第11話 吸血鬼
「…ん?」
帰りの道中、小さな声が聞こえた。
「(何処だ? 何処から聞こえた?)」
俺は辺りを振り返る。
本当に小さな声だった。
消え入りそうなか細い声。まるで蚊が泣いてるかのようだ。
いつもなら無視するが、何故かその声が気になって、俺は周囲を軽く見渡す。
俺以外には誰もいない。
空耳だと思ったが、それでも気になるので、俺は目を閉じて耳を澄ませてみた。
鬼の力を解放することで、五感の範囲を広めることができる。
測ったことはないので正確な範囲は分からないが、世界記録を取れるレベルだと思う。だからこれで声の主もわかるはずだ。
『助けて!』
「!?」
俺は声のした方向に向かって走った。
その声は悲痛な叫び声、しかも女の子の声だった。
放っておけない。
『た、助け…きゃあ!?』
悲痛な声に痛みの声が混じった。急がなくては。
幸い声のした場所はそれほど遠くなかったし、今の俺ならすぐにたどり着ける。俺は構わずに声がしたであろう方向を目指した。
目の前の邪魔な塀を飛び越えると、そこは廃墟だった。
街の明かりで辛うじて見える程度であり、もう暗闇と言って良い。
だが俺の目は夜目が利く。多分見つけることができるだろう。
俺は廃墟に入って声の主を探す。
「……待て、なんであんなに声が小さかったんだ?」
ふと、俺は疑問を抱いた。
確かに声は小さかったが、何も人が聞こえなくなるほど離れていたわけではない。
それに、あの声はどこか違和感があった。
何かで遮られているかのような、妙な声……。
「助けて!」
そこまで考えていたら、小さな少女が廃墟から出てきた。
すごく慌てた様子だ。まるで何かから逃げているかのよう……。
「!? 危ない!」
「キャッ!?」
俺は咄嗟に少女を抱え、横へ転がる。
瞬間、廃墟の入り口から何かが飛んできた。
立ち上がりながら、投げられた物体を確認する。
スクラップだ。
俺の体程はある廃材の塊が飛んできたのだ。
あんなものに当たったらタダのケガでは済まされない。
良くて入院、最悪死んでいたぞ。
「あ~あ、なんで当たんねえのかな~?」
「!?」
廃墟の中から声がした。
若い声だ。おそらく二十代後半といったところか。
しかし、その声の主は人間ではなかった。
見た目はチャラい成人男性と変わりないが、赤い瞳と口元から見える鋭い牙がソレを否定している。
「……吸血鬼」
「へ~、俺の正体分かってるのか」
男―――吸血鬼は下衆な笑みを浮かべた。
吸血鬼。
文字通り血を啜る西洋の化け物。
常人を遙かに凌駕する怪力と特定の手段以外ではなかなか死なない生命力を持つ。
しかし日光や十字架に弱いという設定・・・だったと思う。
原作の設定はかなり緩く、例外やら設定を無視した展開やらが出てきている。だかあまり当てにならない。
いや、そんなことはどうでもいい。今重要なのはこの状況をどうするかだ。
「あん?お前このガキの姉弟……じゃ、ないな? 同胞……いや、鬼か?」
「………」
俺たち妖怪は人間の姿をしていても、妖力を感じることで相手がどの種族の妖怪か大体分かってしまう。
妖力は便利な道具というだけじゃない。こんな風に不利な情報を与えることもあるのだ。
「悪いけどこの子はあげられない。諦めろ」
震える女の子を安心させるよう抱きしめる。
可愛そうに、よっぽど怖い目にあったんだろう。
けど安心してくれ、俺が来た以上はすぐに帰れる。
こんな雑魚吸血鬼なんてすぐぶっ飛ばしてあげるから。
「ハァ~?テメエ状況分かってんのか? 嘗めた口ききやがって。それとも仲良く俺らのお楽しみになりてえのか? あ?」
「!?」
……あれ?なんでだ?
相手はどう見ても雑魚の吸血鬼。
半分だけとはいえ酒呑童子の血筋の俺の方が絶対強いはずだ。
なのに何故……。
「(なんで俺……震えてるんだ?)」
にらまれた瞬間、まるで蛇ににらまれた蛙のように、一瞬だけ身体が強張った。
大丈夫だ 落ち着け。
呼吸を整え、鈍ってきている思考を戻せ。
俺は強い。同年代の鬼も、大人の鬼も倒したじゃないか。
俺はもう前世の頃とは違う!!
「(……よし、覚悟は決まった)」
よし、ならまずは状況確認だ。
吸血鬼はおそらく6人。あの吸血鬼を以外にも、後ろや死角から俺に近付いてきている。
よし、どう動くかは決まった。後は実行するのみ。
「シッ!」
「へぶッ!?」
後ろから俺を羽交い絞めにしようとした吸血鬼をぶん殴る。
鬼の力を少し開放した拳。
子供特有の柔らかい拳でありながら、俺の突きは吸血鬼の顎を割った。
「なっ!?」
吸血鬼たちが驚いて隙が出た。
よし、今がチャンス!
「逃げるぞ!」
「え? ……っきゃ!?」
俺は少女を抱えてその場から逃げた。
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