第32話 閃光
一瞬何が起きたのかわからなかった。目の前の景色が急に変わり、体が全体的に痛み始める。吹き飛ばされたということに気づいたのは硬い岩でできた地面に滑り込むように落ちた時だ。
「ううっ、ぐっ」
「レン!?」
頭を打ってしまったせいか意識が朦朧とする。リブラの声がかろうじて俺の意識をつなぎとめた。俺は何とか起き上がろうとするが、脳震盪が起きているのかうまく立ち上がれない。
光よりも早いオセロの影が、俺の体を吹き飛ばしたのだ。
「くっ、オセロ!」
リブラが腕を刃に変えて迎え撃とうとするが、オセロは動じない。それどころかにたりと笑うかのようにリブラに向けて手をかざす。
(あの動作は・・・マズイ!)
何とかリブラを助けようとするが、どうしても頭がふらついてしまう。俺が再び倒れこんでしまったのと同時に、リブラの周りを大量の影の手が囲うかのように出現していた。
『諦めろ、副長』
影の中からオセロの声が聞こえてきた。今までのように生気はないが、憎しみだけは健在だ。
「諦める、ものですか!」
『ならば、ここで決着をつけようか』
リブラの周りに生えていた影の手がリブラに向かって迫り始めた。俺やクロエさんと攻撃方法が違うのは、オセロなりのこだわりだろう。
きっとオセロは、リブラのことを散々苦しめた後に殺したいんだ。
「ううっ・・・・『転、移!』」
おれよりもひどい怪我を負っているだろうクロエさんが、影の手に向かって釘を飛ばした。潰せた手は数本だったが、全方位を覆っていた影に穴ができた。
「ありがとうございます、クロエ!」
リブラは影の中をかいくぐり何とか包囲の外に出ることができた。そしてすかさず、オセロに向かって刃を振り下ろそうと一気にオセロに迫っていく。そしてオセロも、創り出した影の刃を握り締める。
「覚悟しなさい、オセロ!」
『・・・』
影の刃とリブラの刃、その二つの剣が交差するのは一瞬だった。
あまりにもあっけなく、リブラの小さな体が吹き飛ばされてしまったのだ。
「きゃあっ!」
吹き飛ばされたリブラは砂利で埋められた地面をぐるぐると転がっていく。痛そうに見えるが、何とか最低限の受け身は取れているようだった。
だがオセロは、その隙を見逃さない。追撃をしようと影の触手を伸ばしていた。どうやら触手はスピード、手は威力や拘束に優れているようだった。
今のリブラに、あの職種は避けられない。
「だけどっ・・」
今の二人がやり合っている中で、何とか動けるくらいには回復した。そして俺は、手元にあった砂利を右手で握りしめる。
「くらえっ!」
俺は握りしめた砂利をオセロの触手に向かって投げつける。通常ならば痛くもかゆくもない攻撃。しかし俺の強化された身体能力で放たれたそれは、地面を穿つ程度の威力は持ち合わせていた。機転のおかげで、何とかオセロの触手を食い止めることに成功する。
「ありがとうございます、レン」
「リブラ、二人でオセロを倒すぞ!」
「はい!」
最初はオセロのことを生かしたまま捉えるつもりだったが、それももはや手遅れだ。異能力を暴走させたオセロは、どのみちもう助からない。暴走した時点でよりひどい代償を背負うことになるのだ。愛理さんは睡眠に留まっているが、攻撃系の、しかもあんな危険な力を暴走させてしまえば命そのものが失われてしまうだろう。
『どこまでも、どこまでも、貴様ら二人が吾輩の前に立ちはだかるのだな・・・ああ、うざったい!!』
「ああ、俺たちは何度だってお前の前に立ってやるさ」
『まずはお前だ小僧。その体を引き裂いて、影の中に沈めてくれる』
オセロは触手ではなく影の手を何本も出し俺に攻撃を仕掛けようとしていた。
(触手じゃなくて手。よし、これなら何とか・・・)
影の手はそこまでスピードがない。これならばなんとか対処できるだろう。そう考えていた矢先だった。
影の手に、何かが創り出されていた。それは先ほどまでオセロが振り回していた・・・
「っ、影の大剣を周りの手にも!?」
『言っただろう? お前を、引き裂くとぉ!!』
大剣を握り締めた影の手たちが俺とリブラに迫ってきた。
先ほどはあれ一つであんなに苦戦していたのだ。それが十本以上に増えた。さすがにこれは分が悪い。
