第15話 小鬼


 炎。

 大きく、とてつもない波のような炎が俺に押し寄せる。


 熱い。

 全身を、体の内部を炎は焼いていく。

 前世含め、生まれて一度も感じたことない高熱。

 体の中に溶けた鉄を流し込まれたかのような痛みと熱だ。


 筋組織を一本一本。

 神経を一本一本。

 骨を一本一本。

 細胞の一つ一つに至って炎は俺を包み込んだ。



 

 変わる。


 この炎は今ある俺を焼き尽くし、別のものへと変えていっている。


 骨を、筋肉を、内臓を、神経を。


 戦うための肉体へと書き換えていく。




 熱い。


 力が溢れる。


 今すぐコイツをぶつけたい……!




「グルアアァァァァぁあああァァァァァァあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 熱を吐き出すかのように俺は叫んだ。













「がるるるぅ!!」


 百貴―――百貴だった小鬼は佐久間に向かって威嚇する。



 その姿は普段の百貴とは全くの別物に変化していた。


 所々禿げた、逆立っている髪。

 頭頂部から伸びる小鹿バンビのような角。

 子供程の背丈でありながら、ガッチリとした筋肉。

 若干白く濁った眼に細長い耳、豚のように潰れた鼻はまさしく化物。

 ゴブリン。

 彼の姿は絵物語で出てくる雑魚キャラの典型、ゴブリンによく似ていた。



 しかし、その妖力は雑魚とは一線を画する。



 妖怪の強さを示す要素である妖力。

 小鬼のソレは、明らかに転がっている吸血鬼共を軽く上回っている。

 下手をすれば佐久間も……。


「ありえない……そんなはずはない!!」


 自分に言い聞かせるかのように佐久間は怒鳴る。

 そうだ、ありえない。こんな小さな鬼風情が自分の妖力を上回るなんてありえない。

 何かの間違いだ、こんなのあっていいはずがない!

  

「お前みたいな醜いガキに、俺がビビるなんてあり得ねえんだよォ!!」


 吐き捨てるかのように言いながら、佐久間は姿を変えた

 メキメキと体から嫌な音を立てながら、内部から弾けるかのように異形の姿を晒す。

 雑魚吸血鬼のような、一部だけ変化しているような、半端な変化ではない。

 完全なる妖怪化。佐久間の吸血鬼としての本性である。 



「キィィぃィィィィィィィィィ!!!」


 甲高い声を上げる化け物。

 身長は3m。大きく広げた長細い両腕は、身長と同じ程ある。

 指先にはナイフのように長く鋭い爪に、口元からは同じくナイフのような牙。

 コウモリと人間を無理やり掛け合わせ、巨大化させたかのよう。

 醜さは今の百貴小鬼と何ら変わりない。

 しかし体積の規模は眼前の小鬼を軽く上回る。


 体格差は三倍以上。

 身長も、体重も筋肉量も。

 全てにおいて佐久間は眼前の小鬼を軽く上回っている。


 いくら妖怪と言えど、この世に存在する以上はある程度の物理法則に縛られてしまう。

 同じ妖怪同士であれば当然大きい方が勝つ。


『潰れろガキが!!』


 体格差三倍以上の巨躯が容赦なく襲い掛かる。

 両手を広げて爪を振りかざし、全体重をかけて腕を振り下ろす。

 小鬼はソレを同じく両手で受け止めた。

 そこから始まる取っ組み合い。

 そのまま小鬼が潰されるかと思いきや……。



 ベキベキベキィ!!


『ぎゃああああああああああああああ!!!?』


 小鬼は佐久間の手を無理やり捻って骨をへし折った!


