第14話 初めての変化


「まったく、様子を見てみればなんだぞの無様な恰好は」

「うっせえ! ちょっと油断しただけだ!」


 吸血鬼と同じ恰好をした壮年の男は銃を降ろしながら男を叱る。


 壮年の男の名は佐久間。先程百貴に投げられていた男―――佐藤の上司にあたる人物である。

 彼らの本来の仕事は、『朱天』と『緋鳴鳥』が在住するこの土地の調査だった。

 念のため五人の部下と彼で動いたのだが、少し『ハメを外して』美味そうなガキがいたので拐取。

 しかしガキに邪魔され、部下に処分を命じたらこのありさま

 何が何だか分からない。


「答えろ佐藤。これはどういう状況だ? なんでこんなところに小鬼がいる?」

「知らねえよ。邪魔したから痛い目合わせようとしただけだ」

「なるほど、それで手痛い反撃を食らったっと」

「うっせえ! 油断しただけだ!」


 佐藤の返答にため息をつきながら、小鬼―――朱天百貴に目を向ける。

 一見すればどこにでもいるような、十にも満たない幼子。

 そんな子供が声を上げられない程の激痛に苦しみ藻掻いている。

 陰惨な光景、通常なら通報するなり何なりして子供を助けようとするだろう。


「……」


 佐久間は目線を部下たちに向けながら顎で百貴を指す。

 やれという意味だ。


 彼は吸血鬼である。

 一般的な対応なんてするはずがないし、あったら子供なんて攫わない。

 

 なんの理由で小鬼がここにいて、何故普通の子供と同じ格好をしているのかはどうでもいい。

 鬼がいる。邪魔したから殺す。それだけである。


「へへッ! ボスのゴーサインが出たぜ!」

「じゃあ遠慮なくやらせてもらうか!」

「さっきの借りを返してやるぜ!」

「ガキが。ぶっ殺してやる!」


 嬉々とした様子で倒れている百貴に群がり、踏みつける


「……ぐぅ!!」


 更なる痛みが百貴を襲う。

 鉄板入りブーツでの踏みつけ。

 大の成人男性、しかも吸血鬼という化け物の足。

 アスファルトの道路を踏み砕かんばかりの勢い。

 ソレが全身を襲い掛かり、百貴を更に苦しめた。


 頭を、肩を、背中を、足を。

 何度も何度も何度も。

 子供であるはずの百貴を全力で踏みつけた。


「死ね死ね死ね! ガキの癖に俺らに逆らいやがって!!」

「よくもやりやがったな! 雑魚妖怪の癖に吸血鬼様に歯向かいやがって!!」

「鬼なんて古臭ぇ妖怪の癖に! 何時までも威張ってんじゃねえよ!」


 暴言を吐きながら蹴る。

 本気の形相で踏みつける。

 大の大人が、まだ十にもなってない子供相手に。


 流石の鬼でもここまでくれば一溜まりもない。

 頭から、鼻から。あらゆる部位から血が流れる。

 肩や腕や足が。あらゆる部位が青く腫れあがる。


「―――ぁ―――ぅぅ―――」


 既に百貴は虫の息。

 意識も思考も沈みかけ。

 身体はピクリとも動かない。

 このままでは死ぬ。誰もが気づいていながら辞めない。



 ガシッ!


 ……と思いきや、寸でで止められた。

 止めたのは虫の息だった百貴その人。

 彼は体中から血を流しながら、ふらついている腕で止めた。


「さ、流石は鬼だな! 生命力と頑丈さはゴキブリ以……おぉっ!」


 言い終える前に投げ飛ばされる部下その一。

 一瞬何をされたか分からなかったが、すぐさま自分が百貴によって投げられたことに気づいた。


「(あの体勢で、あの重傷で俺を投げた!? どんな体をしてるんだあの鬼は!?)」


 少し離れて見ていた佐久間は驚く。


 鬼が最強格の妖怪といっても決して無敵の化け物ではない。

 滅多にないが、ダメージを受けたら血も流すし骨も折れるし内臓も潰れる。

 もちろん、そんなボロボロになったら体力も落ちて普段のような怪力も使えない。

 だからおかしいのだ、あんなに血だらけの小鬼が大の大人を寝ころんだ状態で投げ飛ばすなんて。


「はッ、生きてやがったか死にぞこないのガキ鬼め!」

「よせお前ら! 様子がおかしいぞ!」


 再び踏みつけようとするを止めようとする佐久間。

 しかし遅かった。

 

「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!」」」


 吸血鬼たちの足が、鬼によって持っていかれた。

 血が滝の様に流れ、彼らの足元はあっという間に血の海へと早変わり。

 足を文字通り取られた吸血鬼たちは、その場で倒れのたうち回る。


「……それがお前の本当の姿なのか?」


 血飛沫が吹き荒れる中、佐久間は百貴の姿を見た。

 その変わり切った姿を。




「グルルゥアアアアアア嗚呼アア嗚呼ああああ!!!!」



 鬼に変化した醜い姿を。

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