第34話 アイのコクハク
「え、好きって・・・え?」
璃子に言われたことを消化できないまま、俺は思わず動揺してしまう。狂気的な笑みを浮かべた璃子が、じわじわと俺の方へと近づいてくる。
ふと隣へ目を向けると、意外な顔をしたリブラの顔が見えた。
「す、好きって、まさかそんな・・・」
俺はその言葉をそのまま受け入れることができなかった。困惑しているというのもあるが、今まで璃子にそんなこと言われたことがなかったからだ。
すると璃子がますます笑みを浮かべる。
「フフッ、あたしはね、蓮のことを考えなかった日はないんだよ。初めて会った日のことだって昨日のように覚えているし、いつも蓮のことを見てた。朝起きてからベッドに入るまで、ずっとずっとずっとずっとずーーーーーーーーっと、蓮のことを考えているんだよ? それなのに蓮はひどいよね? 新しい女を作って作って作って作って作りまくってさ。私のことを見向きもせずに、家にも全然帰ってこないで。それってさ、なんだかあたしの一方通行みたいじゃん。なんか不公平だよね。あたしが蓮のことをこんなに想っているのに、狂おしいくらい愛しているのに、蓮ったらなにも返してくれないんだもん。それってさ、おかしいよね? 笑っちゃうよね? いや、でも別にいいんだよ? 蓮が幸せならあたしも幸せ、蓮が笑っているなら私も笑顔になれる。蓮がうれしくなっているならあたしはそれでうれしいからさ。でも、でもね、いつもいつも変なことに巻き込まれて、気づいた時にはすべてが終わってる。それを心配してるあたしってさ、なに、都合のいい女? あたしは蓮にとって唯一の幼馴染で唯一の家族で。あたしはね、別にそれでも満足なんだよ? それでもさー、そろそろあたしもわがままになっていいはずだよね? ね? だって蓮ってば、最近ますますかっこよくなってるんだもん。きっとこれからもっとかっこよくなっちゃうんでしょ。あたしじゃみんなみたいな魅力はないから、きっと蓮はあたしになびいてくれない。どうしよっかなぁ。えっとえっと、やっぱり体を使うしか? でもあたしの体なんて・・・あっ、そうだ! それなら無理やりものにしちゃうしかないよねっ、既成事実でも作っちゃえばいいのかなぁ。でも、それだとみんなが邪魔だなぁ。どうしよっかな、どうしようね、ウフフ・・・フフ・・・ぐずっ、もぉ、どーすればいいのぉー!? あたしじゃダメなの!? ねぇ、教えてよ、誰か答えを教えてよぉ。ううっ、ぐずっ、どーしよ、やっぱり勝てないのぉ? あたしって魅力がないのっ? うん、うん。ああ、そうだ。そうだよね。きっと蓮は分かってくれるよね。うん。うん。やっぱり襲っちゃうしかないかー。リブラさんや葉島さんとか、あの女狐集団も壊しちゃうしかないよね。うんうん、そうだ、そうだよね! よかったー、アハハハハ。これで蓮は、あたしのものだぁーーー。やったぁ、やったよぉ! そうだ、演奏しよう。ギターはどこかな、どこにあるかな? 今ならかき鳴らせる、絶対に鳴り響かせられる! ひゃっふぅー、やったよぉ、エレクトリックだぜ! 見てる? わっかなぁーーーー!! エヘヘ、褒めて褒めて。エヘヘヘヘ♪」
目の前の彼女は俺が知っている璃子じゃなかった。すでに正気ではないようで感情の起伏があまりにも激しい。急に怒ったり、泣いたり、悲しんだり、喜んだり。しかもそのすべてが笑顔のまま繰り広げられている。
(い、いったい何が・・・)
俺への想いが爆発したのか、何かが壊れてしまったのか。璃子が何を考えているのかがもう俺にはわからない。ただひたすらに、怖い。
「レ、レン。もしかして璃子は、はん・・・」
リブラが俺に何かを話しかけてきた。もしかしたら何かわかったのかもしれない。わずかな期待を込め俺がリブラに視線を向けようとした、その時だった。
バチッ
そんな音とともに、目の前のリブラが痙攣して倒れた。苦しそうに歯を食いしばって、必死に痛みに耐えているようだった。
「リブラ!?」
慌てて駆け寄り俺がそう叫ぶも、リブラは目をつぶったまま必死に痛みをこらえることしかできないでいた。俺はこれを行った張本人に目を向ける。
「璃子、どうして?」
俺がそう尋ねると、璃子は怒ったような表情をする。
「なんでって、今さ、リブラさんのこと見たよね。あたしが喋っているのに、愛のコクハクをしているのに、リブラさんの方を見たよね? それってさ、あたしに対する浮気だよね。あたしは蓮のことしか見てないし、それなら連もあたしのことを見なきゃだめだよ。今後一切、ほかの女を見ちゃダメだよ。うん、そうだ、そうだよ。一番のお邪魔虫はあの子だ。だめ、これ以上蓮に近づけさせたら、蓮が壊れちゃう・・・蓮がおかしくなっちゃう!」
「お、おかしいのはお前だろ!」
俺が声をかけるが、璃子には全く届いていないようだ。すると璃子は、俺の方に掌を向けてくる。
「蓮どいて、その女殺せない」
目を据わらせた璃子が俺のことをじっと眺めてくる。璃子の電気はあまりにも強力だ。このままでは、確実にリブラの命に関わる。
もはやオセロを倒すどころではなくなってしまった。
「さ、させません!」
俺の後ろからクロエさんの声が聞こえた。雷を浴びていないとはいえ彼女も命に係わる重傷だ。今すぐ手当てしなければいけないほどの重傷なのに、無理をして俺たちのことを助けるために重い体を引きずってきたのだ。
