第33話 金色の輝き


 バタリ、バタリ。




俺のすぐ近くで人が倒れる音がした。目の前ではつい先ほどまで俺のことを殺そうとしていたオセロが、隣では膝をついていたリブラがうつ伏せになって倒れていた。


そして俺は、その光景を地面に這いつくばりながら見ていた。




(なんだよ・・・これっ!?)




 起き上がろうと体を動かすが、うまく体が動いてくれない。俺のことを拘束していた影の腕たちはすでに消えており、俺は自由の身になったはずなのだ。それなのに、体が言うことを聞かない。心なしか、体中がピリピリする。




「やっぱり来てよかったなっ。あんなこと言ってたのにみんな倒れちゃってるんだからぁ。これってあたしのおかげだね、ねっ。エヘヘッ、あたしってアガペーの化身?」




「・・・・・・・え?」




 聞こえるはずのない、この場にいるわけがない人物の声が聞こえてきた。そんな馬鹿なと思いつつ、俺は必死にあいつのことを探す。




 あいつは神社の賽銭箱の上に座っていた。その表情は純朴な子供のようにニコニコで、まるで穢れを知らない女の子だ。




「な・・ぜ、ど・・・じて、がの、じょ・・・が」




 呂律が回らないのか、リブラは体を痙攣させながらそう呟いていた。オセロも戸惑っているのか、俺たちと同じように声の主をじっと見ていた。


 すると彼女はリブラが喋っているのに気づいたのかすっと目を細める。




「え? そんなの蓮が心配だからに決まってるでしょ? もう、蓮ってばいっっっつも危ないことしてるし・・・あたしが一緒にいなくちゃダメだよね?」


「り・・・」




 俺はすぐに喋ろうとするが、全く呂律が回らない。あいつはさっき、何をした?




 混沌が極まる中、オセロが一人立ち上がった。影の鎧をまとっていたオセロは俺たちほど影響を受けていないらしい。しかし、オセロの体もわずかに痙攣していたのを俺は見逃さなかった。




『貴様、何者だ?』


「え、ていうかあんたこそ誰? もしかして蓮の敵なの? それならあたしが蓮を助けてあげなくちゃね、ウフフフフ」




 な、に言ってるんだよ。はやく、逃げろ。




 俺はその言葉を口にできない。何とか腕を動かすことはできるものの、口をうまく動かせない。まだ起き上がるのには時間がかかりそうだ。




『まあ貴様が誰であれ、吾輩の邪魔をするのであれば消す』




 そう言ってオセロは影の手を作り始めた。攻撃するつもりなのが一目瞭然だ。だがあいつは逃げるどころか焦りもせず、ひたすら笑顔を貫いている。


 俺はこの時、焦りよりも恐怖を感じていた。




「もうっ、異世界の人って野蛮なの? あたしのことが大好きなの? うーん、それならさ、あたしのことが好きならさ、きっとこの想いを、あたしの八つ当たりを、受け止めてくれるよね?」




 あいつは賽銭箱からようやく降り、オセロの方へとゆっくり歩いてきた。その歩みは一歩一歩がしっかりしており、オセロと戦うのだという意思が伝わってきた。




 ここでようやく俺の声が出るようになった。俺の隣ではリブラがすでに起き上がっており、どうやら助けに入ろうとしているらしかった。




「今すぐ逃げてください、り・・・」




 リブラが言い切る前に、再び俺たちの目の前で閃光が走った。目を焼かれるほどの光量を浴びせられた俺たちは思わず目を閉じてしまう。


 数秒間の沈黙の後、ようやく俺は視力が回復する。




 目の前に映し出された光景は、地面に影ごと倒れるオセロと、恍惚の笑顔で俺のことを見つめる彼女の姿だった。




「そんな、どうして・・・」




 リブラがその光景を見て絶句していた。もちろん俺だってそうだ。今目の前で何が起きたのかわからない。ただ、一つだけわかることがあるとすれば、彼女がオセロを倒したのだ。


