第31話 影の咆哮


「お待たせしました、レン。私たちも一緒に戦います」


「どうかご安心を。私たち二人が来たからには、負けはあり得ません!」




 ボロボロになっていた俺のもとに、アースドラゴンを下したリブラとクロエさんが駆け付けてくれた。追い詰められていた俺だがこれで一気に状況が覆った。一人ではきつかったが、三人ならオセロを倒せるかもしれない。




「すまない二人とも、あんな大見得を切って全然歯が立たなくて」


「何を言っているんですか。オセロも見るからに満身創痍。そもそも、場数が違う敵をあそこまで追いつめている時点であなたはすごいのですよ」


「そうです。ここからもうひと頑張りですよレンさん! まあ、私と副長も割とボロボロなんですけどね」




 よく見てみるとこの二人も衣服が破れていたり髪がボサボサになっていたりと、激闘の跡が残っている。長期戦でこの二人に負担をかけるわけにはいかない。それなら、ここから先はオセロに短期戦で挑むしかなさそうだ。




「ああ、やはりすごいよ副長殿は」




 俺たちがオセロに三人で改めて向かい合った時、オセロは力の抜けた笑みを見せて笑っていた。まるで、何かをあきらめているような男の顔だ。




「吾輩が従えこそすれ倒せなかった魔物を、こんなにあっさりと倒してしまうとは。やはり、才能のある者は違う」


「それは違います」




 リブラはオセロの言葉に対して否定で返した。そして隣にいるクロエさんの方にポンと手を置く。




「私一人でアースドラゴンを下したわけではありません。クロエがいなければ私はあの牙で食い殺されていたでしょう。つまり、仲間に恵まれていたんですよ」


「そうか、仲間か」


「ええ」


「・・・・・・くだらない」




 オセロはリブラの言葉に聞き入っていたかと思うと、再び影の大剣を創り出して肩に担ぐように構えた。




「吾輩は副長のそういうところが許せないのだ。ああ、余計に腹が立ってきた」


「オセロ、あなたは・・・」


「もういい」




 オセロは再び影の人形を創り出して俺たちのことを囲いだしてきた。俺たち三人は互いに背中を預けるように円陣を組み、全角度に配置された影の人形たちに警戒する。




「やはり副長とは話してもわかり合えない。いや、もう話したくない」


「待ってください! 私たちはまだ話し合ってすら・・・」


「いけ、人形ども」




 影の剣を持った人形たちが俺たちに一斉にとびかかってくる。しかし発動者であるオセロがだいぶ弱っているのか、先ほどよりも人形の精度が低い。




「二人とも、上に跳べ!」


「レン!?」


「大丈夫、今の会話のおかげでだいぶ疲れも回復した」




 俺の言葉を信じた二人は『転移』を使い俺の真上へと飛んでいく。あれなら俺の攻撃が当たることはないだろう。




「俺もまだ試してない技はたくさんあるんだよ。覚悟しろオセロ」


「・・・」


「『エアロステップ』・・・の、回し蹴り!!」




 足から繰り出す衝撃波、エアロステップ。それを先ほどは蹴りとしてオセロに攻撃したが、回し蹴りのように放つこともできるのでは?


 そう仮説を立てた俺だが、それは見事に的中した。俺を中心に円を描いて放たれた衝撃波は、一瞬で影の人形たちを蹴散らした。


 それと同時に上空へと飛び立っていた二人が音を立てずに地面へ着地する。




「あきらめろオセロ、お前にもう勝ち目はない」


「・・・」


「さあ、おとなしく・・・」


「待ってください、オセロの様子が?」




 オセロは先ほどからずっと黙っている。よく見ると、目の焦点も合っていない。不気味に思った俺たちは、思わず攻撃の手を休めてしまう。




「・・・ぅ」


「「「・・・?」」」


「・・・ぅ、あっ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」




 オセロが急に叫びだしたので俺たちは思わず驚いてしまう。まるで発狂した大人のように見えてしまうが、それを忘れてしまうような異質さがオセロの周りに現象として表れていた。




「これは、オセロの影がオセロに吸収されて?」


「また影の鎧を作るのか?」


「いえ、よく見てください二人とも・・・オセロの体が!」




 影に飲み込まれている?・・・いや違う、影のように溶けていく!?




