第12話 初めての実戦


「ここに隠れてろ」


 ある程度逃げると、俺は少女を物陰に隠した。

 この子は一度吸血鬼を見て知ってしまった。

 このまま吸血鬼共を巻いても、顔を覚えられた以上アイツらは何処までも追ってくるだろう。

 だからここで潰す。


「・・・」


 ……やはり、最初の実戦は緊張するな。

 けど大丈夫だ。俺は今まで鍛えてきた。こんな木っ端妖怪共に負ける道理なんてない!


「へへッ。やっと観念したか」

「舐めた真似しやがって。クソガキ、テメエは痛い目見てもらうぜ」

「……」


 下品な顔で、ニヤニヤしながら言う吸血鬼共。

 ほら見ろ、あの間抜け面を。あんなのに緊張するなんてバカみたいじゃないか。

 俺の組手相手をしてくれた子たちの方が凛々しい顔つきに感じる。

 シャキッとしろ、練習通りにやるんだ。何も心配することはない。


「そんじゃあ行くぜ!」


 突然、男たちの姿が若干変化した。

 肌が灰色に変化し、牙と爪がより長く伸びる。

 目はさっきまでまだ人間らしさがあったが、今では怪物そのものだ。


 妖怪化。

 妖怪が自身の妖力を完全に使うために取る姿だ。

 どんな姿になるのかは妖怪によってそれぞれだが、傾向は種族によって大体同じだ。

 例えば俺たち鬼なら角の生えた化け物、吸血鬼なら蝙蝠のような翼の生えた異形だな。

 まあ、俺はまだ出来ないけど。


「(……その程度か)」


 俺はソレを冷めた目で見ていた。

 妖力は俺の半分。妖気の質からして、最近吸血鬼になったばかりの元人間っぽいな。

 これなら楽に勝てるだろう。鬼の力を使うまでもない。

 むしろさっきまでビビってた『僕』に対して怒りがわいてくる。


 俺は懐からメリケンサックを取り出し、両手に装備する。

 吸血鬼相手じゃ殴るだけでは意味ないからな。しっかり浄化しないと。


「しね…ぐぺッ!」


 一匹目の吸血鬼が嗤いながら襲い掛かってきた。

 右手の爪を俺に振り下ろす。俺はソレを半歩下がって回避。

 爪が地面につくと同時、殴ってくださいと言わんばかりに空いてるわき腹にボディブローを叩き込んだ。

 鈍い音と共に体がくの字に折れ曲がり、数メートルぐらい吹っ飛ぶ。


「な、このガキ……ぶへっ!」


 二匹目の吸血鬼が爪を振りかざす。

 爪が振り下ろされる前に懐に潜り込み、腹に右と左でワンツー。

 メリケンサック越しに伝わる肉を打ち、何かを潰す感触。

 こりゃ内臓やったな。


「ガキが、調子に乗るんじゃ…ぐぎゃあ!」


 爪を俺に振り下ろす三匹目。

 俺は引くことなく前進し、相手の掌を拳で横から弾くことで流した。

 弾かれたことで体が大きく開く。

 急所目掛けて俺は拳を突き上げた

 一瞬宙へと浮かび上がり、仰向けに倒れる吸血鬼。


「こ……このぉ!」


 仲間が三人やられて動揺した様子を見せながらも、四匹目が俺に飛び掛かる。

 俺はソレをしゃがみながら前進することで、相手の下に潜り込んで避ける。

 上を向けば、無防備にさらされている腹。

 俺は地面を蹴りながらアッパーを繰り出した。

 派手に回転しながら吹っ飛ぶ四匹目。


 これにて取り巻きは全て片付いた。次は本命だ。


「なめんじゃねえっ!!」


 五匹目が俺にに突進してきた。

 今の今まで手を出さなかったのは、手下を使って隙を作り出したかったのだろう。

 通常ならガキ相手にそんなことはしないだろうが、鬼は日本でも最強格を誇る妖怪だ。

 俺が鬼と気づいた時点で警戒していたのだろう。

 まあ、結局その作戦は失敗したようだが。


「うおおおっっ!」


 五匹目は連続して攻撃を繰り返す。

 頭突き、ストレート、フック、引っ掻き、前蹴り、踵落とし、更には金的や噛みつきまで。

 そのいずれも俺にヒットすることはなかった。それどころか掠りもしない。


「ぐがっ!」


 攻撃をいなされ、俺の右フックを喰らって仰け反る五匹目。

 どれだけ攻撃しても無駄だとようやく気付いたのか、五匹目は間合いを離しながら腰を低く落とす。


「(ガキ相手にタックルする気か。大人げないな)」


 タックルは単純な技だが、だからこそ強力な技になる。

 特に、五匹目みたいに体格がガッチリとした2mぐらいある大男なら。

 

「うおおおお!!」


 六匹目が動いた。

 低い体勢から右肩を突き出す形で俺へと突っ込んでいく。

 想像以上に速い、すごい迫力だ。まるで戦トラックが突っ込んでくるかのよう

 けど俺は逃げない。正面から迎え撃つ!


 ガツンッ!!


 勝ったのは俺の拳だった。


「――っ」


 突き立てた拳を引き抜くと、六匹目は口から泡のようなものが溢れさせて前のめりに崩れ落ちた。

 誰が見ても明らかなほどに勝負はついた。

 俺の勝ちだ。



「な、なんで回復しねえんだ……!」

「これのおかげだよ」


 俺は蹲って呟く吸血鬼の一匹にメリケンサックを見せびらかした。

 経文のような文字が刻まれている以外は普通のメリケンサックだが、これがとても重要な意味を持っている。


「俺は半妖だからな。こうして退魔用の道具を使えるんだ」


 退魔具。

 妖怪を祓うために退魔師などが使う特殊な道具。

 道具それ自体に妖怪を打ち倒す力が込められており、弱い妖怪なら近づけるだけで消滅する。

 要約すれば強めの魔除け道具といったところか。


 吸血鬼はこういった魔除けの道具に弱い。

 生命力は雑魚の部類でもバカ高いが、逆にこうした魔除けや退魔の力には他の妖怪と比べて滅法弱いのだ。


「よ、妖怪の癖に……ぎゅぺ!?」


 うざいので殴って黙らせる。

 知るかお前たちの理屈なんて。使えるもん使って何が悪いんだ。


「さて、どうするか……」


 蹲っている吸血鬼達を一通り見渡す。

 ダメージは受けているが死んだわけではない。すぐに回復して再び誰かを襲うだろう。

 こいつ等と遭遇し、人を襲っている現場を見てしまった以上、ほったらかしには出来ない。

 何かしらの手を使って二度と人間を襲えなくしなくては。でないと、次の犠牲者が出てしまう。


「……爺やあたりに報告して何とかしてもらうか」


 屋敷の誰かに俺が吸血鬼に襲われたと言えば、何か手を打ってくれるだろう。

 ただ、その場合は確実に抜け出したことで怒られるが。

 あ~あ、折角今までバレずにこっそりやってきたのに。

 これは今夜滅茶苦茶怒られるな。


「こ、このガキ……!」


 早速一匹目が回復して再び襲ってきた。

 流石は吸血鬼だ。少し殴った程度では倒れないか。

 仕方ない、今度は少し強めに殴る……。



 バンッ!



「!!?」


 突然のことだった。

 破裂音と共に、鋭い熱が背中から走った。

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