 俺たちが苦戦していたオセロを、一瞬で・・・




「どうして・・・お前が」


「うん? なぁに、蓮?」




 俺は思わず叫ぶように言ってしまう。




「どうして異能力を使えるんだ・・・璃子!」




 俺の幼馴染が、気味が悪いほどの笑顔を浮かべて目の前に立っていた。




「そんなのどうでもいいでしょ? それより蓮、またあたしとの約束破ったね」


「はっ? 約束?」


「もうっ、惚けないでよぉ。危ないことはしないって言ったのに、それを蓮は破ったでしょ?」


「そ、それは・・・」




 確かに彼女とそう言う約束をしたのは事実だ。しかし、そんなことを忘れてしまうくらいに、俺たちの間に非日常が起こりすぎた。




「だからさ、あたし考えたの」




 璃子は俺のことを待たずにマイペースでしゃべり始める。輝くような金髪と真逆に、その瞳は黒く濁っているように見えた。




「蓮はさ、一生あたしの傍にいればいいんだよ」


「え?」


「そうすればあたしが蓮のことを守ってあげられるよ。きっと苦しかったよね、痛かったよね。大丈夫だよ、あたしは蓮のことを傷つけたりしないから」


「璃、子?」




 璃子は少なくともこんなことを言うやつではない。明らかに正気を失っているような、恐怖すら感じる異質さが彼女はから放たれていた。




(璃子のことを怖いと思ってしまう感覚の正体は、これか!?)




 つい数日前から璃子に会うたび、俺は時折だが恐怖心を抱くことがあった。最初は璃子のことを怒らせてしまったのかと思ったが違った。恐怖心の根源が、今俺の目の前に現れているのだ。


 俺が璃子に釘付けになっているとき、目の前で真っ黒な影が動いた。




『っ、『黒影シャドウ』』




 すると急に目の前から攻撃の気配を感じ取った。どうやらオセロが息を吹き返したらしい。意地でも俺たちのことを滅ぼしたいようだ。




「璃子! あぶな・・」




 その言葉が届く前に、彼女の口が言葉を紡ぐ。




感電エレクトリック




 その瞬間、目の前の景色が金色に包まれた。


 バチバチと、空気を振動させるかのような衝撃が、俺たちすらも巻き込み金色に輝く。




「痛っ」




 隣にいたリブラがそう声を上げていた。かくいう俺も肌にピリピリとした痺れが伝わってくる。




「これは・・・電気?」




 俺はこの力の正体をそう直感した。なぜ璃子が異能力を使えるのかは不明だが、璃子が持っているのは電気を操る異能力だ。


 そしてその攻撃はオセロの影すらも意味をなさないのだろう。


 金色と闇色が衝突し、一瞬で影が剥げていく。


影を貫通し、電撃は直接オセロを攻撃するのだから当然そのままダメージを受ける。電撃を受け続けたオセロはもうボロボロだ。




『ぐうっ・・・不覚』




 オセロは完全に膝をついてしまっていた。そしてそれと同時に目の前の電撃が鳴りを潜める。




「あらら、もうギブアップ? あんまり根性ないんだねオジサン」




 璃子はオセロのことを鼻で笑いながら俺たちの方へと近づいてくる。




「どうして、ここに来たんだ?」




 璃子がなぜ異能力を使えるかは一旦置いておき、俺は率直に思ったことを言う。すると璃子は型を震わせて笑いながら俺に答えた。




「さっきも言ったでしょ。あたしが蓮のことを心配したから。あたしが蓮のことを愛しているから。あたしから蓮のことを奪おうとするやつが許せないから。ここ数日気が気じゃなかったし、せっかくなら蓮の役に立っておけばいいかなって。だからここに来たんだよ?」


「う、ん?」




 俺のことを愛しているといってくれるのは嬉しいが、璃子から感情を読み取ることができない。彼女の精神状態が濁りすぎているせいか、璃子のことがよくわからない。




「ああ、言っておくけど、愛してるっていうのは家族としてじゃないからね。男の子としてだからね。そう! あたしって、蓮のことがね・・・」


「・・・え?」




 俺は璃子の言葉に思わず固まってしまった。璃子が、俺のことを何だって?




「蓮のことがね、ダイスキなんだよ?」


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