第17話 未熟な妖怪化
朱天家のとある一室。
学校の体育館程はある広さの座敷で朱天家、特に百貴に仕える妖怪たちが集会を開いていた。
大半は人間の姿を取っている、或いは人型に近い姿をしているが、いくらは完全に陣貝の姿をしている。
しかし彼らの様子は一つに統一されていた。上座に位置する者への恐怖である。
会議中の部屋に雑音は一切なく、息をするのも困難な程の重苦しい空気に支配されている。
妙な言動をすれば殺される。そんな緊張感だ。
「これは大失態じゃ」
上座に位置する老人、高岩竹蔵が低い声で言う。
それほど大きくないのに響く声。
ソレを聞いて大半の者はビクッと震えた。
「坊ちゃんは心に大きな傷を負った。……これはどういうことだ? 一体誰の責任じゃ?」
一言発する度に重圧が増していく。
下手な発言をすれば本当に殺される。
そう思いながらもゆっくりと妖怪の一人が手を上げた。
「ぼ、坊ちゃんの本日のお目付け当番がいませんが……」
「奴は逃げおったのじゃ!!」
竹蔵の怒鳴り声が部屋中に響き渡る。
部屋の空気が、天井が、壁が震える程の声。
その彷徨のような声に場の妖怪たちはガクガク震えた。
「あのボンクラ、坊ちゃんがいなくなったと聞いて姿を消しおったんじゃ! ふざけおって……見つけ次第ぶっ殺してやる!!」
ビリビリと空気が震える。
竹蔵の頭頂部から牛のような角が生え、目はガラス玉のように濁り、鋭い牙が少しずつ伸びてきた。
それに伴って大きくなる重圧。
もうそろそろ倒れる者が出るんじゃないかと思われたところで、やっと一人の男が動き出した。
「落ち着け親父。ここでいないモン責めても無駄だぜ」
同じく上座に座る鬼、竹雄である。
彼は宥めるかのように竹蔵の背中をさすり、落ちつくよう促した。
「そのお目付け役は見つけ次第ケジメ付けてもらうとして、次は結界の話だ。……花井、結界の状況について報告しろ」
「はい」
竹雄が反対側の席の妖怪たちに目を向ける。
そこから一人の鬼が現れゆっくりと説明を開始した。
「結界は老朽化の影響で抜け穴がちらほらと発生しております。結界の抜け道自体は長時間結界を張っていれば自然に発生しますが、埋めること自体は簡単なので問題ありません。
事前のチェックさえ怠らなければちゃんと維持できます。現に我らはチェック係を決めて維持してきました」
「そうか。じゃあ、そのチェックの今日の当番は誰だ?」
「……例の、お目付け役です」
「やはり奴か!!」
再び重くなる圧。
ソレを竹雄が窘めて話をつづけた。
「じゃあ次は町の話だ。なんで俺らの縄張りに吸血鬼がいる」
縄張り。
朱天家は完全に結界内に吹き籠っているわけではない。
生きていく以上、組織として機能する以上は他者や外界に接触する必要がある。
そして何より、酒呑童子という力のあるものを放っておくわけがない。いい意味でも悪い意味でも。
その関りの一つに、縄張り内の妖怪や人間を他の妖怪から保護する代わりにお礼を貰うというのがある。
要するに治安維持だ。
「ここは朱天の直轄地だ。そこでチョッカイかけるようなバカはまずいねえはずなんだが……こんなの聞いてねえぞ」
「……頭領はなんと仰っている?」
「とりあえずその吸血鬼が誰の差し金なのか、誰の眷属なのか判別したうえで抗議したいって話なんだが……」
「……坊ちゃんが全員殺してしまったと」
「そういうこった」
落胆した様子はない。
確かにできれば生け捕りしたかったが、何も手がないわけじゃない。
面倒な手ではあるが仕方ない。彼らにとっては坊ちゃんが優先事項なのだから。
「しかし坊ちゃんが変化か。……これは喜んでよいのじゃろうか」
「いや、ダメに決まってるだろ。純血なら兎も角、半妖で十歳以内の妖怪化は早すぎる」
彼らが結界の外にいる筈の百貴を発見できたのは、百貴が妖怪化したおかげである。
妖怪化することで妖力は倍増し、その届く範囲も拡張される。
ソレを妖力探知に優れた屋敷の妖怪が探知することで百貴を発見したのだ。
妖怪化は妖怪としての全力を出せる姿であると同時に、情報を曝け出してしまう姿である。
まあ、それを補って余るメリットはちゃんとあるのだが……。
「第一、坊ちゃんのあの姿は未完成体だ。妖力が安定してないせいで醜い姿になっている。ちゃんとした妖怪化は当分先だろうな」
ため息を付く様に言う竹雄。
本来、妖怪化は妖怪なら生まれた時点で可能である。
生まれついて息が出来るのと、心臓を動かせるのと同じ。むしろ人間の姿を象る方が断然大変だ。
しかし半妖は違う。
半妖は妖気が安定し、妖力に耐えられる体になって初めて妖怪化出来る。
無理に妖怪化すると理性を失ったり、妖力によって肉体が潰されたりと、様々な弊害が使用者を蝕む。
ソレを竹雄は恐れているのだ。
「とりあえず今は坊ちゃんのケアを最優先だ。四六時中ちゃんとお傍についてやらねえとな」
結論は出た。なら後は実行するだけである。
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