「レンは右を、私は左をどうにかします」
「リブラ!?」
「まずは、生き残りますよ!」
そうして俺たちは踊るように影の大剣をよけ続ける。俺もリブラも異能力を使いすぎた。だから俺たちは最低限の動きで刃の舞を避けるために踊り続けなければいけなかった。俺に右腕を強化することも、腕を刃そのものに変えることもできない。
まさに絶体絶命だ。
(リブラ、俺が合図したら一気にオセロのところに突っ込むぞ)
(了解です)
こうなってしまった以上、異能力の大本であるオセロをたたくしかない。だがオセロもそれをわかってのことか影の攻撃を休める気配がない。だから俺は必死になってタイミングを探り出す。
そして、唐突にそれは訪れる。
『・・・なに?』
オセロの手のうち数本が動きを止めた。正確には、ブリキの人形みたいに動きが硬くなっていたのだ。
「影の腕にも、関節はあるんですね」
俺たちの遥か後ろで倒れているクロエさんがそう呟くのを俺の耳は聞き逃さなかった。彼女の釘が手や手首の関節を抑えつけたのだろう。
満身創痍の中、無理して動いてくれたようだ。
「リブラ、今だ!」
「はい!」
そしてその隙を俺たちは見逃さない。クロエさんが作ってくれた、最後のチャンスだ。
(この瞬間に、俺たちのすべてを込めるんだ!)
(オセロ、あなたのことを倒します!)
俺たちはそれぞれ、自身が持つ最大火力の異能力を展開する。
俺はバーストで、リブラは腕を砲撃に変えた一撃で、それぞれオセロのことを攻撃する。オセロも急な俺たちの動きについてこれていないようだった。暴走したことによって、動体視力などが低下しているのかもしれない。
『バースト!!!』
『変身・・・ファイア!!』
俺とリブラの攻撃がほぼ同時に繰り出されたとき、目の前で影の塊が創り出されていた。
(これは・・・なんだ?)
俺たちはそれに構わず攻撃を繰り出していた。というかそもそも、止めることができなかった。俺たちの攻撃は、目の前に広がる影に飲み込まれていった。
俺の隣では、リブラが絶望したかのような顔をしているのが目に入った。
「・・・ごめんなさい、やられ、ました」
「今のは何だ!?」
俺は今の現象をリブラから聞き出そうと詰め寄るように尋ねる。だがそれに答えたのは目の前でいまだに生きているオセロだった。
『フハハハハハハ。貴様らが攻撃をしてくるのは分かっていた。だからその攻撃を飲み込んだまで。我が影はあらゆるものを飲み込み、無に帰す』
「そ、んな・・・」
俺たちの攻撃が、すべて打ち消された。俺は思わず膝から崩れ落ちてしまう。異能力を絞り出した脱力感と敵にしてやられた絶望感が織り交ざり、俺の心を砕いた。
それは隣にいるリブラも同様で、同じように膝から崩れ落ち、地面に手を当て悔しそうに歯を食いしばっていた。
『フフフ、まずは宣言通り貴様からだ、小僧』
オセロは最初に俺のことを殺すつもりらしい。俺の周りに浮かび上がる影の手に、俺はとうとうつかまれてしまった。
『この手は特別製でな。どんなものも引き裂くことができ、簡単に死ねないよう勝手に調整してくれる。見ていろ副長。貴様の相棒が苦しみながら死にゆく姿を』
「やめなさい、オセロ!」
俺の体中に影の手がまとわりつき、いたるところに掌があてられた。そして少しずつ、つかむ力が強くなってくる。
「ぐっ・・・くっ、あがっ!」
抜け出そうにも体が思うように動かない。異能力を使いすぎたこともあるが、この腕が完全に俺のことを拘束しているのだ。抜け出すことができないまま、俺は体中のいたるところを握り締められる。
「レン!!」
「レン・・・さん!」
俺のことを二人が呼び掛けているのが聞こえてきた。しかし、痛みと苦しみが増えるだけで何一つ状況が変わらない。そしてとうとう、影の手が俺の首を掴んできた。きっと首を絞めて一思いに殺すつもりだろう。影で顔が見えないオセロが、にたりと笑ったような気がした。
『そのまま死ね・・・小僧』
そして俺は、そのまま首を・・・・・
「アハ♪」
その瞬間、強烈な閃光が俺たち全員を包んだ。
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