第19話 殺しの味と封印
「重症だな」
朱天家の応接室。
会議室とは違って、こじんまりとした和室。
そこで竹雄は竹蔵と向かい合う形で座布団に座り、呟くような声で言った。
「坊ちゃんは戦いと殺しの味を覚えてまってる。あのままいけば悪鬼になっちまうぞ」
「し、しかし竹雄。坊ちゃんはいつも通りに見えるぞ?」
「表面上はな。裏ではまだ鬼の本能が徐々に目覚め始めている」
少々焦った様子を見せながら言う竹蔵に対して、竹雄はハッキリと反論する。
「この間の訓練、坊ちゃんが技を放った瞬間に殺意を出した」
「!? ソレは本当か竹雄!?」
「ああマジだぜ親父。坊ちゃんはあの事件で殺しを覚えちまった」
「……」
場が静まり返る。
「表面上は平気にしているが、訓練で俺の見せた隙に反応して所々殺気を出していた」
「そのことに坊ちゃんはどんな反応をなさっている?」
「あれは無意識の領域だ。たぶん坊ちゃんも気づいてない。せいぜい違和感といったレベルだろう。だが、確実に坊ちゃんを蝕んでいる」
「………」
竹蔵は答えることなく俯き、深いため息を付いた。
「……不憫な方だ。母は生後すぐに事故で亡くし、父である頭領は行方不明。挙句の果てに坊ちゃん自身がこのような目に遭うなんて!」
「……いや、坊ちゃんだけに限定するなら、別にそこまで重く考える必要はねえだろ」
竹蔵の叫びに、竹雄は真っ向から反論する。
「確かに今はあまり良くない状況だ。けど、殺しを覚えたということは実戦を覚えたということ。つまり鬼として一歩進んだってことだ」
「坊ちゃんなら大丈夫だ。坊ちゃんは―――朱天百貴はこんな試練なんて軽く踏み潰して、ポーンと強くなってくれるさ」
「……何を根拠に言っておる?」
「男の勘だな。聞けば、坊ちゃんは偶然見かけた女の子を助けるために戦ったていうじゃねえか」
「それが何じゃ?」
「かっこいいじゃねえか。あんな小さな子が体張って、見ず知らずの誰かのために戦ったんだぞ。そんな男が悪鬼に堕ちるなんて到底思えねえ」
「……そんなのが根拠になるわけなかろう。かつての朱天家―――酒呑童子の血は凄まじい」
「いいや、在り得ねえ。賭けてもいい。絶対に乗り越えられるってな」
ことりと、竹雄は飲んでいた湯呑を置く。
「誰かを命懸けで助けるってことは、言う程簡単なことじゃなねえ。それが咄嗟に出来るってことは、それだけすごい男だってことだ。そんな強い坊ちゃんが、悪鬼の血に負けるわけがない」
少なくとも俺には出来なかったからな。
何やら少しだけ陰のある様子で竹雄は呟く。
「けど今は休む時だ。心が回復して、今の変化を受け入れられたら徐々に訓練の質を上げる。そうやって坊ちゃんには力の使い方と制御を覚えてもらう」
「すぐに力の封印はしないのか?」
「もちろんするさ。した上で訓練する。なあに、坊ちゃんなら封印なんて補助なんざすぐいらなくなるさ」
クスっと笑う竹雄と、それでも心配そうにする竹蔵。
対照的な二人。しかしその想いはどちらも同じ。
「それまでは友達を作ってあの事を忘れてもらわねえとな」
ただ坊ちゃま―――百貴に幸せになってもらうこと。
ただそれだけである。
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