第3話 いざない

 帰ってきた俺はリブラたちと今後の方針について話していた。


 クロエさんという戦力がいてくれる以上、夏休みの間にすべての決着をつけるべきだ。あとの二人にも後々協力を依頼するとして、今後の動きを固めようとしていた。




「璃子については保留として、私たち全員がそろえばガイアとも戦えるでしょう」


「あとは花咲がどう動くか、だな」




 あの夜の最後にコマンダーとほぼ同時に現れた少女、花咲心。


 彼女とはあの日以降一度も会っていない。もともと連絡先を知らないし、彼女は行動を控えるような口ぶりをしていた。おそらくこの夏休み中に再会するのはない気がする。




『え、それしんど・・・もうちょっとさぁ・・・』






「? リブラ、今何か言ったか?」


「え、いえ特に何も」




 別に疲労がたまっているわけではないのだが、幻聴が聞こえるというのはそれなりに怖い。もしかしたら知らず知らずのうちに疲労をためていたのかもしれない。今夜は早く寝ようと密かに心に誓う。






『えぇ・・・もうちょっと、ほら、サービスを・・・』






「やっぱり何か聞こえるんだけど!」


「おぅ、どうしました蓮さん?」




 俺のことを不思議がる二人。まあこんな昼間から発狂してたらそりゃ不気味がられるわな。




「いや、さっきからさ、何か幻聴が・・・」


「・・・疲れてるんじゃないですか?」




 さっき俺が思ったことを繰り返し言うクロエさん。だがリブラは少しだけ目を細める。




「もしかしたら先日の戦いの反動かもしれませんね。私たちの中で最も無理をしたのはレンです。その疲労が今になって出てきたのかも」




 確かにあり得る話ではあった。あの戦い以前に、俺は一度バッドエンドを迎え死んでいる。奇跡的にこの世界線に帰っては来れたものの、あの時知らず知らずのうちに大きな力を消耗したのかもしれない。




 一度死んで生き返った直後に狂った璃子と全力の戦闘。よく考えれば疲れていない方がおかしい。




「とりあえず今夜は早めに休むよ。そうだ、夕飯のリクエストはあるか?」


「はい! またこの前の、えっと、かれーらいす? が食べたいです!」


「はいはい・・・」




 クロエさんは俺の料理をすっかり気に入ってくれたようだ。そしてそれを微笑ましそうに見守るリブラ。きっと向こうの世界では常日頃から厳しい訓練が課せられているのであろう。なら、こちらの世界で休暇を取っている間だけでも羽を伸ばしてほしい。




「それじゃ、もう少ししたら作り始めるよ」


「はい! 期待しています」




 目をキラキラ輝かせるクロエさんに、俺は心が温かくなるのだった。






   ※






 ???視点




「はあ、やっぱり駄目だったなぁ」




 何度目になるかわからない要望を思いっきり却下された少女は、涙ぐむのをこらえうなだれるように隠れ家のベッドに顔を埋め込む。やはり事態は何も進展しない。何かしらのアクションを起こさなければだめだ。




「とはいっても、やれることは全部やったんだよね・・・」




 少女はこの世界に来てからというもの、世界へ早く順応するために様々な行動を起こした。おかげで近くにある町の人とは仲良くなったしこの世界のルールをだいぶ知ることができた。しかし、今やその町からも追われる身。


 いくらここが現実世界ではないとはいえ、このままじゃ鬱を発症してしまう。わずかながらではあるが、少女の心はじりじりと消耗していた。




「せめて、誰かの助けがあれば・・・」




 もし戦える人が一人でも少女のことを助けてくれるのであれば話はだいぶ違ってくる。目の前にあるほとんどの問題を解決できてしまうのだから。




 そう、この前の彼みたいに・・・




「ないものねだりはしょうがない。ボクはボクにできることをやらないと」




 だが八方塞がり寸前。このままではこの世界で追われながら現実世界での寿命が途切れるまで過ごさなければいけない。さすがにそれは遠慮願いたいところだ。




「早くを見つけて、この世界から出る鍵を得る。そうすればあのクソ蛇も納得するでしょ。はぁ、どちらにしろリスクを冒さなきゃだめだよねぇ」




 こうなってしまった以上、若干予定に変更を加えるしかない。戦力には不安しかない(というかほとんど戦えない)が、これ以上自体が好転することもなさそうだ。それならば、限界までチャレンジするしか少女に方法は残っていない。




 そして少女は部屋の隅にかけられていた顔を隠すためのフードをかぶり、再び外へと繰り出そうと準備を始める。




「もう顔はバレちゃってるし、この世界じゃ髪を切っても意味ないからなぁ。あーあ、もっとおしゃれしたいなぁ」




 少女がそう呟くのはこの世界の不思議な現象にある。




 この世界では見た目を変えることができない。髪を切ったり爪を切ったりしても次の瞬間には元通り。この世界では自身の肉体を変化させることが不可能。自身の身に着ける服などは問題ないのだが、この少女におしゃれな服をそろえられるほどの資金力はない。


 さらに、この世界では食事という概念がない。少女も時折空腹感を感じることはあるがそれだけで、絶対に餓死することはない。この世界では、食事をとる必要性がないのだ。何せここは・・・




「まあいいや。まずはいつも通り南の町を目指そう。もう衛兵たちもいないだろうし、装備は最低限でいいかな」




 そんなことを呟きつつ、あっという間に身支度を整える少女。食料や服を持たなくていい分荷物は軽いのだが、それだけに不安になってしまう。




 毎回のお出かけが命懸け。そんな経験をする少女など地球上を数えてもほとんどいないだろうなと少女は考えてしまう。




 今回も、無事に帰ってこられるだろうか・・・




「ま、もし無理だったら異能力を使うだけだけど」




 そう言って少女は隠れ家を飛び出す。そして先ほどの花畑をゆっくりとした足取りで進む。ここにいる化け物たちは本来臆病で静かに通る分には襲ってこない。それに先ほど大量の獲物を捕らえたためか、満足してぐっすり眠りこけている個体もいた。




(まずは悪夢を見つけないと。そして、それをとらえることができたら・・・)




 これから行くのは敵だらけの町。知り合いもいるにはいるが、今はほとんどが敵と考えていいだろう。それだけに、気を引き締めなければいけない。強い緊張感を秘めて歩いているうちに、ついに町を覆う城壁の前までたどり着いてしまう。


 ここからは、一つのミスも許されない。




「よし、あとはいつもの抜け道を使って・・・」




 少女がこれからの戦略を脳内で思い描いていた時、目の端でキラリと光るものをとらえる。




「ん? あれは・・・」




 その輝きははるか上空から発せられていた。今はまだ明るい時間帯。流れ星のような何かが煌めきながら地面へと落ちている。




(あの方角、花畑近くの森ね)




 もしかしたら隕石か何かが落ちてきたのかもしれない。




 少女はそう考えるがそれは本来あり得ないことだった。この世界に隕石なんて概念はないし、今までそんな現象は一度も起こっていない。




 少女は町の中へ潜入する緊張感も相まって、のことになどすぐに頭の端から追いやってしまった。それに調査団が派遣される場合この町の警備は薄くなる。どちらにしろ少女にいいことずくめだったからだ。動くならばどちらにしろ今しかない。




 まあ落ちてしまった隕石? が周囲にどのような影響を及ぼしているかは少し気になるため帰り道に調査することを密かに決めて、少女はいつも通り町の中へと潜入した。


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