第10話 お守り


 神社の境内。

 夕ぐれ時で空が茜色に染まる時間帯。

 山に帰る烏共がうるさく中、俺は桔梗と結花さんに見送られていた。


「今日もたくさん遊んだね!」

「ああ、だから明日もたくさん遊ぼう!」

「うん!」


 元気よく頷く桔梗。

 そんな彼女に俺はガラス玉の入ったお守りを渡した。


「桔梗、これを受け取ってくれ」

「? なにこれ?」

「これはお守りだ。もしお前やお前のお母さんがピンチになって、どうしても助からないならソレを壊してくれ。俺が駆け付ける」


 ガラスには妖術がかけられている。

 一つのガラス玉を割ると、もう一つのガラス玉も派手な音を立てて割れるという仕組みだ。

 家の妖怪たちに頼んで作った貰った特注品だ。

 たとえ結界で遮られてもこの術は使える。


「何よソレ? モモくんが私を守ってくれるの?」

「……」


 ニヤニヤとした顔で此方を見る桔梗。

 俺は気恥ずかしくなって顔を逸らした。


 今更ながら何だか恥ずかしくなった。

 けど耐えろ俺。これは必要なことなんだ。コイツを原作の流れから守るためにも。


「……モモ、私期待してるよ」


 急に、桔梗は顔を俯かせながら、何処か重苦しそうな声で言った。


「だってモモ強いもん。どんな相手でもモモなら絶対勝てるから!」



 彼女は、とびっきりの笑顔でそう言ってくれた。



「……!」


 不覚にも、俺はその笑顔にドキッとしてしまった。


 何をドキドキしてるんだ俺は。

 相手はまだ小学校低学年だぞ。前世は二十歳超えてるんだぞ。なのに何で興奮してるんだよ!?

 俺はロリコンじゃない。ボンキュッボンのナイスバディなお姉ちゃんが好みだ。だから落ち着け……!


 息を整えて気持ちを落ち着かせる。

 呼吸で自身の感情を切り替える。妖力を制御するために覚えたセルフコントロール法の一つだ。


「い、いらなかったら捨ててくれ……!」


 ……おい、全然コントロール出来てねえじゃねえか!

 声が震えて挙動もギクシャクしている。これでは気付かれるだろ!


「……フフッ! 嫌だよ~♪ ずっと大事に取っとくから」


 嬉しそうに笑う桔梗。

 少しからかわれているようで腹立つが、美少女のコイツがやると絵になる。 

 これだけであげた甲斐があると俺は思う。


「……じゃあ、また明日」

「うん、また明日!」


 こうして俺は階段を降りて神社を後にした。


 桔梗に会った翌日から、俺は結界の抜け穴を選んでいる。

 あの時は桔梗が俺たち側の子供だったから誤魔化す必要はなかったが、もし一般人にでも見られたら一大事だ。

 なので一般人に見つからない場所に抜け出す穴を使ってこっち側に来ている。


「(守る……か)」


 階段を踏みしめながら考える。


 俺には力がある。

 この肉体のスペックは優秀だ。前世のようにノロマで物覚えが悪い『僕』とは違う。

 教えられてきたことをスポンジのように吸収し、鍛えれば鍛える程メキメキと成長した。

 けど、それでも不安なのだ。


 俺はまだ実戦を経験してない。

 組手は屋敷の子鬼たちや竹雄さんとやってきたが、それらはおそらく実戦とは程遠いだろう。

 なんていうか、皆俺がひどいけがはしないように加減してくれているのだ。

 そんな状態で、本当に実戦で戦えるのか? 筋トレして力を付けていながら、ヤンキーに恫喝されたら何もできなかった『僕』が……。


 チラリと、階段の上を見る。

 そこにはまだ手を振っている桔梗がいた。


「……やるんだよ、俺が」


 そうだ、やるんだ。

 だから弱音なんて吐いてる場合じゃねえんだよ、俺。

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