「おいリブラ、あれなんだ!?」


「わ、私にも何が何だか。オセロの異能力にあんな現象を起こすものは・・・」


「副長、もしかしてあれってなんじゃ・・・」




 クロエさんの考えに、リブラはハッとしたように顔を上げオセロのことをまじまじと見る。




「ま、まさか、意図的に暴走を・・・いや、でもそんなこと可能?」


「なあリブラ、あれが何だかわかるのか?」




 一人考えているリブラに俺は耐えかねて何が起きているのか尋ねる。リブラは自身な下げだが俺にちゃんと答えてくれる。




「異能力には暴走という現象があります。簡単に言えば、異能力の力を無理やり引き出した結果、代償に耐えかねて体が何らかの形で拒絶反応を起こすんです」


「それって、リブラの体が縮んでいるみたいな?」


「私は暴走のフェーズまで進んでいません。体が縮んでしまうという代償を払うだけで普通に生活を送ることができるので。例えばそうですね、ユウカの妹は目覚めないまま数年ほど眠り続けていますよね。ああいう風に、払いきれない代償を負ってしまうことを暴走と呼ぶんです」




 遊香先輩が日常生活を送れているのは、体が成長しないという代償を現在進行形で払い続けているからだろう。だがその妹、愛理さんは代償を払いきることができなかったゆえに今も眠り続けている。


 代償を払いきれないほどの異能力を使用する=暴走、ということだろうか?




「それでも、意図して暴走を起こすなど普通はできないはずなんです。彼女たち姉妹は命の危機だったからリミットを外すことができたのかもしれませんが、払いきれない代償を負おうとするとアビリティストーンが必ずストップをかけます」


「じゃあ、オセロは」


「自らの命を捨ててでも、私を、私たちを殺すと決断したのでしょう」




 オセロの体が影に崩れていくが、少しずつ影が人の形を模っていく。その体は闇のように漆黒で、この世の不吉をすべてはらんでいるかのような圧迫感が俺たちに押し寄せてきた。




「暴走した異能力は、通常時と比べてかなり危険です」


「それってつまり」


「オセロは、ここにきてパワーアップしてます!」




 どうして、そこまでしてオセロは・・・




「気を付けて。暴走してまで手に入れた力、少なくとも今までの比じゃないくらい強くなっているはずです」


「クソ、マジか」




 さすがに分が悪いにもほどがある。俺たちは全員がすでに消耗してしまっている。これから強くなってしまったオセロと戦うのはさすがに自信がない。




「リブラ、一度引かないか?」


「・・・その方がよさそうですね。クロエ、一度離脱し・・・」




 離脱することにリブラが賛成する。やはりこのまま戦うのは得策ではない。だからリブラが間を置かずクロエさんに指令を出す。


 だが、その声が最後までクロエさんに届くことはなかった。




「へっ?」




 クロエさんの気が抜けた声を残し、思いっきりクロエさんが影の触手で吹き飛ばされたからだ。クロエさんの体は簡単に宙を舞い石でできた壁にたたきつけられた。




「ゴフッ・・・ずびばせん、ふくちょ・・・」


「クロエ!」




 影が腹部に貫通したようで、出血している部分を無理やり手で押さえていた。吐血しているので、すぐにでも治療をしなければいけないほどの怪我だということがうかがえる。


 かなりのダメージを負ったようだが幸いにも生きているようだ。だが俺たちがクロエさんのもとへ駆けつける時間はない。その余裕を敵がくれないのだ。




『シューーーーー』




 ふと前を見ると、漆黒の人形が立っていた。その姿は深く黒い影に覆われていて俺のことを敵意を込めた目で見ているのがひしひしと伝わってくる。




(さっきの攻撃、全く見えなかった)




 すぐ隣にいたクロエさんの体を、奴の影が吹き飛ばした。だがクロエさんが吹き飛ぶまで、俺はその攻撃を感知することができなかった。


 リブラも今すぐにクロエさんのもとに駆け付けたいのだろうが、警戒して動けずにいる。クロエさんは体を吹き飛ばすために貫かれたが、俺たちの場合は背中を向けた瞬間、影の触手ですぐに急所を貫かれてしまうだろう。




「くっ・・・」




 こんな時に、俺の心臓の音がより鮮明に聞こえてくる。俺の体が、この影の恐怖を覚えているのだ。


 俺は胸をさすりたいのを我慢し、いつでも動けるように構える。それを合図とみなしたのか、オセロが俺に向けて手のひらを向けてきた。




(・・・来る!!)




 そう思ったコンマ数秒後に、俺の体が吹き飛ばされていた。


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