第18話 あの事件から一週間


 あの事件から一週間が経過した。


 最初の三日間は引きこもっていたが、人間は慣れる動物。その次の日にはすっかり元の俺に戻ってしまった。

 それからは普通に暮らしている。せいぜい鍛錬量がいつもの三倍くらいになったぐらいだ。


 屋敷の皆はあの日の出来事がなかったかのように接してくれている。

 結界を抜け出したことを咎めることもなく、変化した姿を話題に出すこともなく。

 まるで最初からあの事件がないかのように、意図的に隠そうとしている。

 たぶん、忘れさせようとしているんだろう。

 辛いことがあったら変に指摘するより、一時忘れてしまう方が効果的だと聞いたことがある。

 俺もその思いに応えようと意図的に忘れるようにした。

 皆優しい。良くしてくれている。だからその想いに報いたい。

 けど、まだ感覚は残っている。


「………」


 俺は自分の爪を眺める。


 まだ残っている。

 拳で肉を打ち、骨を砕く感触が。

 爪で肉を切り、骨を断つ感覚が。

 全てちゃんと覚え、身に染みている。

 けど、あの不快感は消えてしまった。


 生き物、しかも人に近い生物を殺したという罪悪感。

 暴力衝動に身を任せた野蛮な行為への嫌悪感。

 殺生を楽しむという生の冒涜への不快感。

 全ての悪感情が消し去り、別の物が蘇る。


「(……よそう)」


 俺は手を降して視線を外す。

 折角皆が忘れさせようと頑張ってるんだ。思い出してどうする。

 忘れろ、記憶を奥底へ沈めろ……。




 けど、楽しかったなぁ。

 あのガキもとっ捕まえて犯しながら喰えばどんだけ気持ちいいか。




「坊ちゃま、準備が出来ました」

「……わッ!?」


 突然部屋に入ってきた竹雄さんが部屋に響く程の大声でそう言ってきた。

 うん、訳が分からない。


「準備って、何の?」

「外出のです。今日は下々の子供たちとお遊びになる日では?」

「……はい?」


 なんだそれ。初耳なんだけど。

 そんなことを考えていると、いきなり部屋の襖が開けられて一人の男が入ってきた。

 竹雄さんだ。


「実は前々から坊ちゃんの友達を作ろうと思って企画してたんだがな、なかなかチャンスがなかったんだ。けどやっと機会を見つけたんだ」

「……趣旨は分かったけど急すぎない?」

「俺が報告するのを忘れたからだ!」


 腰に手を当てて声高く言う竹雄。

 いや、そんな自信満々に自分の失態を暴露されても困るんだけど。


「それ不味くない? 俺何も用意とか出来てないだけど」

「大丈夫だぜ坊ちゃん。所詮は友達作りなんだからそんな肩力入れなくても。もっと気軽に」

「そんな簡単なものか? 俺……半妖だぞ」

「………」


 今世の俺は友達が桔梗しかいない。

 理由は単純。俺が朱天家の子でありながら、半妖だからだ。


 半妖自体はそれほど珍しくない。

 一部の地域や時代では迫害を受けたとあるが、ソレは特殊な例で会ってあまり一般的ではない。

 そういったことに厳しい国もあるようだが、日本は昔から異類婚姻譚の話がけっこうある。だから半妖などの混血には寛容だ。

 では何故俺はあまり歓迎されてないのか。その理由は俺が朱天家の子だからである。


 鬼や天狗などの強い妖怪には純血主義という価値観がある。

 妖怪としての血が濃ければ濃い程、妖怪の力が大きくなるという考えだ。

 事実、他種の血が混ざれば混ざるほど元になった妖怪の血が薄まることで弱くなるらしい。

 ソレが自分たちこそ最強の妖怪だと自負している種族にはあまり受け付けられないのだ。

 まあ、だからといって俺が純血の鬼より弱いというわけではないのだが。この間も親戚の純血の子ぶっとばしたし。


「大丈夫ですよ坊ちゃん。今回は鬼じゃなくて普通の妖怪ですから」

「……いや、やっぱりいい。今はそんな気分じゃない」

「そう仰らずに。俺を助けると思って頼んますよ」


 パンと手を合わせる竹雄さん。

 まあ、そこまで言われるならいいかも……。


「(……ああそうか。俺のために急遽予定を立ててくれたんだ)」


 こんな大事なことを忘れる筈がない。

 ならコレは方便。本当を俺を励まし、友達を作らせることで元気付けようとしてるんだろう。

 なら、ちゃんとその気持ちを受け止めないと。いつまでもクヨクヨしてられない。


「分かりました。じゃあ準備するんでちょっと席外してくれません?」

「大丈夫ですよ坊ちゃん、ここにちゃんと」 


 用意されたのは質のよさそうな、豪華な袴のような服。

 いつも着ている一般的な洋服や動きやすそうな和服とは全然違う。

 余所行き用の服装といったとこか。ぶっちゃけ動きにくそうだ。

 俺はソレに着替えながら、さっきまでのことを考える。


「あれ、俺なに考えてたんだっけ?」


 何か忘れている。

 とても大事で、見逃してはいけない何かを……。

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