第4話 夢幻の導入
心地の良い感覚がする。まるで何かに包まれているようだ。
一度来たことがあるような懐かしい感覚とともに、優しい誰かに抱きしめられている気がする。
生命力が集っているのか、俺という存在がどんどん高位な存在になっていくような感覚だ。そして誰かが申し訳なく俺に謝っているような気がするのだ。
『ごめんね・・・」
その言葉に、俺は・・・
※
「ん・・・あれ?」
いつもとは違う感覚に包まれて俺は体を起こす。手にはベッドの布とは違うふさふさした触感が伝わってくる。
「・・・え?」
まぶしい日差しに視力を奪われかけるが、腕で影を作って周りを見渡した俺は言葉を失い驚愕する。
俺は、見たこともない草原のど真ん中で寝転がっていた。
「はっ、ちょ、ここどこだよ!?」
俺はつい先ほどまで自宅のソファーで横になっていたはず。クロエさんの要望で作ったカレーをみんなで食べて、猛烈な眠気に襲われたのだ。リブラの提案でソファーで横になっていた俺はいつのまにか寝ていた。
そして気が付けば、見知らぬところに放り出されていたとでもいうのか。
「リブラがこんなことするはずない。クロエさんならできるかもしれないけど理由もないし・・・」
クロエさんの異能力で俺を見ず知らずのところに運ぶことは可能だが、彼女にそんなことをする動機はない。仮にそうだとしてもリブラが必ず止めるはずだ。
するとこれは夢か?
「こ、こんなのが現実のわけないよな・・・ん?」
この場所を俺の夢の中だと決定すると、甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。爽やかでとてもいい匂いだ。
「これは・・・薔薇? いや、ラベンダー?」
あまり花に詳しくない俺だが、いろいろな香りが混ざっているというのだけは分かる。香りの癖が強い二つの花だが、そのどちらともいえない不思議な香りがどこからか漂ってきている。
「特にできることもないし、少し歩いてみるか」
そう決めた俺はようやく体を起こして立ち上がる。心なしかいつもより体が軽い気がする。服には土もついておらず、特にどこかを怪我している様子もない。
わずかな安心感とともに俺は草原をゆっくり進む。ついでに周りをよく観察してみることにした。
「あれは、木か?」
途方もない大きさの大樹が少し離れた場所にそびえ立っていた。しかも白い何かが巻き付いているような・・・
「空や月も、俺が知ってる月じゃないし」
まるで夕方のような空色に、雪のように真っ白な月が浮かんでいる。俺が先ほどまぶしいと感じたのは真っ白な月が放つ光線のようだ。少なくとも、地球のものと色味が違う。
「もしかして異世界・・・だったりしてな」
そんな可能性を抱いてしまい、俺は少し不安になる。もし異世界で一人放り出されてしまってはさすがに生き延びられる自信がない。この場所はまだ安全そうだが、仮に敵がいた場合は逃げ場もなくおしまいだ。
それに思い至り、俺は自分の行動があっているのか不安になる。だがその不安も目の前の光景で吹き飛んでしまった。
「おおーーーーめっちゃ綺麗」
俺の目の前には色とりどりの花畑が広がっていた。基本の色はもちろん、茶色や緑など、花の色としては珍しいものまでちらほら咲き乱れている。
どうやらここは、様々な品種の花が群がる群生地帯のようだ。
「道理でいろんな匂いがするわけだ」
目の前の光景を見て俺は一人納得してしまう。何故これだけの品種の花が咲いているのは疑問だが、そんなことは棚に上げてしまえるほど目の前の光景は幻想的だ。
「ん?」
一瞬だが、目の前で緑色の何かが横切るのが見えた。特に誰かがいる気配もないので油断していたが、ここはどこかもわからない未知の場所だ。俺は改めて警戒を強める。
だが警戒するのが馬鹿らしくなるくらい幻想的な場所だ。気配感知をしても特に人の気配はしないし、襲い掛かられることもない。
「気のせいか?」
異能力が扱えるようになって五感がさえわたっていた俺だが、今まで感覚で間違っていたことは少ない。杞憂であってくれればいいのだが、一歩進むごとに警戒を怠らないように気を付けて進む。
「人もいないし、大きな木が遠くにあるだけ。夢にしては絶望的な状況だな」
自分が置かれた状況についつい笑ってしまう。これといった目的もなく彷徨うゲームなんてマイ〇クラフトくらいだと思っていた俺だが、実際にこういう状況に置かれると何をすればいいのかよくわからない。配信者の実況を見ておくべきだったかなと少し後悔する。
「とりあえずここには何もなさそうだから移動を・・・」
名残惜しいがこの場所に見切りをつけすぐさま移動を再開しようとする。だが視界の端に、決して見逃せないものをとらえてしまった。
「・・・?」
少し離れた場所にある数輪の花。その白い花弁には真っ赤な模様がついていた。最初は独自の模様かと思ったが、やけに生々しい印象を与えられる。それによく匂いをかいでみれば、花のにおいに混じってわずかに鉄のにおいがする。
これは・・・まさか
「・・・」
俺は考えるのをすぐにやめて直ちにこの場所を離れようとする。しかし俺が危機感を感じた時にはすでに遅かった。
地面からもぞもぞと、何かが蠢き隆起する。足元には幾重にも張り巡らされたツタが俺の足を絡めようとしてくる。
「っ!?」
俺は咄嗟に後ろへ跳躍し、何とか最悪の事態を回避する。だが、逃げる方向を完全に間違えた。
『ギギギ』
カチカチ。
金属が擦れるような耳障りな音とともに、大きな影が俺の後ろに立っていた。後ろが確認できないが、そこにいるのは間違いなく俺にとって脅威的な存在だろう。
『
俺がやったのは背後を振り返ることでも悲鳴を上げることでもない。できるだけ早く異能力を発動することだ。
これは直感だった。もし背後を振り返ってから行動しようものなら手遅れになる。今までの戦闘で培った経験といまだにそこが知れない第六感が俺にそう囁いたのだ。
その判断は、功を奏したと言えるだろう。俺は必死だったのでその瞬間を見ることができなかったが、後ろでは化け物が俺の首を引きちぎろうと口を大きく開き嚙みつこうとする瞬間だった。俺はそれを奇跡的に回避する。
(な、何かよくわからないけど助かった?)
だが安堵したのも一瞬で、俺はようやく敵の姿を視界にとらえる。
「なっ・・・」
俺の目の前にいたのは花の姿をした化け物だった。本来受粉をする花柱の部分は獰猛な口になっており、ギザギザとした歯がギラリと光っていた。しかも腕のようにツタが伸びており、俺のことを捕らえようとうねうね近づいてくる。厄介なのは、目の見える部分だけではない。
(足元にもツタを伸ばしてきやがるな?)
あの体からいったいどれだけの数のツタが伸びているのかわからない。だが、そのすべてが俺のことを狙っていた。
(けど一体だけならどうにかなる。早くこの場から離脱を・・・)
俺は先手を取るためにすぐ行動に移そうとするが、思わず固まってしまう。本来戦闘中に動けなくなるのは自らの命を捨てるにも等しい行為だ。だが、それをわかったうえで硬直してしまった。
モゾモゾ、ゾゾゾ・・・
俺の後ろ、横、斜め。数えきれない無数の場所から、命が芽吹く音がする。そしてそのすべてが、俺を捕らえると同時に見たくもない牙を見せるのだ。
「・・・うそだ」
気づけば俺は、花の化け物に囲まれていた。
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