第20話 いざ河童組へ


 ガタンゴトン。田んぼが広がるのどかな道を牛車が通る。

 牛車を引くのは三つ目の牛。ホルスタイン柄でメスらしいが、異様にガタイがいい。某世紀末に出てくる馬みたいな感じだ。

 そんな変な生き物が引く車に乗って俺達は目的地へと向かう。


 目的地は朱天家の傘下にある河童会。

 そこで俺は初めて敷地外の子と接触することになる。


「そういえば結界の外に出たことはあるけど、屋敷の外はないな」


 ふと、俺はそんな事を考えた。

 俺はずっと屋敷の中で育ってきた。

 必要なものは家臣たちが用意してくれるし、庭もバカみたいに広いので遊び場には困らない。図書館や美術館みたいなものもある。

 つまり屋敷の中で全部揃ってるから外に出る必要がないのだ。

 ただ、それでも外の世界に興味があるから抜け出したんだが……。


「屋敷の外も意外と広いな」

「ええ、ここは朱天家開祖がお創りになった妖界ですから」


 妖界。

 力ある妖怪が自身の妖気で創り出した別世界。

 大きさや環境などのデータは事前に設定されているので基本的には不変であり、主である妖怪の妖気に応じて造られる。

 大体の妖界は大きくて大体町一つ分ぐらいだと聞いたのだが、我がご先祖様の創り出したものは規格外のようだ。

 

「開祖亡き今、当主が主となって管理しております。現当主もまた絶大な妖気の持ち主でして、傘下の妖怪たちも安心して生活しております」

「そうか」


 そして、朱天家の異界には、傘下に下った妖怪たちがいる。


 鬼や天狗などの強い妖怪は一部だけで、大半は弱い妖怪たちだ。

 より強い妖怪に食われたり、人間に狩られたりと。彼らは居場所を奪われてきた。

 そんな彼らが選んだ道が、強い妖怪に服従して自身を守ってもらう事。その縋り先の一つが朱天家である。

 こうして朱天家は暴虐によって財を貪るのではなく、守ることで財を得るようになった。

 朱天家は暴れるだけの悪鬼ではない。守護する鬼だと爺やは言っている。


「(あまり昔話には興味ないけどな)」


 窓の外に目をやると、大きな川が見えた。

 綺麗な川だ。

 心地よい流水の音が流れ、鳥の声が聞こえる。


 川の向こう岸には屋敷がある。

 市立の小学校ぐらいの大きさ。

 朱天家の屋敷程ではないが。かなり立派だ。


「あそこが河童組の屋敷です」


 俺たちは牛車に乗って屋敷へと向かった。













「ようこそおいでくださいました、百貴様」


 案内されたのは外の庭だった。

 屋敷に付くと同時、荷物はお手伝いさんたちに運ばれ、俺は玄関を超えることなく庭に誘導された。

 お目付け役の方曰く、今後の話は俺の付き添いで来たお目付け役とこの家の妖怪たちがやるから、子供は子供達と遊ぶようにとの事。

 こうして俺はこの家の妖怪たち、河童たちと遊ぶことになったんだが……。


「(あれ、俺って歓迎されてない?)」


 河童たちはあまりうれしそうじゃなかった。

 何か戸惑っているような、避けているような印象。

 まあ、いきなり本家の子が来て遊んでやれとか言われたらこうなるよな。

 もし俺がこの子たちの立場なら困惑する。


「なあアンタ、酒呑童子の子孫って本当?」


 河童の集団から、一人の少女が出てきた。

 化けているのか、人間の姿をしている。

 おかっぱ頭の勝気そうな猫顔の女の子だ。

 けっこう可愛い。

 クリンとした大きな目に小さいながらも形の整った鼻。

 これは将来美人になるな。


「君は?」

「アタイは河童組当主の娘、利根川寧々だ」

「寧々? ……ああ、禰々子さんの娘か」


 禰々子河童。

 北関東の利根川に棲んでいたといわれる雌の河童で、祢々子河童、弥々子河童とも呼ばれていた。

 その力は強大であり東国関八州の河童を治め、西国や九州一といわれる九千坊ですら手を出せなかったらしい。

 要約すれば関東一強い河童ということだ。


「それで、アンタ酒呑童子の子なら強いんだろ?」

「まあ……それなりには」

「それなりってなによ。まあいいわ、私と相撲で勝負しなさい」


 寧々は顎で地面に書かれた円を指す。

 かなり使われた跡がある。けっこうな頻度で相撲をしているようだ。


「相撲…ね。河童が相撲好きっていうのは本当だったんだ」

「それでどうするの? するの? それとも逃げて帰る?」


 ニヤニヤ笑う利根川。あと後ろの河童たちも笑っている。

 馬鹿にしたような、見下している笑みだ。


「あんた半妖なんでしょ? 鬼って強い妖怪って聞くけと、半分だけで強いって言えるの?」

「(……ああ、そういうことか)」


 利根川の言葉にイラっとするも、まあ仕方ないかと納得する。

 人間で例えるなら、親の上司の子供がいきなりやってきて、親に失礼のないように接待してやれって言われたような気分だ。

 子供から見たら偉そうに感じるのは当然か。そりゃ気に入らないだろう。

 けど、ソレを覆す方法はある。


「いいぜ。じゃあハンデだ。俺は片手でやる」


 力を示すことだ。


「はあ!? あんた私をなめてるの!?」

「俺は男、しかも半分とはいえ酒呑童子の子孫だ。これぐらいのハンデがないと公平にはならないだろ」


 俺は土俵に立ち、人差し指で手招きする。


「そろそろ鬼以外の妖怪と稽古したかったんだ。相手してもらうよ」


 さて、俺の力がとこまで通じるか実験だ。

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