第20話 オーバーキル
「よっと!」
クロエさんは目の前のストーンベアに向かって真っすぐに走っていく。一瞬危ないと思ってしまったが、彼女の身体能力は少なくとも高校男子を余裕で凌駕している。
「へへへっ、タッチです」
クロエさんは難なくストーンベアの後ろに回り込み、その背中に手を当てる。
「それじゃやっちゃいますよ~・・・『
クロエさんがそう呟くと、ストーンベアの姿だけがどこかへと消えた。どうやら彼女は自分以外の誰かだけを手にさせることが可能らしい。
そして突如、はるか上空から熊の鳴き声が聞こえてくる。
「うっわ、たけー」
おそらく上空二百メートルほどに転移させられたのだろう。ストーンベアは自分の体重にあらがえずそのまま群れの仲間たちへとまっすぐ落ちていく。
「「「グアァァァァァ!」」」
クロエさんは三体ほどのストーンベアをそのまま巻き込んで、落下による衝撃でストーンベアをいともたやすく倒して見せた。
あれは常に周りを客観的に見ていなければできない芸当だろう。すると調子に乗ったのか、翻弄するようにストーンベアの周りを駆け抜けていく。
「リブラ副長! こっちは大丈夫です!」
するとクロエさんはリブラに合図を出した。そして何やら準備をしていたリブラは、地面に手を当てる。
「この体でこれをやるのは少々負担が大きいですが、これだけ時間をもらえたなら多少は安定して使えます」
ストーンベアは攻撃の気配を悟ったのかリブラに向かって次々と走り出した。四つ足の獣が全力疾走する姿は、暴風としか言いようがない。
「リブラ!」
俺はそう注意を促すが、リブラは臆することなく冷静に異能力を発動する。
『
するとリブラの正面にある地面が少しずつ隆起し始める。時間が進むにつれてその勢いは増していき、最後にはとんでもない勢いで地面が押し出された。
「これは・・・面白いわね」
花咲は俺の後ろでそう呟き評価した。
リブラは目の前の地面を隆起させ、飛び出てきた土の塊をストーンベアたちに激突させた。異能力で何らかの力がかけられているのか、余裕でストーンベアたちが押し負けてバタバタと倒れる。
「そうか・・・『変身』は自分以外にも使えるのか」
リブラは地面そのものを『変身』させたのだろう。確かリブラの異能力は自身より大きなものに変身できないという制限がかけられていたはずだ。だが変身させる対象が生き物でない場合はその限りではないのだろう。
「さすがです副長!」
クロエさんはまだまだ余裕そうにリブラのことを称えていた。もしかしたら彼女はれっきとしたスタミナタイプなのかもしれない。何せ彼女からは一向に疲れが見えないのだ。
「クロエ、あまり無理に突っ込まなくていいですので、確実性と安全性をとってください」
「もちろんですよ副長」
そして二人は次々とストーンベアを葬っていく。さすがにリブラは長続きしなかったが、クロエさんが花咲に次いでぶっちぎりでストーンベアを倒している。改めて彼女の優秀さがよくわかった。
「それじゃ、真打登場というところを見せましょうか」
熊の群れも残り数体ほどまで数が減ってきたところで、最初の攻撃から音沙汰がなかった花咲がそう言ってずかずかと進んできた。
「いったい何を?」
俺はまだ彼女の異能力の真髄が見えない。彼女は異能力を発動するとき『創造クリエイト』と言っている。その言葉の意味から察するに、彼女の異能力は何かを創り出すもの。だからこそ彼女が何をしようとしているのか予測ができない。
『
花咲はそう呟いて自身の手元に何かを創り出した。最初は光の棒に見えたが、次第に曲線を描き左手にももう一つ棒のようなものが創り出される。そして光が収まると、そこには一つの武器があった。
「あれは・・・弓?」
彼女の右手には弓が、そして左手には矢が握られていた。
銀色に輝く美しい弓で、まるで月の女神の寵愛を受けているかのようなフォルムだ。しかし、真に注目するべきは彼女の右手に握られている矢。
「あれって、矢・・・ですよね?」
リブラも自信がなさげにそう呟いていた。そう、彼女が握っているのは確かに矢だ。だが注目するべきはその大きさ。軽く二メートルは越えている。間違いなく俺の身長よりも大きい。
先端には弓と同じく、銀色に輝く小さなでっぱりがついていた。
「全員、できる限り離れなさい」
花咲は俺たちに向かってそう言うと、弓に矢をかけ、ぎりぎりと引っ張り始めた。その動作からは、特に矢の重さを感じさせない。もしかしたら質量そのものがないのかもしれないが今はそんなことを考察している場合ではなかった。
「あれは・・・やばい!」
あの弓矢から発せられるプレッシャーは、スナイパーのチャージ攻撃を遥かに上回る。本能で危機を察して熊たちは残りの全員で花咲へと特攻を仕掛けた。
「遅い」
そう言って花咲は、無慈悲に矢の矛先を熊たちに向け勢いよく矢を放った。
「捕まってください!」
クロエさんがリブラと一緒に俺のところまで駆け付け手を伸ばしてくれた。俺は反射的にその手をつかみ自身の身を彼女にゆだねる。
『
その言葉と同時に、少し離れた場所で大きな音が炸裂した。
※
「オーバーキルにもほどがあるだろ」
矢が放たれた場所は陥没しており、かなりの深さまで地面がえぐれていた。ストーンベアの体はどこにもなく、衝撃ですべて吹き飛んでしまったのだということが容易に想像できる。
「花咲お前な、もう少し加減を考えろよ」
「・・・悪かったわよ」
彼女もここまでの威力が出るとは思っていなかったようだ。そんな彼女が今や恐ろしい。敵にならなくてよかったとつくづく思わされる。
「それで、お前から見て俺たちはどうだ?」
一応彼女に今回の戦闘の感想を求めてみる。少しは度肝を抜ければいいと思っているが、彼女は目をつぶってしばらく沈黙した後、少し口元に笑みをこぼす。
「悪くなかったわ。いい意味で期待を裏切られた。次も、その調子で頼むわよ」
俺だけにではなく全員に向けて、エールを送ってくれた。ここにきてようやく俺たちのことを認めてくれたのだろう。
「それはそうと、全員余力は残ってる?」
「いや、多少は動けるけど、何で?」
「私がどうしてあれだけの攻撃を放ったかわかってる?」
「!?・・・ま、まさか」
俺は慌てて異能力を発動して周囲の気配を探知する。リブラとクロエさんもすぐに気づいたようで、クロエさんがあわあわしながら花咲へと尋ねる。
「えっと、その、まさか・・・」
「そう。どうせ魔物を倒すなら、一網打尽に、徹底的に、やれるとこまでやるわよ」
その言葉の直後、とてつもない数の魔物が俺たちの方へと接近してくるのが分かった。どうやら先ほどの攻撃音につられてやってきたのだろう。その数、ストーンベアよりもやや多い。そしていろいろな種類の魔物が混ざっている。
「さあ、第二ラウンド開始よ」
「「「えぇぇぇぇぇーーー!?!?!?」」」
そしてこの日、彼らのとんでもない疲労と引き換えに森には平和が訪れたらしい。
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