らないが、河童組の当主の娘である自分を差し置いて、偉そうにしている。

 実際は家の妖怪たちが偉い方だから失礼のないようにと言っているだけなのだが、寧々には百貴が威張っているように見えてしまった。

 それに、元から彼女はあまり本家の妖怪、特に鬼が気に入らなかった。


 禰々子河童は強い妖怪であった。

 妖怪の中でもトップクラスの泳力、馬をイタズラ感覚で引きずり込む怪力、そして中には水を自在に操る超能力。

 鬼にも劣らない強大な妖力を持つ禰々子河童。

 そんな強い妖怪に生まれた寧々は、わざわざ鬼の傘下に入る理由が分からなかったし、何よりも納得できなかった。

 人間にやられたような妖怪より、自分達の方がずっと強いと、彼女は思っているのだ。

 故に、朱天の子である百貴を接待するのが我慢ならなかった。


「(半妖の癖にこのアタシを舐めてるの!?)」


 そして何より、半妖の分際で強い妖怪のような振舞いのが許せなかった。

 強い妖怪の血を弱い人間の血で薄めた半妖。

 そんな雑魚が、自分より偉いなんて許せない。


 一般妖怪の半妖ならいい。

 半妖自体はそれなりにいるし、別に嫌ってもない。

 しかし、弱い半妖が強そうにしているのは腹が立つ。

 彼女は思った、この相撲で部を弁えさせてやると。

 朱天家なんていらない。まして、半妖ごときが偉そうにするな……。




「きゃああああああああああ!」


 そう考えていた時期が、彼女にはありました……。












「この半妖! アタシを舐めるんじゃないわよ!」


 彼女はそんな悪役みたいなことを言いながら向かってきた。


 最初はタックル。

 一瞬殴ってカウンターしようと考えるも、投げに変更。

 これは相撲であっていつもの稽古ではない。というか相撲で殴るのは反則だ。

 しゃがむことで伸ばされる腕を掴み、軽く投げた


「へぶっ!」


 女の子がしちゃいけない声を出して倒れる利根川。

 しかしそこは関東最強の河童の子孫。すぐに立ち直って再び向かってくる。

 俺を捕まえようと何度も腕を伸ばすも、俺は全てを避けた。

 しかし遅いな。

 大人との鬼の稽古に慣れてしまったせいか、利根川の動きが遅く感じる。

 ガードはガラガラで攻撃入れ放題。 

 こりゃ何も学ぶことはなさそうだな。


「な、なんだアイツ!? めっちゃ早いぞ!」

「寧々さん以上に速い奴なんて初めて見たぞ! やっぱり鬼なのか!?」

「ソレにアイツ姉貴投げ飛ばしたぞ! 馬も投げ飛ばせるあの寧々の姉貴を!」


 周囲の子供たちが騒ぎ出す。

 よし、いい流れだ。このまま俺の強さを見せれば少なくともいじめられることはないだろう。


 そろそろ終わらせようと手を伸ばすと、突然利根川は下がりだした。


「うがーーーー!」


 癇癪のような唸り声をあげて姿を変えた。

 変化だ。

 妖怪の姿に戻りやがったんだ。


 水みたいなものを纏ったと思いきや、ソレを破って姿を現す。

 典型的な河童の容姿とは違って、より人間らしい姿の女河童。

 皿が乗ったおかっぱ頭に、指には水かきがあり、肌は緑色。

 背丈は十三歳程の女子くらいに急成長し、体も女体独特の形に。

 何よりも胸が大きくなった。形の良いおわん型だ。子供服の上からパツパツの状態で自己主張している。


「これがアタシの本当の姿よ! これでもうさっきみたいにちょろちょろ逃げられわよ!」

「いいからさっさと来い。俺は早く終わらせたいんだ」

「あんたふざけてるの!? いっとくけど私、馬よりも強いんだから!」

「ふ~ん、あっそ」

「この……バカにして!」


 再び突撃してくる利根川。

 なるほど確かにスピードが上がっているし、変化することでリーチも長くなった。

 けど、それだけじゃ俺とお前の差は覆せないぜ。


「やっと捕まえたわ!」


 俺はわざと捕まって取っ組み合いを開始する。

 体格も体重も体積も相手が上。

 いくら女の子でも、十三歳と七歳では比べることがおかしい……。


「お…重い!?」


 しかし、ここは妖怪が存在するファンタジーの世界だ。


「ふんにゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 力ずくで俺を投げようとする。―――ビクともしない。

 体重をかけて俺を押し倒そうとする。―――ビクともしない。

 可愛らしい掛け声で俺を倒そうとする。―――ビクともしない。


 特に俺は何もしてない。

 足の指でガッチリと地面を掴んで踏ん張っているだけだ。

 しかしそれだけで十分だ。


 俺は鬼、しかも半分とはいえ酒呑童子の血が流れているのだ。

 鬼と河童では比べる土俵が違う。

 馬を引きずり込める? それぐらい俺でも出来る。

 この間、斜面に堕ちて上がれなくなった馬を引き上げたばかりだ。少し馬に蹴られていたかったけど。

 あ、馬に怪我はなかった。本当によかった。もし怪我してたら慎重にやらないといけないからね。


「よっと」

「ひゃあッ!?」


 利根川を投げる。

 相手の力を利用してひっくり返す投げ方だ。

 そのまま地面に当たりかけたとこで、俺は自分の失敗に気が付いた。


 フワッ


「………え?」


 利根川が地面に当たりかけたことろで、力を受け流して彼女を抱えた。

 もちろん、利根川が怪我をしないように細心の注意を払って。


「(あ、危なかった~!)」


 俺は内心けっこう焦った。

 いつもの癖でつい投げてしまった。

 来訪初日で家の子を怪我させるなんてシャレにならない。

 しかも相手は可愛い女の子。傷を付けるわけにはいかない。


「ね、ねえいつまで引っ付いてんのよ!?」

「あ、ごめん。怪我無い?」

「バカにしないでよ!」


 利根川を地面に降ろして解放する。

 地に足が付いた途端、弾かれるかのように俺から凄い勢いで離れた。

 あと、引っ付いてたのは俺じゃなくてお前だからね。


「す、すげえぜお前! あの姉さんを強いなんて!」

「鬼が強いって本当だったんだな! 」

「お前本当に半妖かよ!?」


 離れた利根川と入れ違いに河童の子供たちが集まる。

 すごい勢いだ。さっきまでの戸惑いモードがウソのようだ。

 まあ、子供なんて現金なものか。仕方ない仕方ない。


「ねえさっきのどうやったの!?」

「なんであんなに姉さんの攻撃防げるの!?」

「なんで最後投げなかったの!?」


 こうして俺は河童組の子供たちに受け入れられた。

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