第16話 後味

 悲鳴を上げながら、俺は跳ね起きた。


「……ハァッ……ハァッ! ハァッ……!」


 荒くなった息を整え、心を落ち着かせる。

 見上げると見慣れている自室の無駄に高い天井。柔らかくて寝心地の良い布団。

 間違いなく俺の部屋だ。


「……夢、か。……そうだよな、夢だよな」


 震える自分に言い聞かせるように呟く。

 そうだ、あんなことなんてありゃしない。

 俺が、あんな化け物になって殺し合うなんて……。


「……う、お、おぇぇぇ!」


 思い出すと同時にせり上がってくる吐き気をこらえて、自室備え付けの洗面所へ走る。

 ゲーゲーとみっともなく吐く。

 昨日食べたと分かるものから、原型をとどめてないもの、更にはよく分からない緑色の何かまで。

 自分の内臓を吐き出すんじゃないかって勢いで胃の中のモンを吐き出す。


「はぁ……はぁ…はぁ………」


 息を整えながら水を流し、鏡に目を向ける。

 自分の顔が一瞬化け物のように見え、すぐに目を逸らした。


「……違う。夢……じゃ、ない」


 感覚が残っている。

 硬いものを砕く打つ拳の感覚

 柔らかいものを切り裂く爪の感覚。

 色々なものが詰まっている何かをねじ切る感覚。

 全部全部。ちゃんとこの手に残っている。

 

「う゛……う、うぇぇぇぇぇぇ……」


 思い出してまた吐き気に襲われた。


 そうだ、俺がやったんだ。

 全部全部。全て俺がやったことだ。


 ちゃんと覚えている。

 何があったのか、自分がどうだったのか、どうやって殺したのか。

 全部全部、ちゃんと覚えている。



「う……おぇえええええ………」


 べチャベチャベチャ。

 また俺は吐き出した。


「こ、殺した……俺が、この手で、この爪で……に、肉を…肉を裂いて……!」


 恐る恐る両手を見る。

 いつもの小さな手。

 化け物になって誰かを殺した手だ。


「けど、あいつ化け物……殺さなきゃ、俺が……俺が死んでた!」


 そうしなきゃいけなかった。

 じゃないと俺が、その後ろにいた子が殺されていた。

 仕方なかった。

 生きるためには、どうしても使わなきゃいけなかった。


 そうするしかなかった。

 あの場では正解の筈だった。

 震える体に、未だに起こる吐き気にそう言い聞かせる。

 けど、それだけじゃない……。


「で、でも……でも俺……!」


 ガッと顎に力を入れて、俺は続きの言葉を無理やり中断させた。


「……違う」


 絶対に違う。

 あんなのは俺じゃない。

 俺はあんなのを目指していたんじゃない!


 そうだ、アレは一種の混乱状態だったんだ。

 じゃなかったら……じゃなかったら……!




「楽し、かったなぁ……」


 俺が…僕がこんなことなんて思うわけがないんだ。

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