第7話 湯冷めするだろ!

「あ~もう竹雄さん容赦ねえな……」


 組手でボコられた俺は、ぼやきながら風呂に入った。


 高級感のする檜の風呂。

 木材独特の良い香りが鼻腔に充満し、癒しを与えてくれる。

 湯加減もいい感じだ。肩まで浸かるとボコられた傷が一瞬で癒えるように感じる。


「仕方ねえさ、坊ちゃんは強かったけどな、俺は近衛兵の隊長だぜ? 易々と一本取らせねえよ」

「……そりゃそっか」


 朱天家のお偉いさんやその関係者を守る職業なのだ。そりゃ強いに決まってる。


「けど、一つアドバイスするなら……坊ちゃんはまだ妖力を使いこなしてないってとこか?」


 妖力。

 妖怪や妖などが持つ特殊なエネルギー。

 コレを使う事で通常の物理法則ではありえないような事象を可能に出来る。

 妖力で出来ることは様々だ。

 例えば直接妖力をぶつけることで破壊力にしたり、妖力を纏って身体能力を上げたり、妖力を熱エネルギーに変換して炎を出したりと。

 ラノベで言う魔力とあんま変わりないと思ってくれ。


「坊ちゃんは妖力のコントロールがまだちょっと曖昧なんだよな。発散や強化は出来るけど、どんな風に出すかとか、どんな感じに強化するとか」

「ん?どう違うんだ?」

「あ~、言って通じるもんじゃねえけど……」


 ザバァンとお湯から上がる竹雄さん。

 鍛え抜かれた肉体からお湯が滴る。

 こういうのをいい男っていうのか?


「妖力を出すだけでもやり方が大分違うんだ。例えば切るってこと集中すると……」


 竹雄さんが手刀に妖力を纏って湯船のお湯を切る。

 瞬間、お湯がモーゼの海開きのように割れた。

 文字通りの意味だ。

 一瞬で元に戻ったが確かに割れた。


「………」


 俺は言葉を失った。

 だってそうだろ、マジで水を切ったんだぜ?

 形のない液体をどうやって切るという物理的な行為で割るんだよ!?


「じゃ、次は破裂っていう感じだな」


 竹雄さんが妖力を纏った掌打を湯船のお湯に叩きつける。

 瞬間、お湯が爆せた。

 文字通りの意味だ。

 一瞬でお湯が蒸気になったかのように風呂場全体に拡がり、一部だけお湯が戻る。

 なんかめっちゃ冷“さ”めてる。正直冷たい。


「と、こんな風に使えるってことだ」

「無理に決まってるだろ」


 俺は即答した。


 確かに妖力は物理法則を無視した現象を再現できるが、だからといって何でも無制限に出来るわけじゃない。

 デカい現象ならデカい程、現実離れした現象なら離れる程に消費する妖力や必要な技術は上がってくる。

 何でもかんでも簡単に出来るわけじゃないのだ。


「ま、焦る必要はねえぜ。坊ちゃんは天才だ。俺なんてすぐに抜いちまうよ」

「……」


 くしゃくしゃと乱暴に俺の頭を撫です竹雄さん。

 何か照れ臭いけど、ソレが悪いとは特に感じなかった。

 けど、一つ言わせてもらうなら……。


「(俺は、天才なんかじゃねえよ)」


 俺は転生者だ。

 人生二度目で前世の正解を丸々写しているだけ。

 しかもその正解も何十年も生きてやっと見つけた後出しみたいなものだ。


 俺は天才なんかじゃない。

 ただ前世という下駄を履かせてもらっているだけ。

 だから天才に見えて当たり前なんだ。


「……何をしておる、竹雄?」


 ガラッと風呂場の戸を開けて爺やが竹雄さんを睨んできた。


「げ!? お、親父!? 何でいきなり風呂場にいやがんだよ!? ノックとか声掛けはどうした!?」

「坊ちゃまが遅いから様子を見に来ておれば、脱衣場から水気が弾かれるような音がしてな、慌てて見に来たのじゃよ。……それで、これはどういうことじゃ?」


 瞬間、爺やから凄まじいオーラが溢れた。

 すごい圧だ。

 妖気とはまた別の気。それに気圧されたのか、竹雄さんは黙ってしまった。


「竹雄、坊ちゃんの湯浴びを手伝うとか言っておきながらなんじゃコレは? 坊ちゃまが風邪をひいたらどうするんじゃ?」

「あ~いや~……これは妖力の使い方のレクチャーであって……」

「……」

「ああもう面倒くせえ!」


 突然竹雄さんは窓から飛び出していった。……フリチンで。


「待て竹雄! 裸で風呂場から出るじゃない!!」


 爺やも窓から竹雄さんを追う。

 俺はソレを黙って見届けた。


「……毎度毎度懲りねえな、あの親子」


 本当に面白い親子だ。

 チャランポランな竹雄さんに、無駄に過保護な竹蔵爺や。


 さ、風呂から上がるか。湯冷めする。

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