第6話 帰り道

 葉島の家を出た俺たちは、二人でおしゃれなカフェへと入っていた。ここは俺が前々から気になっていた店で、せっかくだからリブラにもついてきてもらったのだ。


 俺はコーヒーとパンケーキを頼み、リブラはミルクティーとパフェを注文した。


 それぞれの注文したものが届くまでの間に俺たちはこれからのことを話し合うことにした。




「あの日以来ガイアは姿を現しませんし、オセロの方にもこれと言って動きはありません。動くなら今しかないのですが・・・」




 リブラはこの夏に決着をつけたいと思っているらしい。長期休暇で学校も休みな今なら、俺も動きやすい。だからリブラの意見に俺も同意した。




「俺もそう思うけど、あいつらの狙いって結局何なんだろう」


「わかりません。ただ異能力者を集めることで、願いが叶うとかなんとか」




 俺がレインから聞いた話も大体そんなものだ。俺たちは力がなかったので、ガイアのその先の目的までを考える余裕がなかったが、ここで冷静にそのことについて分析する。




「あまり考えたくはないのですが、彼らの狙いは私たちではなく、私たちの中にあるアビリティストーンなのではないかと」


「アビリティストーン?」 




 確かにそう考えることもできるが、それがどう関係するのだろう。




「アビリティストーンは今も詳細については詳しいことはわかっていないんです。ただ所有者に特別な力を授けるエネルギーの結晶。それくらいしか私たちもわかっていることはないんです」


「異世界の人でもわかってないことが多いのか?」


「ええ、いまだ全貌は謎に包まれているようなものです。ちなみに異能力者となった人からアビリティストーンを取り出すための手段なのですが・・・」




 それは俺も是非聞いてみたい。ガイアを捕らえた後にそれができれば、彼らのことを完全に無効化することができる。




「ありません」


「え?」


「中には襲名式のように継承される形の異能力もあるのですが、それ以外は原則ないんです。だから謎なんですよ。彼らの狙いがアビリティストーンだとして、異能力者を集めてどうしようというのか」




 リブラにも彼らの狙いはわからない。それが不気味さを増大させ、俺たちの不安を煽ってくる。




「まあ、今のレンならガイアに後れを取ることはないでしょう。私やメイに加えて、ユウカだっています。誰一人として、そう簡単にはやられませんよ」




 どれだけ考えても結局は行き詰ってしまう。俺も少し考えてはいるが、具体的な答えにたどり着けそうもない。俺は諦めて話題を変えようとする。




「謎といえばさ、葉島が言ってた話どう思う?」


「夜に現れる化け物のことですか?」




 俺は頷いて話を続ける。




「目撃者もいるみたいだし、何かが起こっているみたいだけど」




 そう、何かが起こっていることは確かなのだ。あのあと俺も独自に調べてみたが、SNSでちょっとした話題になっていた。目撃者も多く、誰もが写真を撮ろうとしたところを襲われているようだ。


 不思議なことに怪我などはなく、全員が恐怖だけを刻み込まれているようだ。




「それについてもよくわかりません。怪談を見て怖がった人が、野犬や野良猫を見て腰を抜かしたのではないかと。もしちがうのなら・・・いえ、まさか」




 やはりリブラも情報を上手く噛み砕けていないようだ。ちなみに俺もこの噂については半信半疑だ。本当に化け物がいるなら俺が何とかしたいが・・・




「まあ今考えても答えは出ません。せっかくですし今はデザートでも楽しむことにしましょう」




 リブラがそう言ったタイミングで、ちょうどパフェが運ばれてきた。続いて俺のパンケーキも運ばれてくる。


 お互いにイチゴをベースにしたデザートだ。最近分かったことだが、俺とリブラは案外食の好みが近いかもしれない。こういうところで頼むものも似ているし、俺の料理をおいしそうに食べてくれていることもその証拠だ。




 そんなことを考えながら俺はパンケーキにナイフを入れるのだった。






   ※






 夏とはいえいつまでもダラダラしているとあっという間に日は暮れる。


 ここ最近は物騒なことは何もなかったため、俺たちは日が暮れてからも活動できるようになっていた。


 俺の力と自信がついたというのもあるが、俺の周りには不可思議な非日常が薄れつつあったのだ。それほどまでに、夏に入ってからは平和だ。




「それでリブラ、今夜はどうするんだ」


「今夜も休みます。力を取り戻すまで、あと一歩なので」




 かつて行っていた見回りも、今では極端に回数を減らしている。最初は不安だったが、ガイアの狙いは完全に俺たちらしく、一般人には直接的に手を出していなかった。


 あの火災ももしかしたら俺たちを狙ったものだったのかもしれないが、俺はそうとは思わない。




『ハハハッ、そういやテメーもここの生徒だったなぁ』




 ウィッチのあの時の言葉。ウィッチは俺がここの生徒だということを知らなかった。だが逆に、俺たちに近しい他の誰かがいるということは知ってたのだろう。


 そしてそれは、おそらく葉島の可能性が高い。


 彼女は学校の中では有名人だ。それなら同じ高校に通っていたウィッチが葉島のことを知っていてもおかしくはない。




 つまりあの火災の狙いは、葉島メイだった。




 そう考えると辻褄は合う。一般の生徒を巻き込んだのはそれだけ葉島がガイアにとって危険人物だったから。




 ここまで考察してみたが、何かピースが欠けている気がする。


 もし狙いが俺でも葉島でもなかったとしたら、一体何が狙いなのだろう。




(そういえば、ウィッチはあそこで何をしていたんだ?)




 ウィッチは三階に一人たたずんでいた。火災の中で、何かを眺めているようにも見えたのだ。もし火災を起こすことそのものが狙いだとしたら、ウィッチには何の得がある。


 仮にも自分が通っている学校を燃やして・・・




「レン」




 俺が考えに耽っているとリブラに呼びかけられた。


 俺は慌てて前を向くが、リブラの表情が浮かない。それどころか、目を細めて何かを警戒しているようだった。




「今そこの茂みで、何かの影が」




 リブラが指さす方を見ると、河川敷の方にある茂みだ。


 階段を使って降りることができるが、暗くなり始めた今に降りるのは少し危ないだろう。




 だが俺は違う。




「ちょっと見てみるよ・・・『インストール』」




 俺は自身の視覚を強化する。視力を上げ、色覚を上げ、体温すらも感知できる。


 俺の視覚はマサイ族のそれをはるかに上回る制度となる。そして注意深く茂みの方を覗いてみると何かを見つけた。




「あれは・・・犬?」




 それにしてはでかい。そこらで見る大型犬よりも一回り以上大きい体格を有している。


 今時野良犬は見かけないが、もしあれが野良犬だとしたらかなり危険だろう。どんな病気を持っているかわからないし、人に襲い掛からないとも限らない。




「とりあえず様子を見てくるよ」


「それならば私も」




 そう言って二人で河川敷の方へと降りていく。そして茂美の方を目指して歩いていたその時だ。




 ガサッ




 茂みが揺れて何かが出てきた。それが先ほどの犬だと認識するのに時間はかからなかったが、俺たちは思わず硬直してしまう。


 俺は驚きによるものだが、リブラにはそれに加え戦慄の表情が見えた。


 まるで目の前にいる生物のことを知っているかのように、足を震わせ、目を見開いて信じられないものを見るような眼でそれを見ていた。




「そ、そんな、一体どうして!?」




 茂みから出てきたのは犬などではなかった。赤い瞳で、牙からよだれをたらし角が生えた狼。その体は闇よりも黒く、俺たちのことを身をかがめて狙っていた。




「どうしてこの世界に魔物が!?」


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