「私の命に代えても、そこの二人には手出しさせない!」
「ありゃ、また元気な女の子が来たね。もしかして、蓮はファンクラブでも作ったのかなぁ、かなぁ?」
クロエさんは無理してでも璃子のことを止めるつもりだ。これ以上体を動かしたらクロエさんもただでは済まない。俺はクロエさんを止めようと声を張り上げようとする。
「あ、また他の女見たね?」
そんな俺のもとに、璃子の口元から冷ややかな声が聞こえてきた。それと同時に、空気を切り裂くような音が聞こえる。
「むーーーっ、『
「っ!? 『
クロエさんに電流が届く直前、何とかクロエさんが異能力で璃子の背後に『転移』することで回避に成功した。きっとあらかじめ攻撃を読んでいたのだろう。
しかし、彼女が無理をしているのがあからさまにわかる。彼女の腹部から血が流れており、オセロに負わされた傷を必死にこらえて俺たちのことを助けようとしてくれているのだろう。
(レンさん、こうなってしまった以上今はこの場を逃れるために・・・)
(ああ。どうにか璃子を振り切るぞ)
クロエさんに感謝しつつ、俺たちはアイコンタクトで頷き合う。
できれば話し合いで解決したいが、明らかに璃子が正気ではない。このままでは話し合いなど間違いなくできないだろう。それどころか、リブラとクロエさんに危害が及ぶ可能性が高い。
(オセロは完全に気絶している。いや、徐々に体が崩れているな)
ふと目をやると、璃子の足元で倒れるオセロは少しずつだが体が崩壊していた。異能力を暴走させうえ、気絶してしまうほどの強力な電流を浴びたのだ。もう命は助からないだろう。
(悪いリブラ、俺は何もできなかった・・・)
あの夜にした誓いを、俺は守り切れなかった。
何が俺に任せろだ! 俺は、何もできていないじゃないかっ!
「あ、また他の女のこと考えてる。あのね、わかるの、わかるんだよ? 蓮が他の女のことを考えてるって。ずっと蓮のことを見てきたあたしだから、わかるんだよ!?」
璃子は目を細めて、涙目になりながら俺のことをじっと見ていた。しかしその瞳は決して俺のことを逃がそうとしない意思で塗りつぶされていた。
(俺が、璃子のことを追い詰めたのか?)
だが、いくらなんでもこれはおかしい。ここで俺は、ようやく璃子に対してまともに向き合う。
今の彼女は少なくとも俺が知っている鳴崎璃子ではない。璃子が俺のことを想ってくれているのには驚いたが、それを差し引いても何か変だ。
(だけど、今はそんなことを気にしている時間がない!)
璃子は何か些細な刺激を与えるだけで攻撃を再開するだろう。現に、俺のことを見逃そうとしていないし、後ろにいるクロエさんにも注意を払っている。
「なんだか眠くなってきちゃったし、そろそろベッドに入りたいなぁ、蓮と一緒に。だからさ、目障りなそこの女から消しちゃうね? そうすれば、蓮も気が楽になるでしょ?」
そうして璃子が再びリブラのことを攻撃しようとする。だがリブラは立ち上がるどころか既に意識がない。先ほどの攻撃で気絶してしまっているのだろう。
不自然なほどに体が固まっており、戦闘続行が不可能なのが見なくても明らかだ。
「その子庇うなら、蓮も一緒にバチバチするよ? いいの?・・・あっ、もしかして蓮ってばそっちの趣味があったの? なぁーんだ、早く教えてくれればよかったのに。じゃあ、とびっきりのいっちゃうね♪」
そして璃子が、両手に電気を帯電する。それはまるで、スナイパーのチャージ攻撃のようだ。あれを食らったら、本気でマズイ。リブラはもちろん、俺の命にも関わってくる威力だ。
「二人とも、今すぐ逃げて・・・」
クロエさんが俺に警告をしようと声を張り上げたコンマ数秒後
「ウフッ、『
璃子の電気が、俺に向けて放たれた。いや、正確には俺の背後にいるリブラに向けてだ。
(くっ、せめてリブラだけでも)
これ以上リブラに電気を浴びせてしまったら感電が原因でショック死してしまう可能性が高い。それだけは、絶対に嫌だ!
しかし俺にリブラを抱えて走る気力はもうない。逃げられたとしても、璃子と戦うわけにもいかないのだ。
クロエさんは異能力のクールタイムで離れた場所から見ることしかできないでいた。
そして俺の目の前には、もはや逃げようがない電気の光線が迫りくる。
「レ、レンさん、副長、逃げてっ!!!」
バチバチッ!・・・
耳をつんざくような音とともに、尋常じゃないほどの痛みと衝撃が俺の体を襲う。徐々に体の感覚がなくなり、痛みが消えていく。きっと痛覚が馬鹿になったのだろう。
クロエさんが悲痛な叫びをあげているのを最後に聞いて、俺はそのまま倒れてしまう。少しずつ、二人の声が遠ざかっていく。ああ、きっと次はクロエさんが襲われているのだろう。
空気が再び震えだすのが肌を通して伝わってくる。
(どうにか、に、げて)
その後の結末は俺にもわからない。だってもう、俺はこのまま起き上がることがなかったのだから。
ただ最後に、濁った瞳で目を見開いたまま動かないリブラと、目と目が合っただけだった。
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