 腕力のみで筋(すじ)をねじ切り、無理な体勢で持ち上げる。

 そしてアスファルトの地面に足が減り込む勢いで踏み込み、その勢いで佐久間を地面に叩きつけた。


『ガハッ……!』


 アスファルトの道路に減り込む佐久間の巨躯。

 派手な破壊音と共に拡がる道路のヒビ。

 飛び散る土砂とアスファルトの欠片。

 それらが小鬼の腕力を証明している。


 確かに大きい方が強い。

 軽く小さいものは大きく重い者に蹂躙されるのが現実だ。

 しかしここは妖怪の存在するファンタジーである。

 ここではたとえ小さくとも妖力が多いものが強い。

 たとえ小さくとも妖力さえあれば物理法則を覆せる。

 それがこの世界である。 


 未熟な幼子とはいえ酒呑童子の血を引く小鬼。

 成人とはいえ一般人上がりの木っ端吸血鬼。

 どっちが勝つのは妖怪的に明白である。


『ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!』


 掴んでいる佐久間の腕を更にねじ切り、逆の手の爪をねじ込む。

 日本刀のように鋭い爪が、ブチブチィと、肉を引き裂く音を立てながら減り込む。

 鬼は爪を無理やり動かして肉を裂き、切れ目から一気に腕を引き千切った。

 血が噴水のように吹き荒れ、道路を赤く染める。


『(なんでだ…なんで回復しないんだ!?)』


 激しい痛みの中、佐久間は歎願のような形で問うた。

 何故だ、何故傷が再生しない、何故いつものようにすぐ回復しないんだ!

 確かに吸血鬼の生命力は凄まじい。すぐに再生とはいかなくとも、止血ならば数分あれば自然治癒で完了する。

 しかし、それを邪魔する物が存在する。

 鬼の爪である。

 鬼の爪や牙には妖気を切り裂く能力があり、これによって鬼は他の妖怪たちとの戦いで勝利してきた。

 当然、その力は酒呑童子の血を引く百貴にも存在している。


『ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!』


 佐久間の反対の腕も爪を減り込ませ、勢いよく振り回す。

 腕が引き千切れ、遠心力によって吹っ飛ばされる佐久間。

 地面にぶつけられるも、その反動で再び宙に浮き上がり、コンクリートの欠片をまき散らしながら十m弱まで転がった。

 道には血と転がった跡が刻まれている。


『こ、の……! バケモンが!!』


 佐久間の口から針が発射された。

 毒針。

 先程百貴に激痛を与えた物の正体である。

 刺さった箇所に激しい痛みを与え、毒によって眩暈や吐き気、更に呼吸困難や意識障害などの症状を齎す。

 

「グルゥア!!」


 しかしソレは刺さった場合の話である。

 針で貫けない肌を持つこの小鬼には関係ない。


『このッ! このッ! このッ!!』


 両腕を捥がれた痛みを忘れたのか、それともアドレナリンが過剰分泌されて忘れているのか。

 未だに血が流れ続けているというのに、佐久間は針を吐き続ける。

 しかし、そんな決死の覚悟に近い攻撃も、小鬼には一切効いてない。

 小鬼は一歩ずつ近づきながら、発射された針を真っ向から受け続ける。

 小さい足と歩幅で少しずつ近づきながら、針なんて存在しないかのように歩き続ける。


『!?』


 突如小鬼の姿が消えた。

 いや、速すぎて見えなかったのだ。

 一瞬で佐久間との距離を詰め、爪を振り上げる。


「ギュガああああああああああああああああああああ!!!」


 小鬼が爪を佐久間の頭目掛けて振り下ろす。

 グチャッと、硬いものを割ってトロッとしたものが溢れる音。

 佐久間の『命』が溢れた音だ。


「グヒッ……」


 小鬼はその命を無造作に掴み取る。

 つまらなそうに、まるで残念賞を引いたかのように。


「何ださっきの妖気…何だお前!?」

「佐久間さん、佐藤はどうなって…。なんだコイツは!?」


 曲がり角から何人かの男がやってきた。

 話からして佐久間の部下の吸血鬼だろう。


「ギャヒッ」


 小鬼は、新たに追加された獲物に笑いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る