第2話 彼方からの声

 ここ最近はうざったらしいほどの晴天が続いていたが、今日は珍しく曇りだ。こんな天気の日は人通りも減っていくという統計データがあったが、それに反するようにかなりの人が外出しているようだった。


 普段はクーラーが効いた部屋に閉じこもっている俺だが、ここ最近は深夜に出歩くことが多かったために、少し新鮮な気分だ。




 そんな中、俺は自転車に乗って一人町の中を走っていた。目的地は学校。どうやら復旧作業が終盤に差し掛かっているようなので、一度見ておこうと思ったのだ。




 ウィッチとの戦いで激しく燃えた校舎は、あの日を境に立ち入り禁止となっている。


 学校に用事がある生徒は仮校舎の方へ足を運ぶことになっており、きっと遊香先輩も何度かそこを訪れているのだろうと勝手に思いを馳せる。




 もはや懐かしくなりかけている通学路を十分ほど自転車で漕ぐと、学校へはすぐについた。




(ふーん、わりと進んでるな)




 俺の予測では夏休み中の復旧は無謀だと思っていたのだが、現場の人間の努力もあってかぱっと見以前と変わらないように見える。




 しかしまだ内装は整っておらず、天井が焼けこげ穴が開いているところもちらほら見受けられた。しかし夏休みはまだまだある。あのペースなら本当に夏休み中の復旧が実現するかもしれない。




(日本の建築技術ってあそこまで進んでたんだな)




 知らない分野の発展に感心しながら、俺はその場を後にする。目的は果たしたしこれ以上ここにいる意味はない。それにこれからクロエさんに任せっきりになってしまった買い物に出かけるのだ。


 居候だからと何かと家事を(リブラよりも)手伝ってくれるようになったが、最近はそれに甘えすぎだと個人的に悩んでいた。だからクロエさんの申し出を断って俺が久しぶりの買い物に繰り出したのだ。


 本人は不満げな表情をしていたが、俺が甘えてしまうので良くないと押し切った。こうなったのにはいくつか理由がある。


 先日こっそりお菓子を買っていたことがリブラにばれてめちゃくちゃ怒られていたのだ。俺的には全然いいのだが、結構深い反省をしていたクロエさん。あの出来事がクロエさんの家政婦魂に火をつけたのかもしれない。


というかクロエさん、意外と甘党なんだな。あの手のチョコレートは甘すぎて俺の口には合わないし。




「さてと、とっとと済ませちゃいますかね」




くだらないことを考えながら、俺は行きつけのスーパーに足を運ぶためもと来た道を自転車で漕ぐ。何人か制服姿の生徒が学校に向かっていた。恐らく三年生で進路関係のため登校してきた人たちなのだろう。




(毎日ご苦労だよな)




 俺も来年はああなるのかな。


 そんなことを考えながら俺はぼんやりと思考に入り浸る。今度遊香先輩夕のことをねぎらってあげよう。


 ついでに先ほど家でこっぴどく叱られしょんぼりしたクロエさんに何かお菓子を買ってあげてもいいかなと思いながら、俺は曇り空を見上げた。
















「・・・はぁ」




 小さなため息が聞こえてきたが、俺がそれに気づくことはなかった。




 だって、本当に聞こえなかったのだから。






   ※






 ???




「ふい~っ、何とか助かったぁ」




 疲れ切った表情でソファーに腰を下ろす少女は大きな安堵感に包まれていた。実際に何度も死ぬような経験をしてここに帰ってきたのだ。というか数度ほど、ここに帰ってくるのをあきらめかけていた。




「ま、諦めるのはガラじゃないからね」




 しかし隠れ家に帰った彼女は先ほどの焦り切った表情と裏腹に、完全に安心しきっていた。今襲われたら無防備なことこの上ないのだが、この場所が襲われることはないと少女が確信しているからできることだった。




「にしても、まさかこんなことになるなんて・・・やっぱり異能力は自重しないとだめなのかな」




 この少女が追われているのには訳がある。少女がいるこの場所では、異能力が厳しく管理されている。異能力者が少ないこの場所で、その存在は脅威となりえるからだ。少女はこの国の出身というわけではないので、もし捕まってしまえばどんな目にあわされるかわからない。それもこれも先日の出来事のせいだ。




「・・・だって、ほっとけないじゃん」




 この少女はつい先日、この世界に迷い込んでしまった少年を助けたのだ。結果的に少年は助かったものの、そのせいで自身が異能力者であるということが露呈してしまった。今までうまく隠し通せていたのだが、あれだけ大規模な異能力が感知されないはずがなかった。


 そしてその日から、少女は追われる身になってしまったのだ。




「さすがにこのままじゃ、いつか捕まっちゃう」




 少女の異能力は戦闘向きではない。先ほど追手を振り切れたのは少女自身の運動神経が優れていたことと、地形などの運に助けられたことだ。追手として来た人たちは花の化け物の餌食になっていることだろう。




「せめて何か、この世界が変わるきっかけがあれば」




 祈ったところでその想いが届くことはない。だってこの世界は行き止まりの世界。どこへ行くこともできないし、夢や希望などを持つことも禁止されている。ただ質素に、この世界で存在が消えるまで暮らすしかないのだ。




「また、お願いしに行ってみようかな」




 隠れ家に帰ってきたばかりの少女は再び家の外へ出るための準備をする。ここから向かう場所は追手が来る心配はない。何せ国の決まりで立ち入りが禁止されている場所だからだ。この国に住む人にとっては強い戒めとなるのだが、国どころか世界が違う少女にとってそんなものは何の障害にもならない。




 そして少女は支度を整えると、振り返って何もない隠れ家を見渡す。




 ここに来てから既に三年が経過している。あの時から、少女はこの世界を何も変えられていない。少女自身も何も変われていない。だがつい先日変化が起きた。




「この世界に迷い込んだ彼・・・迷い込むことができるなら、出ることだってできるはず」




 その実験の意味も含めて、少女はあの少年に自身の異能力を使ったのだ。そしてこの世界から出られることが実際に証明された。あとはピースさえそろえることができれば、少女自身もこの世界を脱出することができる。




 この世界からの脱出




 この世界に迷い込んだ時から決めていた大きな目標だったが、先日やっと希望が見えた。だがそれも強大な存在によって拒まれ、少女はこの世界にとどまり続けている。今から行くのはその強大な存在のところ。




「・・・はぁ」




 思わず少女はため息をついてしまう。誰かに聞かれたら注意されるレベルだろうが、幸い今は一人だ。だが今後のことを思うとつい気力が下がってしまう。




 あのはとんでもなく頭でっかちだ。今まで何度もそれに悩まされたし、今日になって急に意見を変えるような奴でもない。


 しかしこの世界を出るにあたり避けては通れない道だ。なら何度だって説き伏せに行くまで。




 もう何度目になるかわからない参拝をするために、一息ついてドアノブに手をかける。




「ま、ボクも頑張ってみるさ、レン君」




 そうして少女は覚悟を決めて隠れ家を後にする。目元まで隠れるフードをかぶり、すっかり犯罪者のような格好だ。




 だが少女は絶対に諦めない。この世界から出ることを心に決め着実な一歩を歩き出す。




「ボクも頑張るよ、おねーちゃん」


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