序章1 ビギンズオーガ

第4話 鬼の子


 とある森の中、一人の幼児が走り回っていた。

 年はおそらく五歳くらい。

 黒髪黒目の、どこにでもいる子供。

 その子は原付並みのスピードで走っていた。


 碌に手入れもされてないデコボコした道。

 木の根や石によって獣道にすらなってない。

 猪や鹿もこんな道はまず通らないだろう。

 そんな悪路を幼児は難なく凄まじい走力で走り抜ける。


 ガチャンッ!


 その子は縄に引っかかった。

 いや、わざと引っかかった。

 ほぼ同時に上から落石。

 子供程の大きさがある石が幼児に降りかかる。

 その子は拳を上に突き上げることで石を破壊した。


 年相応の小さな手。

 子供特有の柔らかく、細枝のように非力な腕。 

 殴り合いをしても『ふにっ』とした擬音が出てきそうな、無害そうな掌。

 そんな拳が大きな石を壊した。


 パンパンパンッ!


 今度は突然石が何処かから飛んできた。

 一つ一つがプロの野球選手のような剛速球。

 撃ち出される度に空気を切る音が、硬いものが飛ぶ音が鼓膜を震わせる。

 その子は石を避け、時には拳で弾き飛ばす。


 ゴロンゴロンゴロン!


 今度は岩が転がってきた。

 子供一人どころか、大人ですら簡単に潰せるサイズの岩。

 それが猛スピードでその子に襲い掛かる。


 今度はダメだ。

 少し速い石礫を弾く程度では、少し大きい石を壊す程度では止められない。

 あんなものをまともに受けられるはずがない。


「……妖気、解放」

 

 ポツリとその子はつぶやく。

 途端、その子は赤い靄のようなもの―――オーラのようなものが漏れ出た。


 朱色に近い、ゆらゆらと揺れるエネルギー。

 ソレはその子に纏わり付き、肉体に変化を与える。


 黒から赤く染まる髪、鋭い爪と牙、頭から生える鹿のような角。

 主がまだ幼いせいか、小鹿バンビが少し成長した程度の長さ。

 しかし、それで十分だ。


「闘技」


 その子―――子鬼は身体を一旦小さく丸め込んだ後……。 


「梅枝」


 槍のごとく拳を突き出して岩を破壊した。


 派手な音と共に崩れる岩。

 爆発音のような破壊音が森中に響き渡り、驚いた鳥や小動物たちが一斉に逃走。

 砂埃が舞い上がり、小鬼の姿を隠す。


「……こんなものか」


 土埃が晴れる。

 小鬼―――朱天百貴しゅてんももきは、手に付いた砂を払いながら不満そうな顔をした。








 あれから五年、やっと俺に名前が付けられた。


 朱天百貴(しゅてんももき)。

 屋敷に一度だけ訪れた和風美女―――今世の母親に付けられました。

 父親は既に亡くなったようなので、親は彼女だけ。

 一応姉がいるようだけど、俺はまだ会ったことがない。

 冷たい家族だな!


 今世の俺の家はかなりお金持ちだ。

 歴史もかなり古くから続いている由緒正しい家系であり、名前を聞けば大半が『ああ、あの鬼ね!』と納得する程の有名人ならぬ有名鬼だ。



 酒呑童子の家系だ。



 もう一度言う。俺は酒呑童子の孫だ。

 鬼の中でもかなりのビッグネーム。

 日本三大悪妖怪にも数えられることがある、由緒正しい悪鬼の家系だ。


 それを聞いて俺は興奮半分、恐怖半分だった。

 あのビッグネームである酒呑童子の子孫に生まれたことは興奮したが、悪鬼であることは変わりはない。なので人を喰わなくてはならないのかという不安があった。

 しかし、どうやら人を喰ったり悪さをしていたのは初代だけらしく、次代からはそういったことはしてないらしい。

 そして、今時の鬼は人を食わず、人食いの鬼は時代遅れとバカにされているようだ。


 以上のことを聞いて俺の恐怖はなくなり、一気に興奮した。

 鬼に転生、しかも代表格である酒呑童子の孫に生まれ変わったのだ。

 事実、酒呑童子の遺伝子はしっかりと俺に刻まれ、効果を発揮している。


 小さな体に釣り合わない超パワーと超スピード。

 どれだけ力を振るおうが車に轢かれようが倒れないタフネス。

 少し休むだけで体力も傷もダメージすぐに再生させる並外れた回復力。


 角を出さない状態でも十分その力は活動している。

 そこら辺の雑魚鬼なら、角なしでも五歳児鬼の体で十分対処できると思う。



 ただ問題が一つだけある。



「(けど、踏み台キャラなんだよな……)」


 それは、ここがおそらくラノベの世界で、俺は踏み台キャラの可能性があるということだ。

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